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091 春の宴


「さあさあ、お待たせしました! コウタ様が大好きなカレーです。」


 喧騒の中から一際大きな声が響いた。フォルテさんとマリアさんだ。湯気の立つ大きな寸胴鍋をドスンと釜戸に下ろす。ついでニコルがテーブルに平たい石を置くとその上に小鍋を置く。


「こっちはちびっ子組用! フルーツや蜂蜜を入れた甘いカレーだとよ! 熱々だから、ちびっ子はちゃんと座って食べるんだよ」


「わぁ! 凄い! あのね、これ、ナンブルタルの海軍の料理なの! 美味しかったの! 嬉しい!」

『コウタ! これ何? 僕の鼻、大変なことになってる! よだれが止まらない』


 ペロリとオレの顔を舐めまわしたジロウ。うん、このスパイシーさは鼻にくるかも。でもとっても美味しいよ!普段は滅多にオレたちのご飯を欲しがらないジロウだけど、どくどくと滴るよだれにフォルテさんが大皿にカレーをよそってくれた。あっ駄目だよ。風魔法で冷ますなんて。ジロウは犬なんだから!

 だけど誰もジロウのことなんか見ちゃいない。新しい芳しい料理に釘付けだったから。フォルテさんとマリアさんは春の祭りで事件を起こしたナンブルタルの兵士のことを謝罪していたけど、村の人たちは温かくて、ナンブルタルが悪いわけじゃないって言ってくれていた。よかった。仲良くできそうだね!


「おっし、食おうぜ!」

「「「 ! お、美味しい」」」


 ちびっ子組も村の人もみんな目を丸くしてカレーを食べる。オレも一口! 甘い、でもスパイシー! 鼻に抜ける香り、肉の味が濃厚で、だけどフルーティーでなめらかな舌触り。野菜がとろりと溶けてなくなる。


「あのね、あのね! 山ではね、これ、白いご飯と一緒に食べたの。母様のカレーもこんなふうに甘くて、オレ、この中の芋が好きだったの! でも父様は辛いのが好きだったの。これを薄焼きパンに挟んで油で揚げたやつは辛くてもオレも食べれたの。 ソラとピクニックに……

あっ……?! 」


 甘いカレーが嬉しくて、懐かしくて、山での暮らしが一気に思い出されて。だからオレは夢中になって話してしまった。ハッと気づいた時にはディック様や兄さん達が優しい顔で頷いていた。どうしよう。心配かける……? 慌てて口を塞ごうとした時、ドンクが無邪気に叫んだ。


「 すげー! コウタってこんなうめぇもん食ってたのか? いいなぁ! なぁ、もっと教えてくれよ! 俺、親分の話も聞きたいけど、その山のことも聞きてぇ! 」

「「うん! 私も! 」」


「コウタのキャラメルもすっごく美味しいもんね! 」

「白いご飯ってどんなの? 何かに似てないの?」


 ちびっ子組の反応にちょっとだけ困ったオレは顔を上げるとクライス兄さんと目があった。ごめんなさいって顔をしたら、半月のような瞳でため息を吐いた。


「絶対何か、勘違いしてる顔だよ。コウタ」

「えっ……?」


 クライス兄さんには珍しく、カレーのスプーンを咥えながら頬杖をついて話し始めた。まるでアイファ兄さんみたいにお行儀が悪い。


「最近、山の話をしないと思ったら、僕たちに遠慮していたの? 淋しいなぁ。兄ちゃんとしてはさ、コウタの今も昔もこれからのことだってさ、丸ごと知りたいんだけど」


「……だって、山の話をすると、みんな哀しそうな顔をするから…………」


「うん、それは僕たち大人が悪かったよ。だけどね、僕らも一緒に哀しませてよ。コウタの最愛の人を……僕らも悼みたいんだよ。そして知りたいんだ。君が何が好きで、何を食べて大きくなってきたか。何を見て、感じて、学んで、笑って……」

「そうそう、天然トラブルメーカーができた理由ってやつだ。いいんだぜ。話したい時には思い切り話せ」

 突然アイファ兄さんが割り込んできた。しかも酷い言い方だ。オレはムカッとスプーンを挙げる。そのスプーンに華奢な手が添えられる。


「私が辛くなったら、その時はコウちゃんも泣いてくれればいいのよ。コウちゃんが泣きたくなかったら、笑っていればいいわ」


「まぁ、あれだ。お前はしたいようにすりゃいいってことだ。遠慮なんかするんじゃねぇ。3歳のガキは食って寝て遊んでそうやって大きくなりゃいいんだよ。あぁ、ちっとは自重して欲しいとこだが……?」


「ディック様、そりゃ無理だ。コウタの奴は小けぇエンデアベルトだぜ? やらかしはできても、自重は無理だ!なぁ?」

「「「ちげえねぇ!」」」

ガハハハハハハ!

 村人の横槍に、その場にいたみんなが一際大きな声でガハハと笑う。オレはコトンと首を傾げた。


「へへ、本当に天然坊ですな」

「こんなちっこい姿(なり)で、この村に神龍様の加護を貰ってくるなんざ人外のエンデアベルトだってこったよ」

 ごつい男がディック様の腕を小突く。

 アイファ兄さんの首に飛びついた男はひひひと悪い笑みを湛えた。


「コウタ殿がいらして半年間か? 静かだった村に驚くほどのトラブルが起きたが……」

「おう、ブルは増えたし、牛の乳もよく出る。しかも美味いときたもんだ」

「その不思議なワンちゃんのおかげで、牛がよく言うことを聞いてくれて楽になったわ」

「チーズ工房は冬でもフル稼働。暮らしは安泰ね。それに、この冬に配っていただいた毛皮で温かく過ごせたわ」


 肉を焼いていた女達も口を挟み、オレを撫でる。オレは撫でてもらった頭をそっと触って……、ふわりと笑った。


「よーし、でっけぇ俺達は、飲んで食って、また飲むぞー」

「「「いいねぇ! 最高ー! エンデアベルト万歳ー! モルケル村、万歳ー」」」


 男達の威勢のいい声が響く。呆れる女性陣だけれど、みんな嬉しそう。オレ達ちびっ子組はたくさん食べて、たくさん笑って、ふわふわ、うとうと。牧草の上で夢を見る。賑やかな喧騒を子守唄にして。鮮やかな新芽の香りに包まれながら。



 




今日も読んでくださってありがとうございました。


 コウタも随分自由度が上がり、のびのびとやらかしています。

 


 では、今日の1日が皆様にとって温かで居心地のよい1日となりますように。

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