092 ちびっ子組
「そろそろ起きてください。日が陰ってきましたから、冷えてしまいますよ」
お日様みたいなサンの瞳にオレが映り込む。昼寝から目覚めたオレ達はうーんと伸びをして起き上がると、眠気覚ましにブルのミルクを飲んだ。うん、ひんやりして美味しい。
「うふふ。幸せなひとときでした。コウタ様ったらよだれを垂らして……」
「わぁ! サン! 恥ずかしいこと言わないで!」
「「うふふふ。いつもおんぶのコウタが恥ずかしがることないのに」」
リリアとミュウにも笑われて、オレは最悪の寝起きだと不貞腐れた。
「よし、コウタ! 春の恵みを採りに行くぞ。さっきはほとんど採れなかったからな」
そう言うと、ドンクはおんぶ紐を取り出し、またオレをおんぶしようとする。オレはすかさず飛び退いてサンの後ろに回ったんだ。
「やだよ! おんぶは。もう! ちゃんと一緒にいるから! 絶対離れないから! ねっ? サン! 手を繋ぐんじゃダメ? お願い」
大人達はまだ宴会中。肉を焼いていた女性達も休憩していてお菓子を片手に雑談に夢中だ。オレに甘いサンは仕方ないと頷き、ドンクのおんぶ紐とサンのおんぶ紐を結んで長くした。そしてオレの手首とサンの手首を結びつけて……お散歩コウちゃんにされてしまった。まぁ、おんぶより随分マシなんだけど。
絶壁の下の茂みに行けば、さっき目星をつけていた薬草を採る。ミュウもリリアもドンクもそれぞれ目当ての野草があって、丁寧に採っては小さな籠に並べていく。
「春の一日になるとさ、一個ずつ年齢が上がるだろう? 俺、6歳になるんだ」
野草の茎をぽきりと折ったドンクが、思案げに話し始める。
「夏になったらサースポートの学校に行くんだって。騎士になるのも商売を継ぐのも勉強ってやつがいるから。」
「そうなの? じゃぁ、ドンク、ここからいなくなるの?」
ドンクの顔を見つめると慌てて視線を外したので、オレも茂みに顔を突っ込んだ。
「私のうちは赤ちゃんが産まれるの。だから私はチーズ工房で手伝いをさせてもらうのよ」
リリアが言った。ミュウも頷く。
「私も農場の手伝いで仕事をもらうの。だからあんまり遊べなくなっちゃうの」
そうか。国が決めた春の1日に、みんな年齢が1つずつ上がる。誕生日を祝うのは王族くらいで、ほとんどの人が春の日の年齢で過ごしていく。学校とか仕事とか、年齢に左右されることは大抵春年齢だ。オレも4歳になるんだよ。
ドンク達と遊べなくなっちゃうのは寂しいけど、会えなくなるわけじゃない。それに学校は夏からだからまだ3ヶ月も先だ。
赤ちゃんが産まれるのはリリアのところだけじゃない。あの若夫婦の赤ちゃんはもうすぐだし、他の家にも生まれるって。今年は数年ぶりの村のベビーラッシュだからオレがお兄ちゃんになってお世話を手伝わないとね! オレだって忙しくなりそうだ。
ふっと見上げると、傾きかけたお日様の先、絶壁のてっぺんでキラと光が見えたんだ。
「ねぇ、サン、あれなあに?」
指を指してもサンにはよく分からないみたい。オレはソラを呼んで聞いた。
『うーん。多分スライムよ。獲ってくるくる?』
どうしよう。気になるけど、シブーストの時みたいにやっつけようってなると嫌だな。そう考えていると、ピョーーン。キラキラの物体がオレの胸に飛び込んできた。
「わっ!」
「きゃぁ」
「「「 ス、スライム?」」」
空の色を吸い込んだような透明の球体は、オレの腕の中でウニョーンと伸び縮みする。
「いけません! コウタ様! こちらへ! 腕が溶けてしまいます」
「ええっ? と、溶けちゃうの?」
サンはオレと繋がっていた紐を外し、オレからスライムを奪おうとした。
プルプルプル。ビヨーン、ビヨーン! ビヨヨヨーーーーン!
スライムは小さく震えると、オレ達ちびっ子組を包むように、まるでソラのシールドのように大きく伸びて……。
ーーーーーーカッ!!!!!!
強烈な光を放ったかと思うと……。オレ達は真っ暗で湿った場所に佇んでいた。
「ひっ……! ここ、どこ?」
「な、なんで俺たち、こんなところへ?」
「こ、怖い……」
オレ達四人は体を寄せ合い、慎重に周囲を探る。かろうじて土肌や木の根が分かる空間は、冷んやりと冷たいけれど、オレだけは怖くなかった。だって見知った三人の顔がある。そして……いつか来たことがある場所に似ていたから。
「コ、コウターーーー」
「よかったのーーーー」
「来てくれたのーーーー」
「「「 ワーーーーーーン」」」
オレの頭に頬に擦り寄ってくる妖精達。オレは思わずふふふと笑ってしまった。
「コウタ、こ、怖くないの?」
不思議そうにリリアが聞いた。
「う……ん、怖くないわけじゃないけど、みんなが一緒でしょう? きっと大丈夫」
そう言ってふわり、ライトの魔法で小さな光を灯した。
「「「ま、魔法? 」」」
「おい、コウタ! お前、魔法が使えるのか? なんでだ?」
ドンクに腰を抜かすほど驚かれて、オレはしまったと後悔する。うーん、どうやって誤魔化そうか。だけど暗い中だと不安が募るから、仕方がないと開き直る。
シュルシュルくるくる。オレの髪を巻き上げて、ほっぺを突き、シャツの襟を引っ張る妖精達。
「ねぇ、コウタ。何かいるの? コウタだけに風が吹いてるの?」
落ち着いてきたリリアが聞いた。
「うん。妖精さん達がいるんだ。見えない? 何だか慌ててるから、ちょっと待ってね」
ポカンと口を開けたちびっ子組をそのままに、オレは腰を下ろしてそっと手のひらを広げ、妖精達と向き合った。
「コウタ、聞いて聞いて」
「ここに魔法陣があったの」
「「「転移の魔法陣」」」
「でも消えちゃった」
「帰れないの」
「どうしよう。どうしよう」
「「「ワーーーーン」」」
オレの手の中でワンワン泣き出す妖精達。どうしようって言われても……、オレだって、分からないよ。どうしよう……。
オレの背後から覗き込む視線に、妖精達の話を伝えるとドンクが元気を出して答えた。
「まぁ、俺達だってずっとここにいる訳にいかないからな! 行こうぜ。まず出口を探そう」
頼もしい小さな騎士は、腰の木剣を抜くと先頭を切って歩き始めた。オレたちもそろそろと後に続く。
ぴちゃん。
水滴が落ちて、小さな身体を濡らしていく。行き先が正しいのか正しくないのか。ただ一本に続く道を、頼りない小さな光で照らしていく。
ぴちゃん。
しばらく進むと開けた広場に出た。透明な薄黒い物体が不気味な光を艶めかせ、モゾモゾと動いている。オレたちはごくりと唾を飲む。
「「「「 ス、スライム?」」」」
ライトの光を大きくし、蠢くものを照らしてみると無数のスライムが敷き詰められたかのように集まっていた。白い光を反射してキラキラと輝き、チャプチャプとひしめき合っている様は荘厳で神々しささえ放たれている。オレたちはしばらく美しい光景に惹き込まれた。
読んでいただきありがとうございます!
寒さに震えていませんか? こたつが欲しい今日この頃です。
コウタたちの春の気配がどうか届きますように!