第72話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー22
「宰相閣下。済みません、見ての通りです。特使殿の捕縛は不可能になりました」
「いや……仕方あるまい、良くやってくれた」
宰相がそう言うや否や、船室の天井と床が同時にメキメキと音を立てて破壊された。
「む……!? 今度は何だ!?」
天井からも床からも、黒くて太い虫の脚のようなものが生えていた。
そして、硬質の宝石のようなものが所々に埋まっている。
続いて胴体部分が露になると、それは巨大な蜘蛛だった。
硬質な鎧のような外殻を持った、蜘蛛の魔石獣である。
「これは――魔石獣!」
「
「なら血鉄鎖旅団の仕業……よね!?」
「うん。血鉄鎖旅団には
散々噂に上っていたが、やはり血鉄鎖旅団も黙っていなかったという事だ。
「どんどん出てくる!」
ラフィニアは
それが蜘蛛の魔石獣の胴体を貫き、ブジュウと嫌な音を立てて動きを止めた。
「とにかく倒しましょう!」
レオーネの黒い剣の
二人の能力は確かだ。この程度の魔石獣に引けは取らない。これは任せよう。
それに特に、レオーネの活躍をアールシア宰相に見て貰うのは悪くないと思う。
イングリスはアールシア宰相に近づいて問う。
「宰相閣下。どうなさいますか? 取引は諦めて脱出を?」
「……出来れば代理とでも取引を済ませたいが――この混乱を収めねばならんようだ」
「では船内の魔石獣を倒して回りましょうか?」
「そうしてもらえると助かる」
「承りました。ですが、宰相閣下は一度船外に退避された方が良いのでは?」
「……ああ、その方が君達も戦いやすいだろうな」
「ならば、まずは
「いいわ、急ぎましょクリス!」
「こっちは倒したから!」
ちょうどその時、ラフィニアとレオーネが協力して、敵の第一波を掃討し終えていた。
「うん。ではファルスさん――」
と、イングリスはファルスに声をかけた。
「うん? 何だい?」
「……まだ、準備は整いませんか? 今は好機かと思うのですが?」
「――! フフッ。そうか……さすがだな。そうだな、そろそろだよな」
「え? どういう事、クリス?」
「何の事を言っているの?」
ラフィニアとレオーネがきょとんとしている。
「まあ、つまり――」
と、イングリスが言いかける前に、血相を変えた
「特使様! ミュンテー様! 大変ですランバー商会の積み荷から魔石獣が――! うがああぁぁぁっ!?」
背中から魔石獣の鋭い脚を突き刺されて、悲鳴を上げた。
続いてまた新たな魔石獣の群れが、船室に姿を現す。
「そんな――じゃあファルスさんがこれを……!?」
「じゃあ、あなたが血鉄鎖旅団だったのね……!」
「一つは正解で一つは不正解だな。確かにこれは俺の仕業だが、俺は血鉄鎖旅団とは無関係だぜ。ほらな――」
と、ファルスは頭のバンダナを片手で剥ぎ取った。
露になった額には――
「は、
「で、でもどうして
「
ファルス自身が先程言っていたことだ。
「参考までに聞きたいが……いつから気が付いてた?」
「はじめに会った時に。あなたも戦いませんかとお誘いしたと思いますが?」
ちょうど新手の魔石獣がイングリスに迫って来て、刃のような脚を突き出してくる。
イングリスはそれを見もせずに掴み取る。
そのままぐいと引っ張って、魔石獣を体ごとファルスに向けて投げつけた。
無造作に投げつけたが、凄い速度が出ている。
だがファルスは全く動じず、それを殴り飛ばしてイングリスに撃ち返して来た。
――これも尋常な力ではない。
「ですがあなたは力のないふりをしたので、何かあるとは思っていました。流石に正体が
そう言いながら、イングリスも飛んで来る魔石獣の身体を蹴り返した。
「何てこった、初めからお見通しだってか? すっとぼけて泳がせるなんて意地が悪いじゃねえか」
またファルスから魔石獣が叩き返される。
更にイングリスも撃ち返す。向こうも同じく。
そうやって魔石獣の身体を撃ち合いながら、話が進んで行く。
「……わたし自身はいつ何時、誰の挑戦でも受けます。が、それを他の方に強いるつもりはありません。あなたの準備が万端に整うのを待っていただけです」
相手の力を出し切らせずに勝っても、ただ勿体ないだけで何も面白くない。
相手の土俵に乗り、やりたい事をさせて力を出し切らせた上で勝つ。
それが自分自身にとっても、最も成長が期待できる。
せっかくの機会は最大限に生かさねばならないだろう。
「そうか――これでも俺は
だんだんお互いの間を飛ぶ魔石獣の速度が上がって行く。
意地の張り合いのような様相だ。
「ありがとうございます。楽しみにさせて頂きます」
最後に撃ち返したイングリスの一撃の勢いに、ファルスの狙いが逸れた。
魔石獣は壁を突き破り、大きく空へ飛んで行ったのだ。
「くっ……! 外れたか」
「まだまだそんな程度では、実力はの優劣など測れませんよ。さぁどうぞ、かかって来て下さい」
イングリスはにっこりと笑顔を浮かべた。
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