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第85話 15歳のイングリス・天恵武姫の病6

「あああぁっ!? ずるいクリスだけ!」


 お肉を頬張るイングリスを見て、ラフィニアが悲鳴を上げる。


「らいひょうふ。らににょもあるひょ」


 イングリスはお肉を何個か突き刺したフォークをラフィニアの口に運んだ。


「ひゃふはくりしゅにゃ! はにゃしははかりゅは!」


 と、喜ぶラフィニア。

 同時にイングリスの口の中は空になっていた。

 もっと食べたかったが、イングリスにとってラフィニアは可愛い孫娘のようなもの。

 孫に食べ物を分けてあげない祖父母がどこにいるだろうか。


「まだ無事なテーブルもあるし、わたしたちの料理を守ろう」

「うみゅ!」

「もう。料理より巻き込まれた人達でしょ、私達は国と人を守る騎士になるんだから」


 生真面目なレオーネらしいお小言である。


「まあ、結果的には一緒だから」


 と、イングリスはレオーネに振り返って応じる。


 ガアアアァッ!


 その瞬間、落ちて来た獣人種の魔石獣がイングリスに肉薄していた。


「イングリス! うしろ!」

「うん」


 無論気配は把握している。振り向いて大丈夫だから振り向いたに過ぎない。

 イングリスはぴっと自分の人差し指を魔石獣の方に向ける。

 白い指先には既に、青白い霊素(エーテル)の輝きが収束していた。

 霊素穿(エーテルピアス)――

 指先から細い霊素(エーテル)の光線を発射する戦技である。

 狙いは魔石獣の額に――既についている。外さない。


霊素(エーテル)ピア――」


 しかしイングリスが光を放つ寸前、魔石獣との間に割り込んだ人影が――


「クリス、下がって!」


 ラファエルだった。

 彼の立ち位置とは、それなりに距離があったはず。

 イングリスをも驚かせるような、素晴らしい踏み込みの早さである。


「速い……!」


 まるで一陣の風か稲光のようだ。

 予想外だったので、逆に霊素穿(エーテルピアス)で撃ってしまいそうで危なかった。

 間一髪のところで指を引っ込める事は出来たが。


「ラニやクリス達を、傷つけさせるものかっ!」


 ラファエルの持つ魔印武具(アーティファクト)は、腰に佩いている竜の意匠が施された長剣だ。

 それを抜き放つと、紅い宝石のような半透明の刃が露わになった。

 淡く発光さえしているだろうか。美しい刀剣である。


 だがそれり何より価値があるのは――その魔印武具(アーティファクト)を以てラファエルが繰り出した斬撃だった。

 紅い光のような剣閃が縦横無尽にほとばしると、魔石獣の巨体が一瞬でバラバラになっていたのだ。


「おお……! すごい――」


 武器がいいというのもあるだろうが、凄まじい力に速度に技の切れだ。

 純粋な技量では、かつて手合わせをした聖騎士のレオンをも上回っている。

 天恵武姫(ハイラル・メナス)のエリスやシスティアも同じく――


 これは素晴らしい。よくぞここまで腕を上げたものだ。

 かつて少年の頃のラファエルに感じた才能の煌きが、そのまま曇らずに磨き上げられて行った結果だ。

 彼生来の生真面目さや責任感の強さもあるだろうが、ビルフォード侯爵や叔母イリーナ達の教育の賜物でもあるだろう。

 全てが収束して、今ここに凄まじい剣技を誇る聖騎士ラファエルがいる。

 中々感慨深いものだ。イングリスは思わず体に震えを覚えていた。

 無論武者震いだ。これは是非とも戦いたい。手合わせをしたい。


「さすが兄様ね! こんなに動きが見えないのって、クリス以外にないもん!」

「ラファ兄様、特に五回目の斬り落としと十七回目の突きは見事だったと思います。動きが美しかったです」

「イングリス、全部見えたの!?」

「うん。二十一回斬ってたよ?」

「そんなに!? ねえラフィニア、何回見えた……?」

「はじめの二、三回だけ――」

「そうよね? 良かった、私だけじゃないわよね――」


 と、ラフィニアとレオーネが囁き合っていた。


「ははは――クリスにはお見通しか。手助けなんて必要なかったのかも知れないね。でもつい体が動いてしまって……すまない」

「いえ、いいものを見させて頂きました。今度是非手合わせをお願いします。全力で」

「い、いやそれは――怪我をしてはいけないし……まあ稽古くらいなら、いつでも」


 と、ラファエルは曖昧な笑顔を浮かべる。

 どうすれば本気で戦ってもらえるだろうか――これは考えねばならないだろう。


「ラファエルさん。ここは彼女達に任せて、ウェイン王子やセオドア特使の所に行って下さい。あの方達に何かあっては取り返しがつきません」


 と、ミリエラ校長がラファエルに願い出る。

 イングリス達の目の前に現れた魔石獣はラファエルが屠ったが、まだ複数の魔石獣がこの広間には残っている。まだ追加で現れるかもしれない。

 ここも放ってはおけないが、王子や特使の安全の確保は最優先。

 ここはミリエラ校長の言う通り、手分けをする方がいいだろう。


「……分かりました。ここは任せます! ラニ、クリス、レオーネ。後は頼んだよ!」

「はい兄様!」

「分かりました」

「任せて下さい!」


 三人の返事を聞くと、ラファエルは踵を返して広間を駆け出して行く。

 残るイングリス達を取り囲むように、魔石獣達が迫って来る。


「せっかくのドレスなのに、やる事はいつもと一緒よね!」


 光の弓の魔印武具(アーティファクト)を構えたラフィニアが、そう愚痴を漏らしていた。

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