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第68話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー18

 その後は道を間違えずに進み、本来待機するはずだった船室にイングリス達は向かう。


「ここですか?」


 入口に天上領(ハイランド)の鎧兵士と、カーラリア王国側の騎士の両方が立っている。部屋の奥をちらりと覗くと、正式の騎士達に身辺を警護された要人らしき人影があった。あれがリーゼロッテの父でもあるアールシア宰相だろうか。


「こっちは宰相様やお偉方の部屋だよ。俺達は奥だ」

「部屋、別れてるんですね。何か美味しそうな料理が置いてあるのに……」


 ラフィニアが指をくわえている。


「ははは。きっと俺達の部屋にもあるさ」

「本当ですか? じゃあ行きましょ! ね、クリス!」

「うん」


 ラフィニアに手を引かれて奥の部屋に入る。

 そこは先程見た部屋よりも狭く、食事も用意されているがあちらほど豪華でもない。


「……待遇に差があるわ!」

「そうだね――でもこれはこれで美味しいね」


 文句を言いながらも、早速手をつけるイングリスとラフィニアだった。


「まあまあ、俺達みたいな下賤の者にゃあ聞かれたくねえ話もあるだろうし、我慢しようぜ。特に今回はヤバい取引があるかもって噂だしな――」

「ヤバい取引って何ですか?」


 レオーネがファルスに尋ねた。


「……俺が言ったって言うなよ? それからあくまで噂だからな?」

「はい。イングリスとラフィニアもいいわよね?」

「「ふみゅ」」

「……もう、そんなに口一杯に食べなくても――」

「ま、まあ成長期だからな。腹も減るだろう」

「だからって、あれだけ食べて二人とも太らないのはずるいわよね――まあそれは置いておいて、聞かせてください」

「……領土だよ。シェイザーの街とその周辺一帯の統治権を渡すって話だ」

「……! くりしゅ、しょれってぇ……!」

「ふみゅ。りゅんちゃあのしょこりょとおにゃじ……!」

「……そんな事、ウェイン王子がお認めになるんですか……?」

「なんで王都の警備も手薄な今こんな取引が行われると思う? 反対派のウェイン王子が王都を空けてるからさ。狙ってやってんだよ。だがその分この現場の警備は手薄になるだろ? そこを血鉄鎖旅団みたいなのに狙われたらやべえってわけだ」

「……じゃあ逆に、血鉄鎖旅団には絶好の機会――」


 レオーネにとっては、それは喜ばしい事である。

 レオンが現れたら、この手で――! そう強く思う。


「だな。それに取引を仕切ってる天上領(ハイランド)のミュンテー特使様はめちゃくちゃ評判悪いからな。それにキレてるやつが、ヤツを殺って血鉄鎖旅団の仕業に見せかけたりするって事も考えられるぞ。つまり何が起きても不思議じゃねえ危険地帯なんだよ、ここは」

「にゃるほりょ……」

「ゆりゃんできゃにゃいわにゃ――」

「もう、ちゃんと口の中のもの飲み込んでから喋りなさいよ。行儀が悪いわよ」


 と、レオーネに注意されてしまった。


「んっ……つまり、楽しめそうだって事だよね?」

「あーあ、意外と何も起こらないって期待しちゃダメなのかしら」

「そいつはアレを見て考えたらどうだい?」


 と、ファルスが小声で言って部屋の入口に目線を送る。

 そこに、人影が現れていた。

 天上人(ハイランダー)の証である額の聖痕を備えた、極度の肥満体の男だった。

 その背後には、護衛らしき白い長髪の大男が控えている。


 こちらには聖痕は無く、がっしりした体格で異様に目つきは鋭かった。

 その纏う雰囲気はかなり独特で、相当な実力が窺い知れた。

 むしろこの天上人(ハイランダー)より護衛の方が只者ではない、と思う。


「ホーヒョヒョ。ご苦労じゃなファルスよ」

「ははーっ! ミュンテー様にはご機嫌麗しゅうございます。今回も私共からの献上をお受け下さりありがとうございます」

「うんむう。下種な商人共の方が下種な品物を手に入れるには向いておるからなァ。わしゃあ頭の柔らかい男じゃて、今後ともわしの下僕として働くがええ」

「ははッ」

「んで、その連れは何じゃ? 見ない顔じゃあの?」

「新しく雇った護衛です。騎士アカデミーの生徒さんで」

「ほうほうほうほう……!」


 とミュンテーと呼ばれた天上人(ハイランダー)はイングリスににじり寄って来た。


「おうおうおう……! 何ちゅう綺麗な娘じゃ、こりゃあ上玉じゃのぉ!」


 言いながら、イングリスの髪に手を伸ばしてくる。


「!?」


 ぺし。


 無論イングリスはその手を払うのだが、ミュンテーは全くへこたれなかった。


「それにええ香りじゃわなぁ。あーたまらん!」


 くんくんくん、と犬のようにイングリスの匂いを嗅いで見せる。


「う……!?」


 流石に気持ち悪さを感じて後ずさりする。


「久しぶりに興奮してきたぞォ!」


 ごく当たり前のように、イングリスの胸元に手を伸ばしてくる。


「ひゃ……!?」


 驚いて声を上げてしまったが、無論それを許すはずも無く、腕を掴んで捻り上げた。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!? 何をする!?」

「こちらの台詞なのですが……!?」


 護衛の白い長髪の男が、そのイングリスの手を引き離そうと掴んだ。

 かなりの力だ――が、イングリスは手を離さない。

 単純な力比べの様相だ。向こうは手を離させようとする。こちらは離さない。


「お、おい早くわしを助けんか……!」

「や、やってい……マスが――!?」


 ややおぼつかない話し方で、男が応じる。


「お、お前より力が強いのか……!?」

「おいおいちょっと待ってくれ! ミュンテー様も困りますよ! この子は護衛であって娼婦や何かじゃないんですよ! 済まん放してやってくれ、イングリスさん!」

「……わかりました」


 イングリスが手を離すと護衛の男も手を放し、ミュンテーは自分の手にふうふうと息を吹きかける。


「い、イングリスちゃんじゃの。おぬし、何か欲しい者は無いか? 金でも宝石でも食い物でも権力でも何でもやるぞ? 何でもやるからわしのものにならんか? ん?」

「ふふふ……では、あなたの命を頂けますか?」


 イングリスがそう応じると、ミュンテーはひいっと一声上げて逃げ去って行った。

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