第83話 15歳のイングリス・天恵武姫の病4
それから数日後――騎士アカデミーの女子寮。
コンコン、コンコン。
イングリス達の部屋の扉がノックされた。
どうぞ、と応じると扉が開いてレオーネが顔を覗かせる。
既に準備万端に整った、青紫色のドレス姿である。
「イングリス、ラフィニア! そろそろ時間よ、まだかかりそう?」
「しーっ、静かに! 集中が乱れるから……!」
と、真剣な表情のラフィニアはレオーネの方を見ずに言う。
ラフィニア自身は、既に黄色のドレスを着て準備は終わっていた。
「ごめんね、レオーネ。ラニは集中して殺気立ってるから。それよりドレス似合ってるね、可愛いよ」
「ふふ……ありがとう。でもイングリスには敵わないわね」
イングリスの支度も既に殆ど終わっており、鮮やかな赤のドレスに身を包んでいた。
今は最後の仕上げにと、ラフィニアがイングリスの髪を結い上げようとしている。
イングリスを美しく着飾らせるのは、ラフィニアの趣味である。
故郷のユミルで仲良くしていた仕立て屋の女主人に色々教わるうちに、自然とこういう事も出来るようになっていた。
「そう? でもレオーネが可愛いのも事実だから――」
「そう言ってもらえると自信になるわ」
「――よし出来た! クリス、立って一周回ってみて?」
「うん」
イングリスがくるりと回ると、ドレスの裾がふわりと舞った。結い上がった髪の飾りが、キラリと輝く。
「凄く綺麗よ。男の人じゃなくても見とれちゃうわね」
「これだからクリスの着せ替えは止められないのよね~。最高の素材だもん」
「ねえラニ、もう鏡を見てもいい?」
「うん。いいわよ」
イングリスは部屋の入り口の壁に置かれた姿見に自分を映した。
王都の仕立て屋で買ったドレスは一段と滑らかな光沢のある上質の生地で、所々に精緻な刺繍の施された手の込んだものである。
イングリスがそれを着て、ラフィニアが髪を結い上げ飾り立てると、普段から絶世の美女であるイングリスがまた一段と美しく輝く。
ドレスから覗く真っ白な柔肌自体が、何にも勝る宝物のようだ。
「おお……! すごいね――すごくいい……!」
色々な角度を見てみたくなり、姿見の前で様々にポーズを取ってみる。
そのどれもが、素晴らしいの一言である。
我ながら、よくもまあここまで美しく育ったものだ。
「ふふっ……ふふふふっ♪」
「うんうん。自分で自分に興奮するクリスが可愛くって好きよ、あたし」
「確かにね。あんまり完璧過ぎても近寄り難いし」
と、レオーネが笑顔になった時――
ぐきゅ~!
ぐきゅ~!
イングリスとラフィニアのお腹が同時に鳴った。
「……お腹空いたね?」
「そうね。今日はお城のパーティのごちそうのために食べてないし」
ラフィニアの提案で今日は二人とも我慢して来たのだ。
「も、もう二人とも! 別の意味で近寄りがたいわよ、私までお腹が鳴ってるって思われるじゃない」
「……はしたないかな?」
「ええそうね。特にイングリスのその綺麗さでお腹なんて鳴ってたら、凄くビックリされるわよ?」
「やっぱり、何かちょっとでも食べておいた方がよかったかな――」
「もうそんな時間無いわよ、クリス。さっと会場に行って何か食べればいいのよ。さぁ行きましょ、おいしい料理があたし達を待ってる!」
「……そうだね。善は急げだね」
「もう校長先生も待っているわ。行きましょう」
イングリス達が寮から出た中庭に、ミリエラ校長が待機していた。
今日のパーティーには彼女も出席するそうで、イングリス達を引率してくれるらしい。
彼女が呼んでくれた馬車もすでに準備万端だ。
「わあ~! 皆さんよく似合ってて可愛いですねえ、すっごく華やかですよ!」
「「「ありがとうございます」」」
「ささ、馬車に乗って下さい。王城に向かいますからねえ」
四人が乗り込んで、馬車が出発する。
その車内で、ラフィニアがミリエラ校長に尋ねる。
「校長先生はドレス着ないんですか?」
確かにミリエラ校長は学園の教師のローブ姿のままだった。
「そうですねえ。一応こう、校長としてキッチリ交渉したいですからねえ」
「何の交渉ですか?」
と、レオーネが首を捻る。
「もちろん、今まで下賜されていない新型の装備を貰えないかなあって話ですよ。今日は新しい特使様に直接お願いするいい機会ですからねえ。あの空飛ぶ戦艦とか欲しくないですか? 欲しいですよね? ね?」
ミリエラ校長の目が輝いていた。
「いいですね。わたしは最新式の対人殲滅兵器が欲しいです。お願いしてみて貰えませんか? ぜひ戦ってみたいので」
「い、いやそんな物騒なものは――しかもそれ戦って壊す気満々じゃないですかあ! せっかく貰ったものを壊さないで下さい」
あっさりと却下されてしまった。
「でも校長先生、そんなお願いが通用するんですか?」
「レオーネの言う通りよね。またあのミュンテー特使みたいな
「ある意味色仕掛けなら通用しそうだけど――」
「……物凄く危険よねー。それ。あたし絶対嫌だわ」
ラフィニアとレオーネが囁き合っている。
「まあ今度の方はちゃんとお話しが通じる方ですよ。実は私、面識があるんですよねえ」
「では、以前に地上の視察の経験がある方なのですか?」
「それもあるでしょうけど、主には逆ですねえ。
「へぇ……
ラフィニアが興味深そうに聞く。
「かなり特殊な例ですけれどね? 昔ウェイン王子が
「じゃあ校長先生はウェイン王子とも仲がいいんですね、すごーい!」
「ふふっ。それ程でもないですよ。まあ、幼馴染というやつですかねえ?」
「では校長先生だけでなくウェイン王子とも親しい方が特使になられると――」
「はい。このコネを思いっきり利用して、今まで貰えなかった装備なんかも貰えるようにお願いしちゃいましょう!」
「血鉄鎖旅団も空飛ぶ戦艦を保有しているようでしたし、こちらにも必要かも知れませんね」
「ええ。それは由々しき事態ですが、逆に新装備を要請する理由としては十分です。首領の黒仮面が何者かは分かりませんが、よくあんなものを手に入れられたものです」
「
「かも知れませんね。あるいは彼自身が
「そうですね。その可能性もありますね」
「……正体がレオンお兄様だって可能性もあると思うわ。私の事を助けたし――」
「色々可能性がある――でもそれって何も分からないって事よね?」
「うんラニ、そうだね。でも一つだけ確かな事があるよ」
「何?」
「かなり強いって事。次に会った時こそ、ちゃんと戦いたいね。あの仮面を剥いであげたら、口封じに本気で倒しに来てくれるかな――」
「はは……正体を突き止めるためとか本音を知るためとかじゃなくて、怒らせて向かって来させるために仮面を剥ぐのね? クリスらしいわねー」
「だってあの人、わたしと戦うのを避けようとするし――わたしは戦いたいのに」
「ま、まあ動機はどうあれ結果的に血鉄鎖旅団の首領の正体を明らかにし、捕らえられるならば、お国としては願ったりだと思いますよお。だから次に会ったら思いっきりやっちゃって下さい。私が許しますからねえ」
「ありがとうございます。その過程で何があっても、校長先生が責任を取って下さるという事ですね?」
「いやそう言われると怖いんですけど……何をするつもりですか、何を――」
そんな話をしているうちに、イングリス達の乗る馬車は王城へと近づいて行く。
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