090 おんぶ
「もう、降ろして! 恥ずかしい! 赤ちゃんじゃないよ」
オレはディック様の背中におんぶされている。魔力切れでしばらく寝込んでいる間、ソラの刺繍が施されたソラちゃん印のおんぶ紐が作られ、オレはどこに行くにもおぶわれることになってしまった。因みにこのおんぶ紐、ジロちゃん、ラビちゃん、妖精さんバージョンまで揃っていて、館の者のポケットからするりするりと取り出される。
「言ったろう? もう絶対に離さねぇって。当分の間、観念するんだな」
ガハハと笑うディック様に誰も異を唱えないなんて酷い! オレはペシペシと頭を叩く。だって変でしょう? 領主様が大きな子供をおんぶして歩くなんて!
「父上、村長さんがブルの柵のことで……ブブッ! コウタ、またおぶわれてるの? 父上も飽きないなぁ」
ほらほら、クライス兄さんが笑ったよ。いい加減に降ろしてよ! バタバタと足をバタつかせているのに、ディック様はそんなオレのことを構いもせず、ズンズズンズと館の大扉に向かう。ああ、もう! 外に出ないで!
中央階段で見下ろせば、牧場の手伝いの人に混じってペアンとシブーストがいる。恥ずかしいんだって!
オレは真っ赤になった顔を大きな背中に押しつけた。
「やぁ、コウタ! 元気そうだね。まだおぶわれてるの? ふふふ、かわいい! 大丈夫だよ。みんな分かってるから」
トマトみたいになったオレの頭をポンポンと叩いて、いや、わざわざジャンプをして撫でつけ、お兄さんみたいな顔をされる。ムキー!! もう怒った!
みんなの視線がなくなった今!
ポン!
転移の魔法で背中から抜けると、タイミングよくジロウが飛びつく。行くよ、ジロウ!
ーーーーガシッ!
ジロウに飛び乗ったと思った途端、今度はアイファ兄さんに確保され、オレは宙を泳ぐ。えっ?と思うまもなく、今度はジロちゃんバージョンでおんぶだ。く、くそう……。
「だから……やべぇ魔法を使うなって言ってんだろう? 心配ないって思わせねぇと、いつまで経ってもおんぶ坊やだ。 ーーっとに。直球馬鹿は親父と一緒だな」
「誰が直球馬鹿だって?」
同じ顔をした二人に挟まれ、ズンズンと牧場に連れられれば、チーズ工房でサーシャ様に受け渡された。
「いいのよ? コウちゃん。おんぶが嫌だったら抱っこでも。ほらほら、私の胸にいらっしゃい!」
すりすり微笑むサーシャ様に背筋が凍り、小さな声でおんぶを告げる。村の人たちもクスクスと笑いながら、いい子でね、なんてサーシャ様に味方するんだ。
台無しになった春はじめの祭りだったけど、季節は待ってくれない。村人は春の農作業をはじめて、忙しそうだ。国で統一された春の1日までにはまだ日があるけれど、間もなく学校も始まるから人手があるうちに出来ることを進めるんだ。オレ達もクライス兄さんの学校に合わせて王都に行くよ。だからあっちこっちに用事があって忙しい。
「コウタ、来てるって?」
息を切らして走ってきたのはドンク。やったぁ! 待ってたよ。 今度こそおんぶから解放されて遊べるよ!
おぉぃ、と手を振ってドンクを呼ぶと、何とドンクまでもがおんぶ紐を結えてオレを受け取る。 酷い! 歩きたい! 走りたいよ!
「俺だって、お前をおんぶしてたんじゃ剣も振れないから嫌なんだけどさ。こうしないとみんな安心できないんだぜ? 何しろお前はすぐ行方不明になるし、面倒を起こすだろう?」
5歳のドンクにおぶわれて、諭されるなんて恥ずかしい。でも確かにオレはみんなに心配をかけたから、罰だと思って渋々受け入れることにした。
ディック様と比べると随分低い視界だけれど、牧場の頂上にあるチーズ工房から見下ろす景色は壮観だ。キラキラと光る湖は青い空を映し、柔らかな緑がさやさやと風を受けている。俺たちはミュウとリリアと合流して、春の恵みを採りに絶壁の茂みに向かう。オレが妖精のエッグ石を見つけて辺りだよ。
「あっ、ドンク!これ薬草だよ。回復薬の材料になるやつ」
「リリア、あの花! 乾燥させるといい匂いの粉になるよ」
「あっ、ミュウ! それ踏んじゃダメ!お料理に使うやつ」
「うるさいなぁ。ちっとも前に進まねぇよ」
「コウタって植物に詳しいのね。でも、もっと早く言ってよ」
背中におぶわれて自由が利かないからついつい口が出るオレと、目的の獲物でないからと疎ましくなったドンク達。
「もう!だったらコウタ、お前採れよ」
つつつと紐を外したドンクにオレはやったぁと両手を上げる。
ーーーーガシッ
こんなこともあろうかと油断なくついてきていたサンにがっしり受け取られ、オレはまたもや自由を失った。
どうやらオレの後ろには二重三重に護衛がついているようで……。
「坊主はそれだけ心配かけたんだぜ。諦めな!」
すれ違った村人が口々に耳元で囁く。
でも、嫌なんだもの。オレはサンに甘えて拘束を解いてもらうことにした。
「ねぇ、サン? オレ、サンと一緒に春の恵みを探したいなぁ。大好きなサンと手を繋げば大丈夫でしょう? オレ、どこにも行かないよ」
サンは甘えた声と上目遣いに弱い。ほら、肩が震えてる! ようし、あとひと推し!
「コ、コウタ様ぁ……」
ほらね!サンの手がおんぶ紐を解こうとしてくれる。
オレの甘え声にドンク達が額に手を当て、まるで執事さんがするような大人の仕草をしたとけれど、構うもんか!
そう思った矢先に意地悪い声が聞こえてきた。
「全く……、知恵をつけやがって。言った通りだろう? サン。こいつは弱みにつけ込むのがうまいんだよ。騙されるな! 降ろすんじゃねぇ」
こんなところまでついてきたのかとオレは頬をパンパンに膨らませる。ドンクはキラキラの瞳でアイファ兄さんを見上げ、キャキャとあやしてもらっている。何だか理不尽だ。
アイファ兄さんは昼食の席が整ったと呼びに来てくれたんだ。お祭りでやる予定だった宴。みんなオレの回復を待っていてくれた。
牛舎の前に据え付けられたテーブルに数々の料理が並ぶ。マアマやショットさん、村の女性がどんどん肉を焼いて取り分ける。パリッと焼けた超詰めはポトポト金の脂をしたらせるし、ぐつぐつ煮えたシチューにはポトリとクリームを添える。大きなチーズが丸ごと焼かれて、ひっくり返したところから豪快にチーズをこそげて口に運ぶ。
ブルの肉はステーキだ。ベアの肉は薄切りにされ、スースやホーンラット、スノーラビット肉は串焼きに。今日は肉のパーティだね。だからかな? 今日はブルも牛達も寄ってこない。
領主一家ののオレ達には専用の椅子とテーブルが用意されているけど、村の人たちは皿や串を持って地面にドンと腰を下ろすか、立ったままだ。エールやワインをごくごく飲み干し、あの肉この肉、どんどん口に運んでいる。美味しそう! ワイルドでかっこいい!
ディック様もアイファ兄さんも座ってなんかいられない。村人の中でエールを片手に立ち食いしてる。よーし、オレも行くよ。
食事のために背中からおろしてもらった途端、オレはトテトテとディック様の元に走る。うん、いいな。 自分の足で走るのがこんなに楽しいなんて!!
んぐっ! ふごっ!
一歩歩けば誰かに肉を押し込まれ、もぐもぐ飲み込めば、次は野菜が口に放り込まれる。
「おらおら、しっかり食わねぇとでっかくなれねぇぜ」
「ほい、食え! 美味いぞ!」
「坊主! これも持ってけ」
エールを飲み干すディック様に掬い上げられる頃には、肉で頬が膨らみ、滴った脂で顔が汚れ、両手には串焼きが数本ずつ……。
「なんだお前……。曲芸師みたいだなぁ」
片手でオレを持ち上げたディック様が少年のように笑う。アイファ兄さんも村の人も、子供達も。
オレも負けずにあははと笑う……と思った途端、頬張った肉をふごふごと詰まらせてしまった。
フッ?…………………んぐっ?!!
「ああ、ああ、何やってるんだ」
「ほら、コウタ。しっかりして! 口も拭いて! もう、君ってばちっとも学習しないんだから」
アイファ兄さんとクライス兄さんにひっくり返されて詰まった食べ物を吐きだす。ああ苦しかった!
咳き込んで、ふと見上げた世界は優しい人たちでいっぱいだ。
「あはははははは」
いつもの日常。いつもの仲間。父様、母様! ディック様、サーシャ様! オレ、きっととびきりの笑顔だよね?
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今日の日が皆様にとって幸せな一日となりますように。