第79話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー29
これもレオーネの使った
落ちてくる船を弾き飛ばすためだけに、思い切り力を尽くせそうだ。
三人は呼吸を合わせ、剣を高く掲げた。
そして刃ではなく剣の腹を目標に向け、僅かな時間を待ち構える。
煙を噴き上げ、悲鳴にも似た軋んだ音を立てる巨大な船の影が、すぐにイングリス達に覆い被さって来た。
「――来た! 今!」
「行くわよ!」
「ええ! せーの!」
「「「はあああぁぁっ!」」」
ギャリイィィィィィッ!
黒い剣の刀身と、落ちてくる船の先端とが衝突し、擦れて火花を散らせた。
猛烈な手応えが、三人の手に伝わる。
歯を食いしばって踏ん張ろうとするものの、身体ごと後ろに押されて地面に引きずった跡が残る。
「くううぅぅぅ……! ちょっと重すぎるかも――!?」
「引きずられる! このままじゃ……!」
ラフィニアとレオーネが、あまりの重さに顔をしかめる。
いくら二人がプラムの
――このままでは、の話だが。
「――なら仕方ない、ね」
イングリスの身体が青白い
今までは素の状態で剣を握っていたのである。
それは
少なくとも下級や中級のものはそうだ。
レオーネの上級
が、できればそういう危険は冒したくなかった。
だがそれで押し負けては本末転倒。もう遠慮する場合ではない。
「残りの全力でやる……!」
残り少ない
船の勢いに押し込まれ、後方に引きずられていた足元がぴったりと止まる。
船の先端部分が歪んで変形を始める。軋む悲鳴のような音が、より一層激しさを増す。
「い……いける! さすが、クリスね!」
「このまま押し込みましょう!」
「うん……! あと一押し――!」
だがその一押しが、ギリギリの所で一歩遠い。
かなりの連戦をしてきた上に、
元々の消耗具合が激しく、普段の全力は確実に出ていない。
この持久力の無さは、もっともっと鍛える必要があると痛感させてくれる。
「わたくしもお手伝いいたしますわ!」
イングリス達の目の前に、純白の翼を持つ人影が舞い降りて来た。
携える
明るい色のふわりとした金髪の美少女だ。
「リーゼロッテ!?」
もし押し負ければ、イングリス達は船に押し潰されてしまうだろう。
これは命がけのせめぎ合いだ。
それに割って入って来るのだから、彼女の勇気も大したものだ。
「お父様には安全な場所に避難頂きましたから、ね!」
リーゼロッテもレオーネの黒い剣の柄に手をかける。
彼女にもプラムの
その力が、最後のあと一押しになってくれた。
「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇいっ!」」」」
バギイイイィィィィィンッ!
押し勝った黒い剣の
巨大な船体が弾き飛ばされ、狙い通り王城に繋がる水路の方に落ち、巨大な水柱を上げた。
そうして巻き上がった水が、小雨のようにイングリス達の頭上から降り注いだ。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!?」
「ゆ、夢かよこれは――! とんでもねえものを見たぞ……!」
「す、凄い……! 凄いぞ君達いぃぃぃっ!」
「まるで奇跡だ! 素晴らしい働きだ!」
その光景を見ていた者達から、一斉に歓声が上がった。
「イングリス! みんな! すげーぜ! よくやったな!」
「ラティの言う通りです! 本当に凄いですみんな……!」
ラティとプラムも目を輝かせていた。
「ふう……何とかなったね。ちょっと疲れたかな」
イングリスは大きく一つ息をつく。
「ほんと! もうあたし腕が限界よ、ぷるぷるしちゃってるし!」
「ふふふ。私もだわ。でも本当に良かったわね」
ラフィニアとレオーネは震える腕を見せ合っている。
「間に合ってよかったですわ」
リーゼロッテも満足そうに頷いていた。
その手をラフィニアがきゅっと握って、ニコッと笑顔を向ける。
「ありがとう、助けてくれて! あたし、あなたの事誤解してたみたいね!」
ラフィニアはリーゼロッテの事を快く思っていなかったはずだ。
わだかまりが解ける方向に向かうならば、それはいい事だろう。
「いいえ、誤解ではありませんわ。確かにわたくしが不明でした――」
リーゼロッテはレオーネの方を向き深々と頭を下げた。
「お父様からお話は伺いました。あなたの事を疑って申し訳ありませんでした。先日のご無礼をお許しください」
「え……? あ――ううん大丈夫。わ、私は気にしてないから」
レオーネはかなり驚いた様子で、何故だか慌てている様子だ。
「ウソ。泣いてたよねえ、クリス?」
「見てたんだ。わたしはずっと抱っこしてあげてたよ? 昔はラニにもよくこうしてたなあって、懐かしくなっちゃった」
「「や、やめてよね!」」
顔を赤らめた二人に怒られてしまった。
「とにかく……本当に申し訳ありませんでしたわ。それから、寮の部屋割りは元に戻しませんこと? あなたがもしよろしければ、ですが――」
「……! ええ、喜んで」
レオーネがたおやかな笑顔を浮かべる。
「わ! 良かったわねレオーネ!」
ラフィニアも嬉しそうに手を打つ。
「ええ! ラフィニアのいびきでちょっと寝辛かったから……」
「きゃーっ!?」
「あれは、慣れたわたしじゃないと――ね」
イングリスはうんうんと頷く。
「うふふふっ――はしたないですわね。でも面白い方々ですわ」
バギィィンッ!
不意に、何かが砕ける固い音がした。
「!?
レオーネの黒い剣の
「あ――これは……!?」
「ふ、負荷がかかり過ぎたの……!? 凄く重かったから……」
「ごめんレオーネ。これはわたしのせい――全力を出したから」
「ええっ!? そうなの……?」
「ごめんね、大事なものなのに――」
「いいのよ。気にしないでね? こうしないと止められなかったんだもの、仕方ないわ」
そう言って笑うレオーネの顔は、晴れやかだった。
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