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第95話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令3

「なんですか? もう眠たい、寝たいです」


 ユアはミリエラに対し、全く顔色を変えずにそう返した。

 非常事態だと説明があったはずなのに、何の興味も持っていなさそうな態度である。

 それが逆に只者ではない、と感じさせる。


「いやいやいや、私の話聞いてましたかあ? 皆さんの力が必要なんです」

「てへ」


 全く無表情に、ペロッと舌を出した。


「いやいやいやいや……」


 ミリエラ校長も都合の悪い事はテヘヘで誤魔化すが、ユア先輩は更に掴み所が無く、ミリエラ校長も困惑気味だった。


「とにかく是非ご協力頂きたい大事件なんです。あなたが二回生のエースなんです。抜けられては困ります」

「だってそこのメガネさんが帰れって――あれ、夢?」

「そうですよぉ? 夢ですよぉ? そんな事言ってませんよー?」

「……だったら仕方ないか」


 と、席に戻ろうとするが――


「いいや、言ったね! 従騎士科にこの任務は務まらない。引っ込んでいろ」

「分かりました。ありがとうございます」

「あああああ待って! シルヴァさん、振り出しに戻さないで下さいよぉ!」


 それを見て、リーゼロッテが呟いていた。


「……校長先生は何だかやけに、あなた達のような変わり者でもあっさり受け入れると思っていましたが――先輩方がこうなら納得ですわね」

「え? 何一人だけ違うみたいな事言ってるの? あなたも一緒よ、友達なんだから」


 と、ラフィニアがすかさず返していた。


「う、嬉しいような悲しいような――ですわね」

「あはは。私は嬉しいわよ、みんなと友達で」

「まあレオーネがよろしいなら構いませんが……」

「従騎士科もだが、裏切り者の血縁者もです! 彼女は裏切り者レオンの妹でしょう!? とても背中を預ける事などできない!」

「ちょっと! レオンさんとレオーネは別です! そんな言い方先輩でも許せない!」

「そうですわ! そのお考えは浅慮です、彼女をよく知ればお分かりになります!」


 状況が込み入って来た――

 なので、イングリスはさも仲裁するような雰囲気で、要求を押し通そうと試みる。


「まあまあまあ――ではシルヴァ先輩、わたし達が作戦に相応しいかどうか、腕試しに手合わせして頂けませんか? それでないとご不安を拭えないようですので――」

「……ふぅむ――」

「はい」


 ユアがひょこんと手を上げた。


「あ、はいユア先輩。何か?」

「私はめんどくさいから嫌」

「…………」


 何だろう。他にいないタイプだ。

 ラフィニアもレオーネもリーゼロッテも、皆個性は色々あるが根は真面目だ。

 ユア先輩は何か根本の部分が違う気がする。

 無論イングリスとも違う。せっかくの戦いをめんどくさいから嫌とは衝撃である。


「でもさ、ユア。実際お前がいないと、戦力的に俺達ちゃんとやれるか不安だぜ。学年ごとに分かれてやるんだろ?」


 と、二回生の別の生徒がユアに意見していた。

 確かに二回生ユアを含めて三人しかおらず、一回生の四人よりも少ない。


「わかった。やる」

「ではユア先輩、シルヴァ先輩に腕試しをしてもらいましょう」

「それは嫌」


 嫌がられた。


「命令するのは校長先生だから、文句があるならあの人が出て行けばいい」


 いきなり真っ当な事を言った。


「いや、それはそうなのですが――先程はシルヴァ先輩の言う通り出て行こうと……」

「フフン――僕と手合わせする勇気は無いという事だな?」


 と、シルヴァがユアに顔を向ける。


「……どっちが上かは分かってる。弱い者イジメは嫌い」

「何だと……!?」


 話から察するに、ユアとシルヴァは手合わせした事があるのだろうか。

 そしてユアが勝った? だとすれば非常に興味深い。

 特級印を持つシルヴァの能力が聖騎士並であることは想像に難くない。

 それを上回るのならば――相当な手合わせが期待できる。


「校長先生――」


 と、こっそりと聞いてみる。


「ええ……イングリスさんの思った通りですよ。模擬戦の時に、一回だけですけど。それからあの二人は仲が悪くて……何とかイングリスさんが、あの二人を仲直りさせてくれると助かります。一回生のエースはあなたですから」

「……人間関係はラニの方が――わたしは二人とも叩き伏せろ、でしたら喜んでお受けしますが?」


 そもそも、シルヴァがユアに突っかかっているだけにも見える。

 ユアは何とも思っていなさそうだ。


「うーん……力って、癖のない人の所には降りて来ないんですかねえ」


 と、ミリエラ校長が嘆息した時――


 ドサッ。


 誰かが倒れ伏す音がした。


「リップル殿! しっかりして下さい……!」


 セオドア特使が真っ先に反応していた。リップルは彼の真横に座っていたのだ。

 その意識は既に無く、依然と同じように黒い球体のようなものに包まれている。

 ――城で見た時と同じだ。


「セオドアさん! すぐに離れて下さい、危険です! 結界は私が張ります! 皆さん警戒を!」


 ミリエラ校長が持っていた杖の魔印武具(アーティファクト)を振りかざす。

 すると広範囲の結界が発生し、周辺を包んだ。半透明の光の壁が、窓の外に見える。


 一拍を置いて――壁際の天井付近の空間が一部歪むと、中から魔石獣が次々と出現する。

 城の時と同じ、人型。リップルと同じ獣人種の魔石獣だ。


「き、来たぞ――ッ!」


 生徒達の間に、一気に緊張感が高まった。

 だが悲鳴を上げたり、逃げ出すような者はいない。


「校長先生! 今日の担当はどの学年ですか!?」


 そうシルヴァが問いかける。


「え?」

「学年別の三チームが一日ごとに交代でしょう? 最初は我々で構いませんか?」

「は、はい構いませんが……」

「よし……! じゃあ我々以外は手を出す――」


 ドゴオオオォォンッ!


 その時、既にイングリスは現れた魔石獣を三体まとめて蹴り飛ばしていた。

 衝撃で壁が陥没し、部屋全体が軽く軋んだ。


「な……っ!? き、君! 手を出すなと言っただろう!」

「ええ。ですから足を出しましたが?」


 イングリスはニコッと笑顔を浮かべてそう言った。

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