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6.魔法使いの仲間入り

 翌朝、朝のお祈りを済ませてから厨房に向かい、双子たちと一緒に朝食の準備をした。

 厨房の窓は大きく開けられていて、朝露に濡れた風が吹き抜けていって心地いい。爽やかな空気の中でする食事の支度はとても楽しいものだった。


 朝食のメニューは燻製肉のガレットとカラフルな豆が添えられたサラダ、それからいい香りのするコーヒー。

 皆で囲む食卓にはまだ慣れなくて、温かな雰囲気が何だか擽ったい。騒がしいわけではないけれど賑やかな時間。いつもよりも食が進んだのは美味しいからというだけではなかったと思う。

 コーヒーはちょっと苦くって、ルカにミルクを足して貰うはめになったけれど。



 朝食の後、姿を黒豹に変えた神様は大きな欠伸をしながら、ふらりとどこかに消えてしまった。


 わたしは双子と一緒にお掃除の時間。

 神殿で下働きをしていた時もお掃除はしていたから、きっと役に立てると思ったのだけど……バケツに水を生み出す(・・・・)二人の手元を見て、固まってしまった。


「……魔法?」


 二人の手から溢れる水は、あっという間にバケツをいっぱいに満たしていく。日の光を受けてきらきらと輝いていて眩しいほどだ。

 ルカもリオも不思議そうに首を傾げているけれど、二人が使っているのは間違いなく魔法だろう。


「クラリスは水を作れない?」

「クラリスは魔法を使えない?」


 魔法を使えるのはごく一部の人だけで、そんな力を持つ人は城や神殿で要職に就くことが出来る。しかしほとんどの人は魔法なんて特別な力はないし、もちろんわたしも使えることはない。

 困ってしまって眉が下がった。


「使えないわ。こんなに近くで魔法を見たのも初めてよ」


 バケツの側に膝をついて、二人が満たした水に手を入れてみる。

 冷たいけれど、手が悴むほどではない。とても綺麗なこの水を魔法で生み出すことが出来るなんて。

 水は井戸で汲むもので、重さに耐えながら運ぶものだと思っていた。井戸が近くにあるだけでも有難いと思っていたのに。


「ルカルカ、クラリスは魔法を使えない?」

「リオリオ、クラリスは魔法を使えると思う」


 二人は顔を見合わせて、また同じ角度に首を傾げている。

 わたしも一緒になって首を傾げてみたけれど、わたしが魔法を使えるなんて考えたこともなかった。


「わたしは魔法を使えないわ。王国では生まれた時に魔法適性があるか調べる事になっているの。それでわたしには適性がないって……」

「人の子は誰でも魔法を使える」

「人の子は使い方を知らない者が多いだけ」


 くすくすと笑いながら双子がわたしの手を取った。

 水を触っていたからまだ濡れていたはずなのに、二人に触れられた瞬間に乾いてしまったみたいだ。それも魔法なのかと目を丸くしているわたしをよそに、二人はゆっくりと目を閉じる。

 目を閉じてしまうと二人を見分けるものがなくて、並んだ様は美しい人形のようにも見えた。


「クラリスも目を閉じる」

「クラリスは私達の手に集中する」


 言われるままに目を閉じる。

 二人と繋いでいる手に意識を向けると、ぽかぽかと熱を持っているような感覚がする。

 気のせいかとも思ったけれど、その熱は徐々に高まっていっている……気のせいじゃない。


「……なんだか、手が熱いわ」

「それでいい」

「筋がいい」


 二人に褒められ、満更でもない気がしてしまうのも仕方ないだろう。わたしは緩みそうになる頬を堪えつつ、尚も手に意識を集中させる。暖かいと思った手は、もっと熱を帯びていて、手の平にじんわりと汗をかいてしまうほどだった。


「クラリスクラリス、何か感じる?」

「クラリスクラリス、何か分かる?」


 何か……きっと手の汗のことではないだろう。

 眉間に皺が寄ることを自覚しながら、うーん……と唸りながら集中する。

 相変わらず手が熱い。……と思っていたら、何となく分かってきた気がする。


「……何かが、溢れそう」

「うん、良くできました」

「えらい子。いい子」


 褒められると嬉しい。

 得意になって口を開こうとするも──それどころじゃないくらいの、何か(・・)が体中を駆け巡っているみたいだ。


「なに、これ……え? どうしたらいいの?」


 溢れ出しそうな何かが行き場を探しているようだ。

 どうしていいか分からずに、ぎゅっと固く目を閉じながら声を漏らした。自分でも情けなくなるくらいの声だった。


「手の平に蓋がされている」

「蓋を剥がすから、そこから出せばいい」


 蓋?

 それを剥がす?


 どういう事か問うよりも早く……本当に、蓋が剥がれた気がした。

 手の平を塞いでいた瘡蓋のようなものが、ベリっと剝がされる不思議な感覚。


 その瞬間──手が水に浸かった。


「え? 水?」


 思わず目を開けてしまうと、双子たちと繋いだ両の手から水が流れ出している。

 にこにこと笑っている二人が手を離すと、水はわたしの手から溢れている事が分かった。先程、二人がバケツに水を満たしていたのと同じような光景に、わたしは瞬きさえ忘れてそれを見ていた。


「おめでとう」

「おめでとう」

「クラリスも水を生み出せる」

「クラリスも魔法を使える」


 嬉しそうな二人の様子に、わたしも嬉しくなってしまう。

 両手を合わせて手の中に水を溜める。口を付けて飲んでみると、冷たくて美味しい。

 これを自分が生み出した? わたしも魔法を使える?


 お母さんにも見せたかったな。

 そんなことを考えて少ししんみりしてしまったけれど、わたしの足元に広がる水溜まりに気付くとそれどころじゃなくなってしまった。


「ねぇ……これ、どうやって止めるの?」


 じゃばじゃばと水溜まりが大きくなる音だけが廊下に響いている。立ち上がったのも遅く、わたしのお仕着せもあっという間に水に浸かって重くなっていった。

 わたし達三人は顔を見合わせて、笑ってしまった。



 それから水の止め方を教わって、お仕着せを乾かして貰ってから火や風の生み出し方も二人に習った。

 二人の教え方が非常にわかりやすいおかげで、わたしはあっという間にそれらも生み出すことが出来るようになったのである。


 これは基礎中の基礎らしく、組み合わせたり、もっと複雑な魔法式を展開することで強大な魔法を使えるようになるらしいのだけど……つい先程までは魔法を使えなかったわたしからしたら、火と水と風を生み出すことができるだけで凄いと思ってしまう。


「何やってんだ、お前ら」


 廊下に作ってしまった水溜まりをモップで片付けていたら、通りがかったらしい神様が呆れたような目線を送ってきた。

 豹の姿で丸い耳と羽が同じリズムで動いているのが可愛らしい……なんて言ったら怒られてしまうだろうか。

 そんなことを思っていると、神様は赤と黄色の瞳を眇めてわたしの事を見つめている。……まさか心の中を読まれたのだろうか。……言葉にできないこの感謝の気持ちを心の中でも叫んだら、もしかしたら伝わるかもしれない。


 実際に心を読めるのかは分からないけれど、神様は大きな溜息をひとつついた。


「クラリスに魔法を教えていた」

「クラリスも魔法を使えるようになった」

「へぇ?」


 リオとルカが得意げに胸を張っている。

 わたしも床を拭いていたモップを両手に握りながら、胸を張った。


「じゃあ炎を生み出してみろよ」


 濡れていない場所を選んで、神様が両前足を揃えてわたしの前に座った。ゆらゆらと尻尾が揺れている。


「任せてください!」


 わたしは神様の前に膝をつくと、両手を揃えて集中する。小さな炎が手の上の空間に生まれたかと思えば、ゆっくりとその勢いを強くしていった。


 出来た!

 どうですか、と神様に言うよりも早く──神様の尻尾がぴっと動いたかと思えばわたしの炎を消してしまった。


「もう一回」

「えぇ……?」


 せっかく生み出したのに……と多少は恨みがましく思うけれど、何度だって炎を生み出す事は出来る。なんたってわたしも、魔法使いの仲間入りをしたのだから。

 内心で得意気に思いながら生み出した炎は、また尻尾の一振りで簡単に消えてしまった。


「えー!?」


 思わず声を出してしまうと、神様はくつくつと低い声で笑っている。


「神様、遊んでいます?」

「さぁな」


 今度は少し離れた場所に移動して、また炎を生み出してみる。尻尾の届かない距離だ、これならちゃんと炎を見て貰えるだろう。


 そう思ったのも一瞬で──神様が背中の羽根を羽ばたかせると、その風で炎は霧散してしまった。


「もう!」

「ははっ、まだまだだな」

「主様、楽しそう」

「主様、悪戯好き」


 可笑しそうに肩を震わせる神様の尻尾が機嫌よさげに揺れている。

 リオとルカの呆れたような視線を受けながら、わたしと神様の炎を巡る攻防戦はしばらくの間続いたのだった。


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