第69話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー19
「ま、見ての通りだ。俺の言ったことが分かっただろ?」
と、ファルスはミュンテーが去った部屋で肩をすくめる。
「ええ。よく分かりました――」
「とんでもないわね、あんなの女の敵よ!」
「ずっとあの調子じゃ、命を狙われもするでしょうね……」
「まぁ、あんなのにヘーコラしてる自分が情けなくなる時もあるが、商売だからな。それより不愉快な思いをさせて済まん」
ファルスが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、依頼を受けてここにいるわけですし」
「だけど、どうしてあんな奴が
「俺が知ってる
と、ファルスはラフィニアの発言に首を振った。
「どいつもこいつも大差ねえって前提で物を言うけどさ、あのミュンテー様ってのは話は分かる方なんだ。
「なるほど……下種は下種でも役に立つ下種だという事ですね?」
「ああ、そういうこった」
「ですが、領土の献上には反対だと言うウェイン王子は
「ま、片方で綺麗事を言い片方でその利益にはご執心って非難するやつもいるよな」
「……お詳しいですね」
「騎士や貴族のお偉方が大っぴらにこんな事言えねえだろ? 部外者の商人にグチこぼすくらいなら、世間話で済むわな」
ファルスは王都の政情にも通じているようだ。
「王国の中枢は一枚岩ではない――と?」
「ああ。国王陛下とウェイン王子の間は不穏だぜ。アールシア宰相は現宰相だから当然国王派だな。さっきも言ったように、王子派の大半は今この王都を空けている」
「ならば、逆に王子派からの妨害が入ってもおかしくない状況ですね」
「でもクリス。ウェイン王子はラファ兄様とも仲がいいし、そんな事する人だとは思いたくないわ」
「私も。そんな汚い事をするのは血鉄鎖旅団だけでいいわ」
「うん。そうなんだけどね」
「だがそれだけじゃねえんだぜ?
「
「ああ」
「血鉄鎖旅団に、王国側の王子派、
「はぁ……これで何かが起きないわけないって感じよね」
「レオンお兄様が目撃されているんだから、血鉄鎖旅団が現れる可能性が一番高いわね」
「そうだね。こっちとしては、敵は多ければ多い程いいけど」
「いや、それはクリスだけだし……」
その台詞と同時に――
ドガアアァァンッ!
轟音と共に、隣の部屋との壁が吹き飛んだ!
「ん……! 早速来た?」
「こらクリス喜ばないっ! ニヤニヤしないの!」
「それより何事かしら!? レオンお兄様が来たの!?」
吹き飛んだ壁の向こうの部屋には、アールシア宰相や取り巻きの騎士、それに先程の
どうもミュンテーを狙った攻撃が外れて、壁を破壊したらしい。
「ひょほひょほひょほ……! ろ、狼藉者じゃあ! わしを守らんかっ!」
ミュンテーがそう叫んでいる。
どうやら、アールシア宰相に着き従っていた騎士のうちの数人が離反して、ミュンテーの命を狙った様子だった。
「止めろお前達っ!」
「乱心したか!」
「そうだ剣を引け!」
アールシア宰相や騎士達がそれを制止する。
「宰相殿! 我々これ以上この豚の暴虐を見ていられぬだけにございます!」
「左様! この者がこれまでどれだけの横暴を繰り返して来たかはご存知でしょう!」
「これが国のため、これが我々の忠誠にございます!」
しかしアールシア宰相は彼等を一喝する。
細身の紳士で決して戦闘能力が高そうには見えないが、威厳は十分である。
「忠誠とは、下された命を確実に行う事だ! 我々の命はそのようなものではない!」
「しかし宰相殿……!」
「如何に良かれと思おうとも、だ! お前達の身勝手の結果が、国王陛下と我が国にどれだけの損害を与えるかを考えよ! それが出来ぬ者は単なる猪武者だ!」
「お言葉ですが宰相殿! 損害などあり得ませぬ!」
「何……!?」
「全て血鉄鎖旅団が行った事とすればよいのです! それで説明は付く! ここは空の上ですから、他には漏れません!」
「この豚を排除すれば、もう少しましな特使が来るでしょう!」
「血鉄鎖旅団を警戒し、場所を空中にしたのが我等の好機!」
「……! た、確かにな――」
「その通りかもしれん……! これはチャンスなのか――!」
制止をしようとしていた騎士達も、その意見に引き摺られそうになっていた。
つまり、血鉄鎖旅団のせいにしてミュンテーを暗殺しようという企てだ。
「宰相殿! ヤツを討てとご命令を!」
「宰相殿!」
「お願いいたします!」
しかしアールシア宰相は首を縦には振らない。
「我々に与えられた命は、献上と下賜を確実に行う事だ!」
「くっ……! ならばそこでご覧になって下さればいい!」
「むっ……! 敵が!」
「ここは我等に任せよ!」
「早くやれ!」
制止に回っていた騎士達も、ミュンテーを討ち取る方向に傾いたようだ。
鎧兵士達を抑えに、その前に立ち塞がるのだった。
「お前達……!」
「ありがとう! その気持ちを無駄にはせん!」
「くっ……! 待て貴様らっ!」
こうなっては、アールシア宰相の言葉も届かない。
「ほ、ほひょー!? お、おおおおイングリスちゃん! わしを助けておくれ……!」
壁の穴の先のこちらに気付いたか、情けない声で懇願してくる。
「わたしはファルスさんの護衛をしに来ただけですので」
「ファ、ファルスよ……!」
「あーあーあー! 聞こえない聞こえない! 何も聞こえない!」
ファルスが大声を上げて耳を塞ぐ。
この場は傍観する、という意思表示だ。
「「「覚悟しろッ!」」」
騎士達が
「ええぇい、わしを守れッ! 手加減はいらんからのぅ!」
「クククく……」
ゆらり、と護衛の白髪の男がミュンテーの前に立つ。
そして騎士達に向け、奇声を放った。
「
その体のあちこちには、
これは、あの
「……やはり! この間の通り魔!」
あの時と違い素顔を出しており、逆に
気配が似通っていたので、まさかとは思っていた。
しかし真っ二つに斬り捨てたはずなのに、それが何故生きているのか……!?
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