第90話 15歳のイングリス・天恵武姫の病11
「騎士アカデミーにか……?」
イングリスの提案にウェイン王子は驚いていた。それは考えていなかった、という様子だ。
「はい。ただでさえ、リップルさんが動けない事で騎士団の戦力は低下するはずです。その上更に正規の騎士の方々を割いて警戒態勢を敷くとなると、二重の戦力低下が発生します。下手をすれば、国防にまで支障をきたしませんか? アールメンの街の氷漬けの
「――セオドアよ、どうなのだ?」
「……彼女の言う通りです。大がかりな企てである可能性を否定できません」
イングリスの指摘に、ウェイン王子とセオドア特使が頷き合う。
「よく言ってくれた。さすが、ビルフォード家は聡明な従騎士を従えているようだな、ラファエル?」
「ええ昔からクリスは賢くて、剣の腕も確かです。いつもラフィニアを支えてくれます」
「君が付いているなら、ラフィニア君も安心ですね」
「恐れ入ります」
ぺこり、とイングリスは一礼をする。
が実際の所、これはそう難しい話でもない。簡単な推測だ。
もしセオドアと同派の特使がヴェネフィクにいるのならば、侵略まがいの敵対行動はないはずだ。
わざわざ味方同士でそれを荒らし合う事など、するはずがない。
これでも前世では王として一国を率いていた身だ。そのくらいは読める。
読んだ上で――イングリス・ユークスとしては、国の事や政治の事に関わるつもりは無いので無視をする所ではある。
放っておいても、ウェイン王子やラファエル達ならば、もう少し時間を置けばその可能性に気が付いていただろう。
イングリスは一歩早く指摘したに過ぎない。
だがその一歩が重要なのだ――
「では、リップルさんには騎士アカデミーに滞在頂くという事で?」
無論、この要望を通しやすくするためだ。
ただ単に言うよりも、一度歓心を買っておいてからの方が説得力を持つ。
推論が当たっているか当たっていないかは、この際どちらでも構わない。
この者の話は聞く価値がある、と思ってもらえらばいいのだ。
「……下手に守りを緩めぬよう、正規の騎士団ではない力を使うという理屈は理解できるのだが――」
「お願いします! わたし達はまだまだ未熟な学徒ですが、気持ちだけは負けていません……!」
無論リップルが呼び出す魔石獣と戦い、それを修行の糧として更に成長したい――という気持ちの事だ。凶暴な魔石獣がいつ襲ってくるかも分からない状況など、最高である。緊張感を持って修業に臨む事が出来る。
それは決して世のため人のために働きたい、という気持ちではない。
が、そう言っていると思ってもらう分には構わない。
こちらは嘘は言っていないし、文言もあえて抽象的にしておいた。
背後でラフィニアとレオーネが囁き合うのが聞こえる。
「……ねえラフィニア。イングリス、今日は凄く真剣ね? ちょっと見直したわ――」
「だとしたらすぐまた見損なう事になるわよ……?」
「え?」
「クリスはクリスなのよ……! あれはリップルさんの所に現れる魔石獣と戦いたいだけよ……!」
「ええっ……!?」
「普段ああだけど頭もいいんだから、クリスは。何なりと理由を付けて言いくるめようと……むぐっ――!」
「んんんっ……!」
「もう二人とも、今真面目な話だから私語はダメだよ?」
イングリスはにっこり笑顔でラフィニアとレオーネの口を手で塞いだ。
幸い、ウェイン王子の耳には入っていなかった様子で――
「――ミリエラ。アカデミーの校長として君はどう思う?」
「うーん……確かにイングリスさんの意見ももっともなんですが――多数の生徒を危険に晒すのも確かですからねえ……」
ミリエラ校長も歯切れが悪い。
「それだけでなく、アカデミーの周囲は市街地です。もしそこから魔石獣が溢れ出せば、王都の住民を巻き込むことになります。僕は賛成しかねます、やはり正規の騎士団で対応した方が――」
と、ラファエルが言うのはラフィニアやイングリスを危険に晒したくないという思いもあるだろう。
「しかし、技術的にリップル殿の身に起こっている事を解析するためには、それなりの設備が必要になります。騎士アカデミーにならミリエラの研究室があるでしょうから、それを少しいじればいいと思いますが――他所に準備をするのは大変かも知れません」
「可能であれば、リップルを
「……エリス殿。申し訳ありませんが、それは止めた方がよいと思います。言い方は悪いですが、教主連の企みがあるならば処分してしまえとなるでしょう……同陣営とは言え、皆が私のような者ではありません。むしろ前任のミュンテーのような者の方が多いと言えます」
「そうですか――」
と、うつむくエリスの後をウェイン王子が引き取る。
「つまり、騎士アカデミーに預けるのが一番早く事態の収束が見込める方法だと?」
「一番事態を悪化させてしまう方法かも知れません。どちらが正解か、なんて事前には分かりません。これは学問ではないのですから」
「ふ……あの
ウェイン王子が笑みを見せる。セオドアもそれに微笑み返していた。
「そういう事ですね。ですがこの重圧こそ、我々が理想に近づいている証でもあるかと思います」
「ああ、そうだな――」
ウェイン王子もセオドア特使も、何か内に秘めるものがあるようである。
自分も前世の若い頃は、このような感じだったのだろう。
若くして国と人々の命運をその身に背負う事になり、無我夢中だった。
イングリスにとっては、もう世のため人の為と情熱を燃やす時代は終わっている。
なので大変そうだなあという言葉しか出てこないが、頑張って欲しい。
この時代の事は、この時代の人々が決めればいい。
自分はラフィニアを見守りながら、好きにやらせてもらうだけだ。
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