そっと推しを見守りたい

作者: 藤森フクロウ

 突発的なものです。人外とイケメンの攻防もどき。

 連載版もはじまりました。




 吾輩はストーカーである。

 ついでにいうと人外転生を果たしています。

 お饅頭型の輪郭に三角の二つのお耳。真ん丸に真っ黒で小さな目。いつでも笑みを浮かべたような絵でかいたようなシンプルマズル。

 これだけならマスコットキャラクターで行けたかもしれないが、残念ながら首から下は八頭身のボディを包むのは200デニールくらいの全身タイツもどき。

 ここぞとばかりに純白です。

 背中のチャックは開けないでください。中身のニャルラトホテプ的なものが見えちゃって、パンドラの箱が御開帳だ。開けた方も、開けられた方もがっかり通り越した絶望しかない。


 控えめにいっても不審者だ。


 神様、確かに推しを見守らせてくださいとお願いしました。

 なのになんでこんなアヤシイ生き物にした。

 確かに抜群の身体能力と、魔力という謎パワーが溢れています。ほぼ不老不死らしいけど、そもそも人間じゃねーですよ。

 そんな人生? 人外生どん詰まりスタートな怪しい猫もどき。

 略してアヤネコと申します。本名綾瀬寧々子。以前は人♀でしたが、今は性別不明です。

 しかしながら、絶望しても仕方がない。

 今の体は光合成も水力発電による自家発電も可能という無駄に高スペック。

 どんなモンスターもほぼワンパンな腕力付きだぞ!

 とまあ、そんな私は自分の新たな人生(?)に絶望しつつも、生の推しを見守ることによって現実逃避をしていました。

 私の推しはエルストン・ジル・ダルシア。ダルシア帝国の第七皇子です。ですが、もとは第11皇子でした。王位継承権争いで、廃嫡となりなかったことになったのが4人もいる。

 お判りいただけただろか。我が推しは修羅の国に身を置いている。

 王位継承争いがパねえ国です。

 ついでに彼の母親はもともと侍女であり、側妃とは名ばかりの愛妾でした。

 当然、身分が上の王妃たちにはメタ糞にやっかまれて毒を盛られることも日常茶飯事。王の寵愛があったときはよかったものの、母親が毒殺されてからは貴族からも舐められる。針の筵の生活をしているのに、彼には愛する弟妹がいた。双子である。

 二人も毒を盛られ、妹のアリエッタは失明、弟のロヴェルはエルストンに依存気味。

 同腹三兄弟の中で最も年上であり唯一頼れる兄であるエルストンは頑張りますが、魑魅魍魎がひしめく王宮で子供が生き抜くのは並大抵のことではありません。

 そんな健気に気高く生きる彼を陰ながら見守りたいアヤネコです。

 彼は10年後くらいにとある学園の裏キャラクターとして現れます。

 悪辣な人の欲望にもまれ続け、警戒心の強い外面の大変良いイケメンさんになったエルストン。

 それを癒すのがヒロインさんの役目です。



 ………それ、待つ意味ある?



 できるのであればトラウマができる前に阻止したい。

 本来あるべきストーリーの推しは尊いものですが、何故痛めつけられるかもしれない推しを放置せねばならない。

 というわけでアヤネコ、暗躍します。

 推しに毒を盛ろうとするやつがいれば、そいつに毒茶や毒菓子をそのまま食らわせます。

 推しに暴力を振るおうとすれば、闇討ちします。

 推しが王宮から部屋を取り上げられぼろ屋敷に押し込まれるというならば、そのお屋敷をリフォームして劇的ビフォーアフターです。

 材料? うん、そんなもん山を漁って見つけた薬草をゴニョゴニョっと錬金したハイポーションを病気の嫁さんやお子さんに飲ませて「ちょっともらっていくぜ!」とちょろまかしていった。

 だって、私のビジュアルは軽く悪夢だ。



「………どうなっているんだ?」



 推しは、先日まで見るも無残な幽霊屋敷だったはずの住まいが、なぜか白壁もぴっかぴかな見事なお屋敷にリフォームされているのに首を傾げている。

 来た日は「寝室はまあ使えそうだからマシか」と肩を落としていたものね。

 アヤネコ頑張ったのよ。

 寝ている間に、お掃除を頑張りました。寝室やお風呂はなんとかその日に見れる程度にはなった。だから食堂をお掃除したり、お庭を綺麗しにしたりと全力です。他の王妃の命令でこっそりエルストンたちを始末しようとしたやつを、二つ隣村の森の中に埋めました。まともな飯を作らないコックやメイドはしばいて全裸に剥いて隣山に放置しました。

 皇子や皇女にと充てられているお金をピンハネしようとしたやつは三つ折りにして、そいつ雇い主のところの軒先に吊るしてやりました。

 ふぃー。

 アヤネコは忙しいのです。

 推しの艶艶のキューティクルが乱れない様に、シャンプーとリンスとトリートメントを製作したり、目の見えないアリエッタ姫のために匂いの素敵な薔薇石鹸を製作したり、野菜の苦手なロヴェル皇子のために野菜克服メニューを作ったり。

 たまに思い出したように、他所の妃から追手やら暗殺者やら来たのは、きっと町の外の魔物や獣の餌となっています。

 たまにうっかりまともな使用人に見つかりそうになりますが、白い残像となり逃げます。

 私が間引いてしまった使えない使用人たちの代わりに、私が労働しています。

 薪割したり、井戸を掘ったり、お庭を整えたり、万能選手です。たまに御馳走を推しに食べて欲しいと思ったらちょっと遠出してグレートホーンブルを倒します。希少部位をはじめ、美味しいところを異空間収納。お魚を食べて欲しい時は海に出向いてレッサーリヴァイアサンという海竜とかです。

 推しよ、健やかであれ。

 それが私の心の合言葉。

 欲しい本があれば探す。妹姫にドレスをプレゼントしたいと思っているなら、そっと図案を机に提示して選んでもらい、意見を仰いで推しの望むドレスを製作する。

 もとレイヤーを舐めないでいただきたい。

 アヤネコは今日も今日とて推しに迫る暗殺者を撃退し、推しに美味しいといってもらえるように最高級茶葉で紅茶を淹れる。

 推しは実は甘党なので、今日はプリンタルトを作ろうと思います。

 私の手料理が推しの血肉となる。何それ滾る。









 エルストンには守護天使がいる。

 守護天使というには荒っぽいところがあるが、間違いなくエルストンを守り続けている存在だった。

 皇帝の寵愛目出度かった母が毒殺され、後見人が居なくなった。後ろ盾となる貴族もおらず、一気にエルストンの周囲から人はいなくなった。

 それどころか、前まで味方だと思っていた人間に毒を盛られた。

 一気に失脚して妹は失明し、弟はすっかり塞ぎこんだ。挙句、王宮を追い出された。

 実の父である皇帝は、母という歓心を引いていた存在が亡くなった途端、エルストンたちに見向きもしなくなった。後継者は多く、スペアは優秀なのが他にもいた。

 人が信じられなくなりついた屋敷はおんぼろの幽霊屋敷。

 これが皇子だったはずの自分の住む場所――雨風が凌げて、毒殺してくる奴らが減るだけマシだと言い聞かせた。

 使用人がやけに少ないと思って過ごしていた――矢先のことである。

 食事が美味しい。

 出来立てのような温かい食事が、王宮の時よりはるかに美味しいものが出てくる。

 寝具の物がいい。

 最初は柔らかさが足りないと思っていたら、いつの間にかふっかふかの綿と羽毛の布団。そして絹のシーツに変わっていた。

 動きやすい。

 目の見えない妹のためにか、廊下のいたるところに手すりがついている。

 浴室も広く綺麗だし、入浴剤や洗うための道具も充実している。お風呂上りにと渡された化粧水や保湿クリームでどこもかしこもつやつやだった。

 欲しいと思った本は、いつの間にか書架に入っている。

 弟妹に何かプレゼントをしたいと思えば、何やら素案を机にそっと置かれている。

 気づけば、あれほど毎日怯えていた暗殺者は、ここ数年見る影もない。

 エルストンは守護天使を見たことがない。

 コック長のゴードンは、巨大なホーンブルを担いだ遠い後ろ姿を見たことがあるそうだ。

 守護天使は男なのかと思ったが、アリエッタへの配慮を見る限り女性という説も捨てきれない。

 メイドは高速で薪割する白い残像を見たことがあるそうだ。

 だが、御礼を言おうとした瞬間跳躍し、屋根に飛び乗って逃げていったという。

 アリエッタも、ロヴェルもはっきりとは見たことがないらしい。

 一度、ロヴェルが誘拐されかけたときに白い残像が誘拐犯をタックルしつつ連れ去ったのを見たことがあるのが、有力証言だ。

 光を失ったアリエッタは時折足音を聞くらしい。たまにどこかの花畑や野イチゴの群生する場所に連れて行ってくれるとこっそり教えてくれた。

 目の見えないアリエッタにはガードが薄いのか。


 ずるい。


 エルストンは歯噛みした。

 エルストンだけ、一度も残像すら守護天使を見たことがないのだ。足音すら知らない。

 存在の形跡を見つけるだけ。

 



「………絶対見つけ出す、見つけ出して礼を言ってやるんだ……っ!」






 かくして、絶対に見つかりたくない献身系ストーカーと、絶対に見つけ出して今までの恩を伝えたいエルストンの仁義なき攻防が始まろうとしていた。








 おまけ設定



 綾瀬寧々子

 アヤネコ。白い猫の被り物+八頭身白タイツというやべースタイルの超次元ストーカー。

 推しを陰ながら見守ることを至高としており、しゃべりたいわけではない。

 推しに尽くし、推しに迷惑を掛けないをモットーとしている。

 家事も鍛冶も万能。片手で竜王も精霊王も魔王もコキャッと殺す程度のスペック。

 最近、ようやくアリエッタの目を治癒する解毒薬兼治癒薬の開発に成功。

 ロヴェルが弟子入り志願をしてきたので、とりあえず聖剣レベルのブツを打ってしまった。

 推しへの愛は一途なハイスペック馬鹿である。

 とりあえず色々な罠で捕獲を試みられるが、サクッと逃げ続ける。

 好きなものは推し。嫌いなものはカビとゴキブリと激辛料理。


 エルストン・ジル・ダルシア

 黒髪赤瞳の美少年。

 不遇の皇子だが、王宮を追放されてから超人の献身により非常に裕福な暮らしをしている。

 好物はクラムチャウダーとプリンだが、帝都に行った際にどんな場所にもその二つが存在しないと知って絶望する。

 肥えまくった舌にとって、学食のまずさ(結構美味しい方)に拒食症を疑われるが、推しの異変に気付いたアヤネコがお弁当を用意するようになり餓死は回避した。

 一度も見たことの無いアヤネコに激しい執着を示す。

 ヒロインと仲良くなった時、同じく御礼を言いたい善意のヒロインとアヤネコに負け続けてガチンコ上等なその恋人と友人たちにより大規模な捕獲作戦が行われる。


 アリエッタ・ジル・ダルシア

 金髪の美少女。

 盲目の為、アヤネコによく抱っこされて外出している。

 アヤネコが近づいてきてくれるなら目が見えなくていいかなと思っている。

 好きな食べ物はグラタンとアップルバター。

 

 ロヴェル・ジル・ダルシア

 金髪赤目の美少年。アヤネコの存在のおかげで、兄への依存度はだいぶ減った。

 アヤネコが悪い暗殺者なんてしまっちゃうゾ☆をしているのを何度か見かけたことがある。

 最近の天使は随分武闘派なんだなぁとしか思わなかった。

 弟子入り志願だが、いつも声をかけた瞬間逃げられる。

 好きな食べ物はチーズハンバーグとエッグタルト。




 連載版は作者名前をぽちっとしますと、そこから今までの作品が短編・シリーズごとに一覧できます。

 もし気になりましたら読んでいただけると嬉しいです。

 

 がんばれば人化も可能ですが、アヤネコ氏はエルストンは愛しいだけであって。エルストン×自分は望んでない。

 ちょろちょろっとヒロインや攻略対象も手助けしてあげますが、基本は推し一筋。

 ヒロインはいい子です。ただトラブルが常に全力でタックルして襲い掛かってくる系ゲームなのでいつも大変そうな子。でもめげずに頑張る。生傷が絶えず、そっとアヤネコが傷薬を差し出したりする。そしてそのせいでエルストンからの猛烈な嫉妬が以下省略。