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第7話 5歳のイングリス3

 剣術試合が始まり、暫くは騎士団側が優勢だった。

 一対一の勝ち抜き式で、どんどん武装行商団側の数が減って行った。

 流れが変わったのは、ランバー氏の息子、ラーアルが登場してからだ。

 彼を相手に騎士団側は全く歯が立たず、連戦連敗が始まったのだ。


「ぐあっ!?」


 ラーアルに対峙していた騎士が、腕を打たれて木剣を足元に落とす。


「それまで! ラーアルくんの勝ちだ!」


 父リュークがラーアルの勝ちを宣言する。

 もう十人は、ラーアルが一人で抜いて見せていた。

 余りに配下の騎士達が連敗するので、少々不機嫌そうでもある。


「フ――フフッ。騎士様達、ちょっと体が鈍っているんじゃないですか? 近頃この辺りは、魔石獣に襲われていないそうじゃありませんか」


 連勝して気が大きくなったか、ラーアルの態度が尊大になっていた。

 元々はこういう性格で、初めは猫を被っていたのだろう。


「その点こちらは、行く先々で魔石獣との遭遇が絶えませんからなぁ。むしろ魔石獣に襲われた場所にこそ、我々の商品が必要ですからな」


 ランバー氏は息子の活躍に満足そうだ。

 鼻高々、といった様子である。

 言われっぱなしの騎士達は悔しそうだが、ラーアルに勝てない以上、大きな声で反論できない。

 実際には魔石獣の被害が出た他の侯爵領へ遠征したり、休んでいるわけではないのだが――それを言っても始まらない。

 このままでは赤っ恥。それだけだ。


「クソッ――あの子供、本番になったら急に強くなって……!」

「ああ、練習の時はそれ程でもなかった気がしたが――」

「だが何だか、あの子と手合わせしていると、上手く戦えないんだよな……」

「俺もそうだった。間合いの取り方が並外れているのか……?」


 ラーアルに打ちのめされた騎士達が囁き合っている。

 それを聞いてイングリスは思う。


(本気で言っているのか……?)


 彼等の利き手にも下級とは言え魔印(ルーン)が宿っている。

 れっきとした正式の騎士だ。

 それなのに――


(どう見てもあれは魔術だろうに。相手の動きを封じるものだ)


 ラーアルがなぜ魔術を使っているかも気にはかかるが、それ以上に他の者の反応だ。

 魔術を使われた事に全く気が付かないらしい。

 多少魔術の素養がある者なら、気が付くはずなのに――


 特にラーアルの魔術の腕が図抜けているわけでもない。

 むしろ相当に拙い。

 あれは本来、自分を視界に入れた相手の動きを封じる金縛りの魔術だ。

 だが完全に金縛りが出来ずに、相手の動きを少し遅らせる程度の効果になっている。


 どうにもこの時代の人々は、魔術に関する知識、感性をどこかに置き忘れて来たらしい。

 魔印(ルーン)魔印武具(アーティファクト)の存在がそうさせたのだろうか?


 前世では魔術の学校を作り、魔術を普及させる施策を打って来たイングリスとしては、寂しい話だ。

 あの頃はまだ魔術を使う者への偏見や差別が強く、魔女狩りまで行われていた。

 それを止めさせ、平和裏に魔術と社会が融和できるように心を砕いた。

 自分が老齢になった頃には、魔術は当たり前のように人々に受け入れられ、世の中は変わったと思っていたのだが。


「ラーアル殿……凄いですね、でも僕も負けません!」


 最上級である特級の魔印(ルーン)を持つラファエルでさえこうだ。

 全く気付いている様子が無い。


「将来の聖騎士様と戦えるなんて、光栄です。正々堂々と勝負させて頂きますよっ!」


 ラーアルもよく言う。

 こっそり魔術というからめ手を用いているくせに。

 自体の見通せるイングリスからすれば、白々しい事この上ない。

 この年齢にして、その演技力は褒めるべきかもしれないが。


「く、クリス……にいさま、勝てるよね……?」


 隣で見ているラフィニアが、不安そうにイングリスの服の袖を掴む。


「大丈夫。ラニが応援してあげれば、ラファ兄様の力になるよ」


 と言う他はないのだが。


「うん。がんばれ~~! にいさま~~!」


 ラフィニアの声にラファエルは振り返り、爽やかに笑顔を見せる。


「うん。頑張るよ、ラニ。ありがとう」


 そして、きりりと表情を引き締めラーアルに向かい合う。


「では、お願いしますっ!」

「受けて立ちますっ!」

「では、はじめっ!」


 父リュークが、二人に合図を送る。

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