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第97話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令5

 その後の戦況も、さして変わりは無かった。

 新たに魔石獣が現れると、真っ先にイングリスかユアが殴り飛ばし、他の生徒達が止めを刺す。

 魔石獣には純粋な物理攻撃は効果が無く、体が歪むほど殴ってもすぐに復元する。

 だが少しの間の隙を作る事が出来れば、ラフィニア達には十分な時間となる。


 イングリスが真っ先に先手を取れるのには、理由がある。

 魔石獣が現れる予兆を、魔素(マナ)の流れから察知する事が出来るからだ。

 だから、他の者より一歩二歩先に動き出すことができるのだ。


 そして、イングリスと同様の動きをするユアも、同じ事を感じ取っているのである。

 彼女はいったい何者だろう? 天恵武姫(ハイラル・メナス)とは雰囲気が違う。

 天上人(ハイランダー)? にしては聖痕は無い。

 血鉄鎖旅団の黒仮面のように、自分と同じ神騎士(ディバインナイト)だろうか?

 しかし霊素(エーテル)は感じない。隠しているだけかもしれないが。


 今の所、なにも断定的な事は言えない。分からない事が分かったというだけだ。

 ――だからこそ興味深い。やはり田舎のユミルから王都に出て来て良かった。

 戦ってみたい相手がゴロゴロしているのだ。


「皆さん。もう大丈夫だと思います、ひとまず現象は収まりました」


 と、リップルの様子を見ていたセオドア特使が言う。

 確かに、黒い半球状の光に包まれていたリップルの姿は、元に戻っていた。


「リップルさん!」


 と、ラフィニアは真っ先に駆け寄って行く。


「前と同じなら、暫くすれば目を覚ましてくれるわよね――」


 レオーネも心配そうだ。


「なるほど、僕達のすべき事は分かりました。この程度ならば問題は無いでしょう。校長先生。少なくとも我々三回生は、一人の犠牲も無く作戦を遂行して見せます」

「ええ。ですがこれはあくまで周囲に被害を出さないための処置であって、最終解決ではありません。なにか別現象が起きる可能性もありますし、くれぐれも注意して下さい」

「解決の目途は立っているのですか?」

「申し訳ありません。それはまだ時間がかかりますが――可能な限り急ぎます。君達には負担をかけますが、どうかよろしく」


 と、シルヴァに応じたのはセオドア特使だった。


「そうして頂けると助かりますねえ……」


 と、ミリエラ校長が深く深くため息を吐く。

 その視線は、部屋の天井や壁に向いている。

 激しく魔石獣が叩きつけられ、あちこち歪んだり穴が開いたりしているのだ。


「早く解決しないと、校舎が跡形も無くなっちゃいそうですし――」


 頭が痛い、と言いたげである。


「――君達のせいだぞ」


 と、シルヴァはイングリスとユアを交互に見るのだった。


「「……?」」


 二人ともきょとんとして首を捻った。


「とぼけるんじゃない! 君達がバンバン見境なく敵を吹っ飛ばすからだろう!」

「あれでも手加減したし。ね? えーと……」

「イングリスです。ユア先輩」

「ん――イン……クレ……? イン……リ――ちゃん?」

「イングリスです。先輩」

「んー……」


 と難しい顔をされる。


「ユアは人の名前を覚えるの、苦手なんだよ」


 と、先輩の一人が教えてくれた。


「そうなの。モヤシくん」


 確かに体がほっそりした先輩だけれども――

 この人はこの人で、れっきとした上級印の魔印(ルーン)の持ち主なのだが。


「しくしく……ほら見ろ、一年経ってもこうだぞ? ちなみにモーリスだからよろしく」

「お願いします。ではユア先輩が好きに読んでください」

「ん――おっぱいちゃん。手加減したよね?」

「ええぇっ!? いやそれはちょっと……」


 しかしユア先輩は聞いていないようで――シルヴァに顔を向けていた。


「そもそも。先輩がもっと働けば、私達あんなに暴れなくて良かった」

魔印武具(アーティファクト)の力で校舎を燃やしてはいけないから、自重していただけだ! もっと考えて戦え、君達は!」

「まあまあいいですよ。そんな事気にして、怪我されるよりはいいですし――」

「はは……結界で周囲を覆うのではなく、別空間に跳躍させるタイプの魔印武具(アーティファクト)の方がいいかも知れませんね」

天上人(ハイランダー)の方が作り出す魔術空間のように――ですか」


 天上人(ハイランダー)のファルスに、異空間に閉じ込められた事を思い出す。

 全員かは分からないが、天上人(ハイランダー)にはそういう能力があるのだろう。

 相当に高度な魔術の使い手である、という事だ。


「そうですね」

「一番近いのは、この間イングリスさんにも入って貰った『試練の迷宮』ですね。あれは天上人(ハイランダー)の空間魔術を模した魔印武具(アーティファクト)ですから」


 セオドア特使の後に、ミリエラ校長が補足してくれた。


「ああなるほど……」

「とはいえ、空間跳躍タイプは周囲の目が届きませんからねえ。後からの加勢が難しくなって、より危険度が高くなっちゃいます。それに結界タイプより魔印武具(アーティファクト)の使い手も限られるでしょう?」

「だけど、両方あった方がいいのは間違いないですね。それも用意しておきましょう」

「そうですねえ。場合によって使い分けですね。お願いしますセオドアさん」

「分かりました」


 こうして、天恵武姫(ハイラル・メナス)リップルの護衛作戦が本格的に動き出した。

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