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第84話 15歳のイングリス・天恵武姫の病5

 馬車が会場へ到着すると、様々な色の明かりによって彩られた夜のお城がイングリス達を出迎えた。

 あれはどうやって色を出しているのだろうか。

 楽士たちの奏でる音楽も聞こえて来て、どことなく幻想的な雰囲気だ。


「わぁ、何だか綺麗ね――」


 レオーネが嬉しそうに目を細めている。

 ラフィニアも目を輝かせてはしゃいでいた。


「すごーい! さすが王都は違うわね、何か手が込んでるわよ! ね、クリス?」

「うん。そうだね」

「これは料理の方にも期待大よね? 絶対美味しいに決まってるわ」

「楽しみだね」

「着きましたねえ。じゃあ降りましょうか、みなさん」

「よーし早く行こう、クリス! もうお腹空いてたまらないわ!」


 真っ先に馬車を降りたラフィニアが、我慢できずに走り出そうとする。


「あ、ラニ。その格好でそんなに走ると転ぶよ?」

「きゃんっ!?」


 ドレスに合わせて、靴も普段履かないような踵の高い靴だ。

 いつもの調子で駆け出したラフィニアは、すぐさま転んでいた。


「ああもう、言ったそばからすぐこれだから――下着が見えてるよ、早く隠して」


 イングリスはラフィニアの捲れたドレスの裾を直してから、助け起こそうとする。


「はは……ごめんごめん、ありがとクリス」


 そこに、駆けつけてきた人影があった。


「ラニ! 大丈夫かい!?」


 駆け寄って来たのは、ラファエルだった。

 イングリス達が来るのを待っていてくれたのかも知れない。

 彼はラフィニアを助け起こすのを手伝ってくれた。


「よっと……! 怪我は無いかい? あまりクリスに迷惑をかけてはいけないよ?」

「あいたた……は~い、兄様」

「クリス、迷惑をかけるね。いつもラニをありがとう」

「いいえ、お互い様ですから」


 と、イングリスが微笑を向けると、ラファエルは少々呆けたような顔をする。

 心ここにあらず、といったような様子だ。


「兄様、どうかなさいましたか?」

「いやごめんよ。その姿をはじめて見たから、見とれてしまって……本当にきれいだね」

「ありがとうございます。ラニが色々やってくれたおかげです」


 イングリスが着飾るのが好きなのは自己満足であって、自分で自分の姿を楽しむためのものだ。

 特に褒められたいという欲求は無いのだが、褒められて悪い気分になるわけでもない。


「でしょでしょ!? 今回のはあたしの自信作なんだから!」

「ああ、ラニにはそういう才能もあるのかもね」


 むしろラフィニアの方が嬉しそうである。

 ラフィニアが嬉しそうなのは、イングリスにも嬉しいことだ。


「それから、その――リンちゃんも連れて来てくれたようだね」


 リンちゃんも連れて来て欲しい、というのは事前にラファエルから言伝を受けていた。

 何のためかは知らないが、リンちゃん自身は今イングリスの胸の谷間から顔を出して外の様子を窺っていた。


「あ~、兄様。今クリスの胸元を見たわね? じゃないとリンちゃんがいる事分からないわよね?」

「す……済まない! ついその――どこにいるかと探していたのもあるし……!」


 男性が女性をそのように見る事は、無理からぬ事。本能である。

 前世で男性を経験したイングリスには分からないでもない。

 そういう視線を受けて心地良いかと言われれば別だが。

 ラファエルが罪悪感からか耳まで赤らめているのは、初心だなと逆に感心した。

 王都に出て何年も経ち大人になってはいるが、少年の頃のような純粋さがそのまま残っているような感じである。少々微笑ましい気もする。


「ですが兄様、リンちゃんがどうかしたのですか?」

「ああ、セオドア様の――新任の特使殿のたっての願いだそうなんだ」

天上領(ハイランド)の特使の方が……?」

「えぇっ!? そんな人に目をつけられて大丈夫かなあ、リンちゃん――」

「それは心配ないと思う。ノーヴァの街の事でラニ達に教えて貰った内容は、僕からすぐにウェイン王子に報告しておいたんだ。だが王子はミュンテー特使にはリンちゃんの事は伏せていた。それを今度のセオドア特使には明らかにした。つまり、相手が信用できると判断――」


 ぐきゅ~!

 ぐきゅ~!


 イングリスとラフィニアのお腹が同時に大きく鳴った。


「うわっ!? ど、どうしたんだい?」

「お腹空いたの……朝から何も食べてないから」

「わたしもです。ここで美味しいものが食べられるからと――」

「そ、それはいけないね……なら話は後にして、食べ物の所に案内しようか?」

「「お願いします!」」


 イングリス達は目を輝かせる。


「はは……よっぽどお腹が空いているみたいだね」

「ラファエル様、私からもお願いします。この子達のお腹が鳴って、一緒にいると恥ずかしいんです」

「ですねえ。とりあえず何か食べた方がいいですね」


 レオーネとミリエラ校長も困り顔だった。


「じゃあ早速行こう。こっちだよ」


 と、ラファエルに続いてイングリス達は城の建物に入り足早に進む。

 その場を通り過ぎて行くだけで、イングリスの姿は出席者たちの視線を釘づけにしているようだった。


「うわ……! おい見たか? あの子、何て綺麗なんだ――」

「ああ、あんな可愛い子見た事がないぞ――ラファエル様のお知り合いかな?」

「まるでお人形みたいに、全部が完璧ね……! 女でも見とれるくらい――」

「一緒にいる子達も可愛いなあ。ミリエラ様が一緒だから、騎士アカデミーの生徒さんなのかもな」


 そんな声が聞こえてくる中――


 ぐきゅ~!


「!? な、何だ……!?」

「お腹の音……?」

「お、俺じゃないぞ。あの子達の誰かか?」

「ははは……済まないね。忙しくて食事をする時間が取れなくてね」


 と、ラファエルが周囲に取りなしてくれる。


「兄様、優しい~! 大好きっ♪」

「ありがとうございます、兄様」

「ああ、いいんだよ。さ、この大広間に食事が用意されているよ」


 案内された部屋には、所狭しと料理の大皿が並べられたテーブルがいくつもあり、美味しそうないい匂いが充満していた。

 山盛りにされている、高そうなお肉のステーキ。

 魚介を贅沢に使った、色鮮やかなパスタ。

 デザートのチョコレートケーキは、塔のように綺麗に積み上げられている。

 他にもまだまだあるが、そのどれもがとても美味しそうである。

 空腹のイングリスとラフィニアにはたまらない。これは素晴らしい宝の山だ。


「やったぁ! さぁクリス、食べよう!」

「うん……! 美味しそうだね」


 イングリス達が、いそいそとお肉料理のテーブルに近づくと――

 上からふっと、何かの影がよぎった。

 直後――


 がしゃあああぁぁぁぁんっ!


 テーブルとお皿と、そこに並ぶ料理が吹っ飛んだ。

 上から巨大な何かが飛び降りてきて、破壊されたのだ。


「な……!? 魔石獣――!? こんな所にも!」


 レオーネが声を上げる。

 獣の耳と尾のある、人型をした魔石獣だった。

 先日見た獣人種の魔石獣である。

 それが、高い天井の上から飛び降りて来たのだ。

 突然の闖入者に、人々から驚きと恐怖の叫び声が上がる。


「ああぁぁぁぁーっ!? あたしのお肉が!?」


 ラフィニアの悲鳴は別の意味である。

 せっかくの料理が床にぶちまけられて、台無しになっていた。


「うう……まだ三秒経ってない、経ってない……!」

「らめりゃよらに、おちらもにょをひりょってふぁふぇるにゃんて」


 拾い食いはダメ、とイングリスはラフィニアを制止する。

 ――口をもぐもぐさせながら。


「ちょっとクリス!? 何食べてるの!?」

「おにきゅ。おちりゅまえにゅうけとめらの」


 あの瞬間――お肉が床にぶちまけられる寸前の空中で可能な限りを確保し、自分の口に放り込んでいたのだ。

 修行のために行っている自分自身への高重力負荷を解き、更に霊素殻(エーテルシェル)まで発動した全速力だった。

 美味しい料理を救うためには、自重はいらないのである。

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