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第91話 15歳のイングリス・天恵武姫の病12

「彼女達はセイリーンの命を救ってくれましたし、この間の事件の時もアールシア元宰相を守り、飛空船が王城に落ちるのを食い止めてくれたと聞きます――賭けてみるのも悪くはないかも知れません」

「……元宰相? アールシア宰相はどうなさったのですか?」


 セオドア特使の発言の中で、イングリスにはそこが引っ掛かった。


「職を辞する事になった。先般の出来事は記録に残さぬ事になったのは、諸君らも知っての通り。故にアールシア卿の責任が問われる事も無くなるはずだったのだが――示しがつかぬ、と意志が固くてな。理由は健康不安の為とされるだろうが……彼は公明正大で、誰に対しても阿らん。宰相に相応しい人物だったが惜しいことだ。彼の職責は、臨時に私が引き継ぐ事になった」

「そして、ウェインが担っていた仕事の一部が聖騎士殿やエリス殿達に回されるという具合になります。ですから、皆あまり余裕がない状態になりますね」

「だったらあたし達に任せて下さい! あたしは、困っているリップルさんの力になりたいです!」


 とのような事をラフィニアが言い出すのは、イングリスの予想通りだった。

 主な理由が少々異なるにせよ、ラフィニアが賛成するのは分かっていた。

 リップルの状況を目の当たりにして黙っているのは、ラフィニアの正義感が許さないだろう。


「だけどラニ。ラニ達はまだ色々な事を学び、力をつける時期なんだよ。そうやって本当の騎士になって行く――そのためにミリエラさん達がラニ達を預かってくれているんだ。今は無理をする時じゃ……」

「違うわ兄様。あたしはリップルさんに感謝してるから、何かお返しがしたいだけ! だって、ずっとこの国やあたしたちの事を守って来てくれたんだもの。それって正式な騎士かどうかなんて関係ないでしょう? 今出来ることをしたいの!」


 そのやり取りを聞いていて、イングリスは思わずくすりとしてしまう。

 かつてはラファエルも叔母イリーナから似たような事を言われていたな、と思い出したのだ。

 あの時のイリーナの立場が今のラファエルで、ラファエルの立場が今のラフィニアだ。

 役割の入れ替わりは、それが大人になるという事なのかも知れない。


「ふふふっ……」

「クリス?」

「どうしかしたのかい?」

「いえ、昔はラファ兄様も似たような事を侯爵様や叔母様から言われていたなと――何だか懐かしいですね」

「え……? た、確かにそうだったような気もするけど――クリスはまだ小さかったのによく覚えて……」

「記憶力には自信がありますから」

「とにかく、兄様もお父様みたいに頑固になったって事よね。そんなんじゃクリスに嫌われるわ!」

「ええっ……!?」

「そんなことないよ。わたし、侯爵様は好きだよ」

「あ、兄様。今ほっとしたわね?」

「いやいや、今はそういう事を言っている場合じゃ……」


 それを見て、ウェイン王子が可笑しそうにしていた。


「はははっ。完全なる聖騎士と誉高いラファエルも、妹達には型無しのようだ」

「は、はあ……お見苦しくて申し訳ありません」

「いや構わんさ。微笑ましくもある。では、レオーネ。君はどうだ? 考えを聞かせてくれ」


 ウェイン王子はレオーネに話の矛先を向ける。


「え……私ですか?」

「ああ。君達全員の考えを聞いてみたくてな」

「……二人と同じです。天恵武姫(ハイラル・メナス)の皆様へのご恩返し――という事にも共感しますが、本当に正直に言ってしまうと、私は出来るだけ早く手柄が欲しいです――これは、その好機と考えます」

「そうだな――家の汚名を晴らさんとすれば、そう考えるのも自然か――」


 レオーネのオルファー家は、聖騎士レオンを輩出した事により、アールメンの街の誇りとして尊敬されていた。

 が、レオンが聖騎士を辞め血鉄鎖旅団に走ってしまった事により、世間の目は一変。裏切り者の家として、白い目で見られるようになってしまった。

 レオーネはその状況を、自分の功績によって変えるために騎士を志したと言う。

 騎士アカデミーでも人間関係に苦労させられながら、頑張っている。

 イングリスの見ている限り、イングリス自身を除けば、騎士アカデミーの中でも一番自己鍛錬に意欲的なのは彼女だ。イングリスが課外で訓練をしていると、一緒にやると言ってよくやって来る。

 そんな彼女が出来るだけ早く手柄が欲しいと言うのは、頷ける話である。


「先だっての件は公式には扱わぬため、君達の活躍もまた公式にはならぬ――君にとっては、済まない事をしたな。申し訳ない」

「い、いいえ――どちらにせよあの位で十分とは思っていませんし、それに殆どはイングリスが……んむっ」


 皆まで言う前に、イングリスはレオーネの唇に指を添えて遮った。

 別に内情を全部素直に言わなくてもいい。手柄を貰ってくれればいいのだ。

 レオーネには必要だし、イングリスには不要なものなのだから。

 イングリスに必要なのは、戦果ではなく戦いそのもの。

 その中で鍛えに鍛え上げた自分自身に満足が出来れば、それでいいのである。


「皆でやったでいいんだよ? わたし目立ちたくないし。逆にレオーネは目立たなきゃいけないでしょ」


 そう耳打ちする。

 表向きの手柄だの名声だのは、全部レオーネにあげてもいい。

 健気に前を向いて頑張っているレオーネを手助けするのは、吝かではない。


「どうした?」

「い、いいえ――是非もう一度、手柄を立てる機会を頂ければと思います。全力を尽くして、魔石獣を排除して見せます」

「わたしからも再度お願いします。必ずリップルさんを守って見せます」

「いやー守るのボクじゃないけどね? ボクのせいでみんなが危ないんだから」


 と、少しおどけたような口調で言うが、リップルにいつもの快活さは無かった。


「……その事で、リップルさんは罪悪感を感じていらっしゃいます。わたし達が誰一人欠ける事無く、住民の皆さんも傷つけさせず、呼び出される魔石獣を全て倒せば何も憂いは無いはず。わたしはリップルさんの心を守りたいと思います」

「……イングリスちゃん――」

「……あなた、そんな事も考えられるのね――」


 リップルが瞳を潤ませ、エリスが感心をしている。

 イングリスはそれに無言で、微笑み返した。

 苦しむリップルを助けるのもまた、吝かではない。

 緊張感のあるいい訓練を提供してもらうお礼としては、足りないくらいだろう。


 バシッ!


 唐突に後ろから肩を叩かれる。


「クリス、いい事言うわね! 何考えてるか分かりつつも乗らざるを得ないわ! その通り、あたし達でリップルさんを守るのよ!」


 目をキラキラさせて、鼻息を荒くしたラフィニアである。

 リップルの心を守るという表現が、とてもお気に召したらしい。


「ははは……ありがとう、ラニ」

「……君達の気持ちは分かった。ではその心意気に免じて、騎士アカデミーにリップルを預ける事とする。セオドアも彼女達に協力してくれ。王には――父上には私が説明をしておく」


 ウェイン王子が、威厳のある口調で決定を下した。


「「「はいっ!」」」


 イングリス達三人は口をそろえて、返事をする。

 願ったり叶ったり、である。

 アカデミーの訓練にまた一つ、新鮮な課題が追加されそうだ。

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