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第92話 15歳のイングリス・天恵武姫の病13

「――なんて事があったのに、こんな事してていいのかなあ……」


 リップルはそう言うと、お湯に半分顔を漬け、息を吐いてぶくぶくと泡立てていた。


「大丈夫です。わたしはいつでも準備が出来ていますから。何なら、今すぐにでも構いません。さぁどうぞ」


 隣に並んでお湯に漬かっているイングリスは、そう応じる。

 ここは騎士アカデミーの女子寮の大浴場だった。

 リップルを騎士アカデミーで預かると方針が決まり、お城から戻ると、まずはリラックスしようという事でここにやって来たのだ。


「いやボクにコントロールできないし……そんな物欲しそうな目で見ないでくれる?」

「こらクリス、リップルさんは困ってるんだから、茶化さないの」

「そうじゃないよ。わたし達はこれをいい修行と捉えるから、リップルさんも気にしないでって事だよ」

「いやそれクリスだけだし――勝手に巻き込まないでくれる?」


 うんうん、とレオーネが頷いていた。


「でもまあ、考えようによってはイングリスさんの言う通りかもですねえ。貴重な実戦経験には違いありません」


 と、ミリエラ校長はイングリスの味方をしてくれた。

 帰って来てすぐにお風呂に入ろう、と言い出したのも彼女である。


「だけど――ボクのせいで誰かが傷つくのは嫌だよ、ボクは――そんなの天恵武姫(ハイラル・メナス)じゃないし……」

「大丈夫ですよぉ。またあの現象が始まったら、即座に結界を張って周囲から隔離しますからねえ」


 と、ミリエラ校長は杖の魔印武具(アーティファクト)を振り振りして言う。

 わざわざこれを持ってお風呂に入って来ていた。

 一緒にお風呂に入ると、さすが大人の女性だけあって色っぽく、イングリスとしては少々目のやり場に困ってしまう。


「そうやって周辺への被害を抑えた上で、イングリスさん達腕利きの生徒に魔石獣を殲滅してもらいます。被害は出させませんよぉ」

「うん――でもミリエラがいない時はどうするの? ずっと付いてるわけには行かないでしょ?」

「今、セオドアさんが同効果の魔印武具(アーティファクト)を用意してくれていますからね。ついでにレオーネさん用の魔印武具(アーティファクト)もお願いしちゃいました!」

「わ、ありがとうございます!」

「せっかくの機会ですからねえ、貰えるものは貰っちゃわないとですよお。ふふふっ」


 なかなかしたたかな事である。

 とは言え、結界用の魔印武具(アーティファクト)は確かにいくつかあった方がいいだろう。


「複数の組の人員を用意して、交代であなたの周りを警護する体制を整えます。暫くの辛抱ですよお。せっかくですから、お休みだと思ってのんびりしちゃってて下さい」

「そ、そんなふうには開き直るわけには――」

「大丈夫です、あたし達めちゃくちゃ頑張りますから! あたし達に何かあったら、逆にリップルさんが悲しむっていう事も分かってます!」


 ばしゃあんっ! と勢いよくラフィニアが立ち上がる。

 どうでもいいが、裸が丸見えである。見ているこちらが恥ずかしい。


「でもそれはそれとして――せっかくだからちょっとでも楽しく過ごせたらなって思います。もっとリップルさんと仲良くなりたいし……」

「ラフィニアちゃん――」

「だからちょっとだけ……元気出ませんか?」

「ん……そうだねー。ボクがあんまりヘコんでると、皆もやり辛いかもだしね? ありがとうラフィニアちゃん、迷惑かけるけどよろしくね?」


 と、リップルが久しぶりに笑顔を見せる。


「はいっ!」


 ラフィニアはとても嬉しそうだ。

 明るく素直で物怖じしない活発な性格であるがゆえ、ラフィニアの事を鬱陶しく感じてしまう人もいるだろうが――

 リップルやエリスは、そんなラフィニアの言動を受け入れてくれるようだ。

 彼女を見守る立場からすると、ありがたい事だ。そして微笑ましい。


「だけどラニ、体は隠そうね。はしたないよ?」

「いいの! 裸を見せ合う事は心を見せ合う事! クリスも見せなさい!」

「ひゃっ!? ちょ、ちょっとやめてラニ――! そんなデタラメで……!」

「いいのいいの! ほらレオーネも!」

「わ、私はいいわよ二人でやって!」

「一人だけ逃げ得は許さない……!」

「きゃー!? も、もうラフィニアっ! そんな事してると、セオドア特使に幻滅されるわ! せっかくラフィニアの事を褒めてくれてたのに……!」

「え……? そ、そうかなあ――?」

「そうよ、慎みが無いって思われるわ」

「う、うーんじゃあやめとこうかな――」

「ダメッ! ほら、好きなだけ見ても触ってもいいから、ラニはそういう事考えちゃダメ……!」


 そんな三人の様子を見て、リップルは目を細めていた。


「若い子って可愛くていいなあ、楽しそうだね?」

「ですねえ。元気を貰えちゃいますねえ」

「あははっ、そういう感想が出るって事はミリエラも年取ったねえ?」

「う……! 色々と気苦労も多いものですから――いや、でもまだまだ気持ちは十代ですっ!」

「気持ちはね? 見た目は……大人になって綺麗になったね? ボクたちはずっと変わらないから、皆が成長して行くのはちょっと羨ましいな――」

「……先程も言いましたが、私達に任せて少しお休みするつもりでいて下さいねえ。今の騎士アカデミーには、彼女達に勝るとも劣らない優秀な生徒が何人もいますから。近年稀に見る充実ぶりです!」

「それは素晴らしい。どこのどなたですか? 上級生ですか? 合同訓練の予定はありませんか?」

「わ……!? イングリスちゃん、相変わらずこういう話には反応速いねえ」

「はい。より強くなるためには、より強い相手との戦いが必要ですので」

「だ、ダメですよおイングリスさん。今は状況が状況です。生徒同士の模擬戦は禁止します。怪我なんてされては困りますからね」

「ええっ……!? そんな――」

「もうクリス、別にいいじゃない。魔石獣が現れるんだからそっちと戦いなさいよ」

「でもラニ、戦いは多ければ多いほどいいんだよ? その方が絶対成長できるし――人生には限りがあるんだから、のんびりしてちゃダメなんだよ?」

「何を馬鹿な事言ってるのよ、そんな明日にでも死んじゃうみたいに――慌てなくても先輩たちは逃げないでしょ? 我慢しなさい」

「むう……」


 ラフィニアは呆れているが、人生の終わりに際してもっとああしておけば、こうしておけば――という点が山ほど出て来るのは、イングリスには体験済みである。

 だから徹底的に突き詰めたほうがいい。間違いない。


「ははは――ほんっと凄い性格してるよねえ、イングリスちゃんは。黙ってるとすっごく可愛くておしとやかで、虫も殺さないって雰囲気なのに――」

「恐れ入ります。ありがとうございます」

「いや……それ褒めてないからね、クリス」

「だってかわいいって」

「そこだけ切り取る!?」

「だって性格は変わらないし。前向きに考えた方がいいかなって」

「いやちょっとは変わって欲しいけど……」

「「うーん、無理かな」」


 と、二人の台詞が完全に一致した。


「……はあ、そうよね。だってクリスだし」

「そうだよ?」

「ほんと仲いいなあ、イングリスちゃんとラフィニアちゃんは。まあ、生徒同士の模擬戦がダメならボクが相手してもいいよ?」

「本当ですかありがとうございます! では今すぐにでも! どこで戦いますか!? ここででも、わたしは構いませんが!」


 イングリスは期待に満ち溢れた顔をして、ばしゃんと勢い良くお湯から立ち上がっていた。


「い、いや今すぐはダメだよ。ミリエラ達にちゃんと見て貰って、動いたりしてても大丈夫そうだったらね?」

「こらクリス、ちょっとは体を隠しなさい。恥ずかしいわよ!」

「……ふう、この子達といると飽きないわね――」


 レオーネがため息交じりにそう呟いていた。

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