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第87話 15歳のイングリス・天恵武姫の病8

 リップルの身に何か異変が――?

 そう聞くと、さすがにのんびり料理を堪能するわけにも行かない。

 イングリスとラフィニアは口に入れられるだけ料理を放り込み、その場を切り上げた。

 エリスの後に従い、皆で謁見の間へと向かう。そこにリップルがいるそうだ。

 到着してみると、そこにはかなりの数の魔石獣の骸が転がっていた。


「……こっちのほうが本命だったみたいだね」

「うん、かなりの数よね――」

「でも、それをちゃんと迎撃出来ているんだから、さすが正規の騎士の方達だわ」


 ここは王城。国の中心だ。当然護衛についている近衛の騎士達も選りすぐりである。

 突然の襲撃だったので、負傷者も少なくはないようだが――

 だがまだ、現場は緊張状態だった。

 皆が何かを遠巻きに取り囲み、慎重に様子を窺っていた。


 その輪の中には、ラファエルがいる。

 ウェイン王子も、聖痕を持つ天上人(ハイランダー)も複数人。

 ラファエルは彼等を護衛しに駆け付けたのだろう。


「エリス様――! 他はどうでしたか?」


 ラファエルがエリスの姿を認めて声をかけた。


「問題ないと思うわ。下の大部屋にもそれなりの数が現れたみたいだけど、この娘達が殆ど倒してくれていたし」

「そうですか、さすがはラニ達だね」

「こっちはどうなの?」

「先程から変化はありません。小康状態です」


 ラファエルの視線は、その場の輪の中心へと向けられる。

 そこには、意識を失った様子のリップルが寝転がっていた。

 単に眠っているわけではなく、何か禍々しい半球状の黒い光に覆われている。


「な、なにあれ――」


 リップルの周囲が、ゆらゆらと蜃気楼のようにかすんで見えている。

 一見してただ事ではないのは、ラフィニアにも容易に把握できた様子だ。


「空間が歪んでる……? 明らかに自然な状態じゃない――ね」

「ひょっとしてあの禍々しい光が魔石獣を――?」


 レオーネの言葉にエリスが頷く。


「ええ。急に倒れて、あの光に包まれたかと思うと、歪みが拡散してどんどん魔石獣が現れて……迎撃はできたけれど、何が何だか――」


 前に魔石獣が現れた時も、リップルは体調が悪そうにしていた。

 あれはこの予兆だったのだろうか。一体何故――?


「そんな――天恵武姫(ハイラル・メナス)が魔石獣を呼び、我等を襲わせたというのか……」


 その場に居合わせた誰かの声が、そう聞こえて来た。


「ひょっとして、血鉄鎖旅団に寝返ったとでも……!?」


 レオンという実例がある以上、騎士達が疑り深くなっているのは仕方のない事かも知れない。

 エリスもそう考えたのか、強く反論をする事無く聞き流そうとしているようだ。

 ならばこちらから何か言う事はあるまい、とイングリスは思ったが――

 そうは問屋が下ろさない、とばかりに声を上げる者がいた。


「違う! エリスさん達はそんなことしないわ! エリスさんはユミルの事件ではレオンさんを止めようとしたし、あたし達の事も助けてくれた! いい人なのは一緒にいる皆さんの方が良く知ってるでしょう? エリスさん達天恵武姫(ハイラル・メナス)は、これまで沢山この国や人を守って来てくれた。その仲間を信じてあげて下さい!」


 無論こういう時にこういう事を言うのは、他でもないラフィニアである。

 いい人であるという事であれば、レオンもいい人ではあるだろうし、声こそ大きいが説得力の無い主張ではあった。子供っぽいと言ってもいい。

 だが、だからこそ輝いても見える。その純粋無垢さだけは本物なのだ。

 そんなラフィニアが、イングリスには可愛く見えて仕方がない。

 この先どんな風に成長して行くのか。それを楽しみに側で見守り続けるつもりだ。


「……それは勿論分かっている。君の言う通りだが――」


 と、騎士の一人がそう応じる。

 エリスはぽん、とラフィニアの肩に手を置いた。


「仕方が無いのよ、怒らないであげて。彼等にも使命がある。危険性には常に気を配らないといけないわ。私達の方が、そうじゃないという事を行動で示せばいいだけよ」


 エリスは淡々としていた。


「は、はい……」


 怒られていると思ったのか、ラフィニアは少ししゅんとした。


「でもまあ、お礼は言っておくわね。ありがとう」

「はい!」


 その様子を見て、ラファエルがイングリスに囁いた。


「……ふう、ラニは物怖じしないから、ヒヤヒヤするよ。僕が庇っても贔屓と取られるから、迂闊に口も出せないし――」

「いつもああですよ? どこでも、誰に対してでも――それがいい所だと思います」

「クリスがそう思ってくれているなら安心だよ」


 と、その場の輪の中に進み出る者がいた。

 額に聖痕を持つ天上人(ハイランダー)の青年だった。


「私は彼女の意見に賛成します。天恵武姫(ハイラル・メナス)は天から舞い降りた地上の守り神――それを信じ、共に手を取り合う事ができねば虹の雨(プリズムフロウ)の降るこの地上で生き永らえ続ける事は難しいでしょう。彼女達も元は地上に暮らしていた身――それが地上を守護するという使命のために、己を犠牲として天恵武姫(ハイラル・メナス)となってくれたのです。その原点を理解して頂ければと思います」


 この青年が、先程話に出ていた新任の特使だろうか。

 だとしたらその第一印象は、知的で温和そうだが意志の強さも感じさせて――

 前任とは打って変わってまともそうである、と言わざるを得ない。


「では、エリスさんも元は地上の人――?」


 リップルはこの間の本人の発言から、そうであると推測できたが。


「セオドア様。昔の話は私はあまり――」


 エリスとしては、あまり触れられたくないらしい。


「すみません、そこまでは考えが至りませんでした。ともかく、はっきりしたことが分かるまでは、彼女達を信じてあげて下さい。彼女達の存在は、我等天上領(ハイランド)と地上との誼の証でもあるのです。事態の解明には、無論私も協力します。特使としての初仕事として」

「セオドアよ。見当はつくのか?」


 と、輪の中にいて事態を見守っていたウェイン王子が問いかけた。


「軽々しく断定はできませんが――大体は。我々天上人(ハイランダー)の都合のせいかも知れません」


 セオドア特使は、苦い顔でそう応じた。

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