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第82話 15歳のイングリス・天恵武姫の病3

「はぁっ!」


 イングリスは魔石獣に踏み込み、分厚い胸板に向けて氷の剣の突きを放つ。

 その速度は凄まじく、魔石獣は一歩も動けずにそれを受けた。


 キィィンッ!


 澄んだ固い音と共に、魔石獣は大きく仰け反る。

 剣の威力に圧された形――だが、氷の剣自体は切っ先を弾かれ、先端が少し欠けてしまった。魔石獣の硬質の胸板には、ほんの少しの窪みのような傷が残っただけだ。


 イングリスの剣速と威力ならば、一撃で貫いても不思議ではないはず。

 それがこうも、ダメージを与えられないのは――


「クリス! 属性属性!」


 この魔石獣の宝石の色は青。

 つまり、氷の魔素(マナ)への耐性を示している。

 これが赤であれば炎、緑色であれば風の魔印武具(アーティファクト)に対して強いという事になる。

 体に複数の色の宝石を持つ個体は、その分複数の耐性を備えた上位種という事だ。


 なので騎士団が魔石獣を討伐する際は、複数の属性を揃えるように人員を揃え、魔石獣の耐性とは異なる魔印武具(アーティファクト)で攻撃するのが基本戦術だ。

 ラフィニアの持つ光の属性やレオーネの持つ闇の属性は、中でも希少な上位的属性であり、耐性を持つ魔石獣はごく僅かだ。

 ゆえに聖騎士に次ぐ素質を持つ騎士であると言えるだろう。


 今イングリスが繰り出した氷の剣は魔印武具(アーティファクト)ではないが、氷の属性という事になる。

 魔石獣の耐性により殆どの威力が削がれた結果が、これだ。


「うん、ラニ。分かってるよ」


 ほんの少しだが、魔石獣に傷はついている。

 せっかくなのであえて同属性で攻撃したらどうなるか? を試してみたのだ。

 属性が同じなら完全に無効化されるのか?

 大幅に威力が削がれるだけで、多少は通用するのか?

 答えは後者だったようだ。


「分かってるなら別の属性で攻撃しなきゃ――」

「ううん。見て、ちょっとだけど傷は付いてるから」


 ならば――


「――手数が多ければ、倒せる!」


 イングリスは一点のみを狙い澄まして連続突きを放つ。

 他の者からすれば、その腕や剣先がいくつにも分裂して見える程の高速だ。


 ドガガガガガガガガガガガッ!


 岩を無理やり削り落とすような音が響き渡る。

 氷の剣が正確無比に魔石獣の胸板の一点を穿つことで、見る見る間に胸の傷が深く大きくなって行く。


「おぉ……! やるねイングリスちゃん……!」

「あの子、あれでまだ全力じゃないわよ。だけど確実に腕を上げてるわ――!」


 天恵武姫(ハイラル・メナス)の二人はイングリスの動きをそう評価する。


「はああぁっ!」


 大きく踏み込んで放った最後の一突きは、魔石獣の背中まで突き抜けていた。

 力を失った巨体が、大きな音を立ててその場に崩れ落ちる。あっという間の決着だった。


「クリスってば……パワーとスピードでごり押したわね」

「対魔石獣の基本を無視したわよね。耐性は避けるのが基本なのに……」

「あえて相手の強みを受け止めるのって大事だと思う。その方が歯応えがあるし、ね」


 どんな戦いでも、少しでも自分の成長の糧としたい。

 であれば、相手の力を十分に発揮させた上で勝つ。これが一番いい訓練になるのだ。


「クリスらしいわねー……まあ、あたしは普通に違う属性で倒すけど」

「私もラフィニアに賛成かな――」

「いい訓練になるのに」


 二人にはあまり理解されないようである。


「――他にはもういないようね」

「ありがと、イングリスちゃん。助かったよ」

「いいえ、いい運動ですから。それよりも、リップルさんの体調は大丈夫ですか?」

「うん。ちょっとラクになって来たよ~大丈夫大丈夫」


 まだ少々具合は悪そうに見えるが、リップルはぱたぱたと手を振った。


「そうですか。しかし、あの魔石獣はどこから――」


 イングリスは上を見上げるが、そこには晴天があるだけだった。

 特に何の変哲も無いように見える。


「いきなり上から降って来たわよね?」

「ええ。驚いたわよね――」


 ラフィニアとレオーネも空を見上げる。


「獣人種の魔石獣なんて、滅多にいるもんじゃないよ。今じゃ獣人種なんて殆ど絶滅してるんだから――やっぱりボクに何か関係が……?」

「何も分からないわ。詳しく調べて貰わないと――天上領(ハイランド)から新しい特使がやって来るのを待ちましょう」

「うん、そうだね」

「ところで、エリスさんもリップルさんもどうしてここにいるんですか? あたし達、ラファ兄様と待ち合わせていたんですけど」


 と、ラフィニアが尋ねる。そこは当然の疑問である。


「ええ――それね。ラファエルは急な任務で出られなくなってしまったのよ」

「それでボク達が伝言と、衣装代を預かって来たよ。今度の新特使就任パーティー用のドレスを買うんでしょ? はい、どうぞ」


 と、リップルがラフィニアに金貨の入った革袋を手渡した。


「わ! ありがとうございます!」

「わざわざすみません」

天恵武姫(ハイラル・メナス)にそんな事をお願いするなんて――」

「いいのいいの。ボク達が言い出して引き受けたんだし。その代わり、ボク達もショッピングに付き合わせてね?」

「えぇっ? ちょっとリップル、用が済んだらすぐ帰るんじゃなかったの?」

「いいじゃん! 息抜きだよ息抜き。最近虹の王(プリズマー)の死骸に張り付いて気を張ってたんだし、たまには女の子らしいことしようよ? イングリスちゃん達と一緒なら楽しんでもいいでしょ?」

「あなた具合悪いんでしょ? 遊んでないで休まないと」

「病は気から! 楽しければ治るんだよっ」

「無茶苦茶ね――」


 エリスはふう、とため息を吐いていた。


「……何だかリップルさんはラニに似てるね? わたしもいつも振り回されるし」

「はぁ? あたしの方こそクリスがやる事にいつも振り回されてるんですけど?」

「イングリスは、やる事が色々派手だから……」

「私はあなたみたいに戦闘狂じゃないわよ?」

「あはは、エリスはイングリスちゃんほどお転婆じゃないかなあ」


 誰も同意してくれなかったが、ともあれ天恵武姫(ハイラル・メナス)の二人と一緒に買い物に行く事になった。

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