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第76話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー26

「――よし」


 霊素弾(エーテルストライク)の光の中にミュンテーが消滅すると、イングリスはうんと一つ頷いた。

 全力で霊素弾(エーテルストライク)を撃ってもまだ少し余力はある。

 持久力も少しずつだが、着実に成長していると言えるだろう。


「さすがクリスね! すごいわ!」

「凄いのは分かってたけど、こんなに凄いなんて!」


 ラフィニア達が駆け寄って来る。


「うん。本当ならもう少しゆっくり戦いたかったけど。いい訓練になる相手だったし」


 ああ見えてその強さは本物だった。

 都合上短期決着を図らざるを得なかったが、もっとゆっくり戦ってみたかった。


「ええぇ……? あんなの生理的に無理じゃないの?」

「そ、そうよ。魔石獣になる前も後も気持ち悪かったわよ?」

「そうだけど、ね。力に罪は無いし――」


 見ないで済むように、目を閉じて戦ってみても良かったかも知れない。


「き、君は一体何者なんだ……? その力、聖騎士や天恵武姫(ハイラル・メナス)にすら――」

「ただの従騎士ですが? ほら、ご覧ください」


 と、イングリスはアールシア宰相に魔印(ルーン)の無い両手を翳して見せる。


「ぬう、確かに――しかし、それ以上の何かが君には……」

「それよりも、この空間から脱出する事を考えましょう? 今頃外で何が行われているか分かりませんから――」

「あ、ああ……しかしどうやって――」


 と宰相の言葉が終わるや否や、イングリス達の周囲の光景が一変した。

 目の前が歪んだと思ったら次の瞬間、元の船室の中の景色に切り替わったのだ。


「! 戻った……!? クリス何かやったの?」

「ううん、わたしは何も」

「ああっ! あれ!」


 声を上げたレオーネの視線の先には、ファルスがいた。

 その腹部を剣が貫通し、刀身にはべっとりと血がついていた。

 そして、ファルスを貫いている剣の主は――

 顔の見えない黒い鉄仮面に、全身黒ずくめの衣装、外套。

 血鉄鎖旅団の首領の黒仮面だった。


「! 血鉄鎖旅団の黒仮面!」


 ラフィニアが声を上げる。


「え……!? そ、それって――」

「うんレオーネ。血鉄鎖旅団のリーダーだよ」


 自分達が異空間から排出された理由に察しが付く。

 黒仮面の手によって、ファルスが致命傷を負ったのだ。

 それにより、異空間が崩壊したに違いない。


「ぐ……! うぅ……!」


 どさり、とファルスが床に崩れ落ちた。


「イングリス・ユークスか。こんな所で会うとは、奇遇だな」


 黒仮面がイングリスを見る。


「一体どうやって、ここに……」


 誰かに変装し、潜り込んでいたのか――


「あれだ」


 黒仮面は自身の背後を指差す。

 彼は船外に面する壁を背にしていたが、そこは壁の殆どが外からの衝撃によって吹き飛んでいた。よく見ると、壁の破片が周囲に散乱し、イングリス達が異空間に囚われる前からすると随分と散らかっている。


 そして外壁が吹き飛んで、よく見えるようになった空には――

 巨大な空飛ぶ船の姿があった。


「な……!」

「ええっ!?」

「あんなものが――!?」


 あれは、こちらの天上領(ハイランド)の船とも遜色ない大きさだ。

 船体にはいくつもの砲門が備えられており、それがこちらの船の外壁を吹き飛ばしたのだと推測できる。


「馬鹿な、我が国にも下賜されていないようなものを、何故……!?」


 アールシア宰相の言う通りだ。

 あんなものを所有しているとは、単なるゲリラ組織の域を超えている。

 一体血鉄鎖旅団の戦力や規模は、どれ程のものなのだろう。

 不気味である。下手をすれば一国を乗っ取るような事も可能なのではないか。


「細かい事よりも、ここで倒してしまえばっ!」


 レオーネが魔印武具(アーティファクト)の黒い大剣を振り下ろした。

 間合いは遠いが、その刃は一瞬でグンと伸び、黒仮面を襲った。


 キィン!


 しかしレオーネの渾身の打ち込みを、黒仮面は片手の剣であっさりと防いで見せた。


「やめておけ。その腕では私は倒せぬよ」

「黙りなさい! あなたのおかげでレオン兄様は! あなたがレオン兄様を誑かしたおかげで!」


 レオーネが猛烈な連続攻撃を加えるが、黒仮面はそれらを全て受け流して行く。


「そうではない。同士レオンならば、私などおらずとも自ら立ち上がっていたさ。私ごときが誑かそうとしても、できるような男ではない。彼には確固たる芯がある。我等は思想が一致したがゆえ、手を取り合っているに過ぎん」

「うるさい! 知ったような口を聞かないで!」

「やれやれ――」


 キィィィン!


 黒仮面のほうから剣を繰り出し、レオーネの大剣を刀身を撃った。


「あっ……!?」


 その衝撃でレオーネの手から大剣が落ち、床に転がった。


「警告する。それ以上の攻撃を仕掛けて来るならば、反撃をさせて貰う。私にも目的があるのでな」

「くっ……! そんな脅しに……!」


 レオーネは迷わず床に落ちた魔印武具(アーティファクト)を拾おうとする。

 が、イングリスはその手をそっと取り、制止した。


「待ってレオーネ。後はわたしに任せて? レオーネの事が心配だし、それに――」

「あいつと戦ってみたい?」

「……わかっちゃった?」

「気付いてない? 凄く嬉しそうよ、顔」

「――ごめんね?」

「いいわよ。確かにイングリスに任せるしか無いみたい――お願い」

「うん。任されたよ」


 イングリスは黒仮面の前に進み出る。


「思ったより早くこの日が来ましたね?」

「……一つ問いたい。天上領(ハイランド)の特使ミュンテーはどこにいる? 彼を討ち取らねば、手合わせに興じる暇など無いのだがな」

「もういませんよ。わたしが倒しましたので」

「それは手間が省けたというもの。ではさらば――とは行きそうにないな」

「ええ。あなたが逃げられるのなら、追ってそちらの船に乗り込むまでです。壊れても知りませんよ」

「それは困るな――」


 その時――


 ゴウゥゥン!


 轟音と共に、船が大きく揺れた。

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