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第9話 5歳のイングリス5

「おいおい止してくれよ、子供を相手にするほど暇じゃないんだよ。次はリューク様に相手して頂こうと思ってるんだからさ」


 ラーアルが迷惑そうな顔をする。


「……ではあなたが密かに行っている事を皆に暴露しますが? いいですか?」


 と、イングリスは脅しをかける。

 具体的な内容は言わないのがポイントだ。

 言ってしまうと、なぜそれが分かったか等、後で聞かれるだろう。

 具体的に言わなければ、それはカマをかけただけだと、後で言い繕うことも出来る。


「ふ、ふざけるな! 俺が何をしてるって言うんだ……!?」

「さあ? あなたの心に聞けばいいでしょう。で、どうしますか? 相手して下さるのですか?」

「……ああいいぜ、痛い思いをしても泣くなよ! いいな!」

「そちらこそ」


 交渉成立だ、イングリスはラーアルに向かい合おうとする。


「お、おいイングリス……! 無茶だぞ!」


 父リュークが心配して止めようとする。

 母セレーナも心配そうにこちらを見つめていた。


「心配いりません、父上。これでもわたしも父上の娘。騎士団の名誉は守らねばなりません」


 実際の所、一番大きいのは実戦がしたいという素直な欲望で、二番目はラフィニアを泣かせないようにするためで、三番目は卑怯な手を使うラーアルを懲らしめてやろうと言う気持ちである。

 こんな子供のうちからからめ手で楽を覚えると、将来ロクな戦士になれない。

 今のうちに精神面の改善が必要だろう。


「その心意気は買いたいがなぁ」

「やらせてくれないと、母上に内緒で新しい壺を買った事を密告します」

「分かった頑張れイングリス!」


 聞き分けが良いようで何よりだ。

 というわけで、イングリスはラーアルと試合が出来る事になった。


「はじめ!」


 ラーアルは初めは動かず、こちらの出方を窺っている。

 魔術は使っているようだ。まあ、イングリスには効かないが。

 神騎士(ディバインナイト)にあんな素人に毛が生えた程度の魔術が通用するはずがない。

 身に纏っている強い霊素(エーテル)が、自然と魔術を霧散させてしまうのだ。


 しかし霊素(エーテル)に頼るのもつまらない。

 そんな事をすれば確実に勝ててしまうのだ。

 もし霊素弾《エーテルストライクなど使った日には、ラーアルは死亡確実だろう。

 霊素(エーテル)を使う技は威力を抑えて小さめに出すのが難しいのだ。


 ここはやはり、純粋な剣の技量のみで行く。

 自分にも魔術が効いてしまうという仮定前提で、あえて目を閉じて対峙してみる事にする。

 影だけは見たラファエルよりも更に難易度を上げてみたが、今の自分の技量はどうだろう?


 特に視界の無い状態で戦う『心眼』の稽古は、よくやっている。

 前世では、若い頃は出来たが、王になって訓練不足になってからは出来なくなって行った技術だ。

 これは実戦で『心眼』を試す絶好の機会だと思う。


 ラーアルは目を閉じて見せたイングリスをからかうように、その斜め後ろに回り込んでみる。


「……」


 イングリスは正確に、それに正対するように振り向く。


「ちっ!」


 ラーアルは何度か位置を変えるが、イングリスはその都度、目を閉じたままで向き直る。

 それが自分に出来るかというと、ラーアルには自信が無かった。

 だから少々、イングリスに対して不気味さを感じた。

 しかしそれをすぐに振り払う。こんな小さな子供、捕まえて力で押し込めば終わりだ。


「そらああぁぁっ!」


 後ろに回り込み、イングリスが振り向く前に斬りかかる。

 しかしイングリスは正確に反応し向き直る。

 そのままラーアルの木剣とイングリスの木剣が触れ合って――その瞬間、ラーアルの剣がするりと通り抜ける。


「!?」


 イングリスが受け流したのだ。

 まともに剣と剣で力比べになれば、体の小さいイングリスが絶対的に不利だ。

 だから、巧みに力を逸らすように受け流す。

 相手の斬撃の力の方向に対し、真横から力を少し加える事によって軌道を狂わせるのだ。


 そのまま二度、三度と攻撃が受け流されると、ラーアルの顔色が変わる。

 ――おかしい。当たるはずの攻撃が、するりするりと流れてしまうのだ。

 ラファエル含め、他のどの騎士と打ち合ってもこんな手ごたえは無かった。


 しかも相手は小さな幼女。更に目まで閉じている。

 それでこんな事が出来るのか……!?


「な、何なんだお前……!?」


 恐怖感を覚える。

 しかしそのラーアル以上に衝撃を受けていたのが、父リュークやラファエルである。

 魔術がなければ拙い剣の腕しかないラーアルよりも、彼等はイングリスの技術を正確に理解していた。

 これは――この芸当は、間違いなく自分達にはできない技術だ。


 あと何年修練すれば――いや一生をかけても、この領域に辿り着けるものなのか?

 まともに戦えば結果は別だろう。最悪体当たりでも組み付きでもして、力に訴えればいい。

 が、この技術の高さだけは到底真似できそうにもない。


「はははっ……! 我が家にも神童がいたか……!」

「すごい、凄いよクリス……!」


 リュークとラファエルは唖然と呟いている。


「うああああぁぁっ!」


 ラーアルが上ずったような雄たけびを上げる

 冷静さを欠いた力任せの一撃は、姿勢のバランスを欠いていた。

 それがするりと受け流されると、ラーアルは自ら転倒して尻もちをついた。

 それを見逃すイングリスではない。


 バシッ!


 振り下ろした木剣が、ラーアルの肩を打った。


「ま、参った――!」


 ラーアルが自ら負けを認めた。


「……どうもありがとうございました」


 イングリスは微笑して応じ、ぺこりと頭を下げた。

 中々いい戦いだったと思う。現時点の自分の技量は合格点だろう。

 だが、まだまだ――もっともっと上を目指さねばなるまい。

 そのために生まれ変わったのだ。


 ――その後、驚き喜んだラフィニアや家族たちにもみくちゃにされたのは言うまでもない。


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