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第86話 15歳のイングリス・天恵武姫の病7

「本当よね。今日くらい楽しませてくれたっていいのに……!」


 レオーネがラフィニアに同調する。

 彼女達の武器はミリエラ校長が預かってくれており、それをどこからともなく取り出して手渡していた。

 何かしらの魔術や魔印武具(アーティファクト)の効果だろう。


 彼女の黒い大剣は先日の件で破壊されてしまったので、今は別の大剣の魔印武具(アーティファクト)を構えている。

 騎士アカデミーの備品扱いの中級魔印武具(アーティファクト)だそうだ。


「わたしは楽しいよ? 魔石獣と戦うの好きだし」

「クリスは特別だからよ。ドレスを着た野獣だもん!」

「ふふっ。違いないわ――」

「失礼な――今日はちゃんとお淑やかに戦うつもりだよ?」


 せっかくの新品のドレスを傷つけるのは嫌なのである。

 気に入っているのだ。これからもまだ着たい。


「お淑やかに? どうするの?」

「こう」


 ビシュウウゥッ!


 イングリスの指先から、霊素穿(エーテルピアス)の青白い光が奔る。

 霊素(エーテル)の光線は狙いの通りに、正面の魔石獣の眉間を貫いた。

 獣人種の魔石獣はばったりと崩れ落ち、ぴくぴくと痙攣している。

 後はとどめを残すのみ、といった様子だ。

 一撃で絶命しないだけ、比較的強い部類の魔石獣だとも言えるだろう。


「ほら、これならドレスが破れたり汚れたりしないでしょ?」


 ビシュビシュビシュビシュッ!


 連発される光線が、次々と魔石獣の眉間を貫いて行った。

 バタバタと倒れ伏していく姿は、まるで無抵抗の的である。


「ね? お淑やかでしょ?」

「ま、まあそうだけど……淡々と倒すから、逆にいつもより怖いわよ?」

「うーん……確かに味気ないかな――」


 この戦法は確かに理に適っているとは思うのだが、やっていて面白くはなかった。

 一方的過ぎる。やはりあえて相手の強みを受け、それを叩き潰して勝つというのがいい。

 つまり魔石獣を相手にあえて効き目のない肉弾戦をしたり、耐性のある属性で攻撃したり、である。

 どんな戦いにも、出来得る限り自分の成長の機会を求めたいのだ。

 魔石獣との戦いに、綺麗なドレスに、美味しい料理。

 この場にはイングリス・ユークスとしての好きなものが揃っているが、全部混ぜ合わさるとよろしくないらしい。残念な事だ。


「でもドレスを傷つけないためだから仕方ない――あ、ラニとレオーネは倒れたやつに止めを刺してね?」

「待ってうしろからも! 来てる!」


 このまま的にされては敵わんと、魔石獣達が一斉に距離を詰めて来たのだ。

 光線の発射元を封じようというのだ。

 元は人間と変わらない知能を持っていた名残だろうか、割と戦略的な動きである。

 確かに一斉に来られては、連射の速度が間に合わない。


「ならこれは――?」


 イングリスは前方に右手の指先からの霊素穿(エーテルピアス)の連射を続けつつ、左手を後方に向けた。


「ん……!」


 左の指先にも、霊素(エーテル)の青白い光が灯った。

 そして霊素穿(エーテルピアス)が発射され、後方の魔石獣も貫いて見せた。


「やった――できた……!」


 二方向への同時発射だ。これは今まで出来なかった事である。

 日々積んでいる訓練が、確実に結果を上げている証拠だ。

 それが目に見える事。自分がまた一つ強くなったと実感できる事。

 何よりも嬉しい瞬間である。


「見て見て、ラニ! 両手から同時に撃てるようになったよ!」


 ビシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!


 イングリスは可憐な花のような笑顔で霊素穿(エーテルピアス)を乱射した。

 前言撤回だ。とてもとても楽しい。

 成長した自分の能力を試してみる時ほど楽しいものはない。

 結局――魔石獣達はイングリスに近づくことが出来ず、全て地面に倒れ伏していた。


「ふう――いい戦いだったね?」


 その笑顔は爽やかだった。


「ははは……クリスが楽しそうで何よりだわ」

「あれじゃちょっと魔石獣に同情するわね――全く何も出来てなかったわよ」

「ん……嬉しくてちょっとはしゃいじゃったかな」

「ちょっとじゃない気もするけど……まあいいか、まだ無事なテーブルもあるし!」

「そうだね。今食べる?」

「そうね! もう我慢の限界よ!」

「もう二人とも、すぐに他の所も見に行かないと。助けが必要かもしれないんだから」

「ちょっとだけなら構いませんよ。まだ生きている魔石獣にとどめを刺していきますからねえ。私がやりますから、その間にでも――」

「やった♪ さすが校長先生!」

「ありがとうございます」


 ミリエラ校長の許しが出たので、イングリス達はいそいそとまだ無事なテーブルへと近ろうとする。

 だがそこに――新手の魔石獣が再び出現した。

 ふっと天井あたりの空気が歪んだかと思うと、魔石獣が姿を現しテーブルの上に――


「! まだ……!」

「あたし達のごちそうが!」


 このままではまた、テーブルが破壊されて料理がダメになる。

 そうはさせない――!

 しかし突進して弾き飛ばすような派手な動きはドレスが破れないか心配だし、霊素穿(エーテルピアス)だと貫通するだけでテーブルへの落下は防げないし、霊素弾エーテルストライクなど撃てば城が半壊するだろう。

 ならば霊素(エーテル)魔素(マナ)に変換して適当な魔術的現象を――

 と、逡巡するうちに空中の魔石獣に突進する人影があった。

 見た目の年齢は十代後半。輝くような金髪をした美しい少女だ。

 天恵武姫(ハイラル・メナス)のエリスである。


「――はあぁぁぁっ!」


 猛スピードで突進してきたエリスは、体ごとぶつかるようにしながら、携えた双剣の右の斬撃を繰り出した。

 それが魔石獣の体を両断し、勢いに押されてテーブルの真上から外れて落ちた。

 相変わらず凄まじい切れの太刀筋だ。見ていて惚れ惚れする。是非手合わせ願いたい。

 そして、それと同じ位重要な事が――

 エリスのおかげで、テーブルの上の料理は守られたのである。


「やったぁ! エリスさんありがとうございます!」

「本当にありがとうございます。命の恩人です」


 イングリス達はエリスに深々と頭を下げた。


「? 何を大げさな。こんなものあなたなら――」

「いえ、おかげでテーブルが壊されずに済みましたので、この料理の命の恩人だと――」

「はぁ? 料理?」

「いただきまーす!」

「あっ、ラニずるいわたしも――!」


 と、料理に手をつけるイングリス達を見て、エリスははあとため息を吐く。


「マイペースな娘達――ミリエラ、一応あなたの生徒達なんでしょ? これでいいの?」

「えへへっ。食いしんぼうな女の子も可愛いと思いませんかあ?」


 笑顔でやり過ごそうとするミリエラ校長だった。


「時と場合によると思うけど?」

「うーんおっしゃる通りですねえ――でもまあ、すっごくお腹が空いてたみたいなんで」

「ひょふにゃんねしゅ!」

「ふぁい!」

「何を言ってるか分からないわよ……! まあいいわ。ここはもう大丈夫だから、少し食べたら一緒に来て? リップルの様子がおかしいのよ」


 エリスは冷静ながらも心配そうな表情を浮かべていた。

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