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第64話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー14

 『試練の迷宮』の先はまだ続いている。

 イングリスは更に歩を進めた。


 その前に、赤髪の一人の青年が姿を現す。

 これは、三十を少し過ぎたあたりの時だろうか。

 だが年齢より若々しく見える美丈夫だ。


「陛下――お久しゅうございます」


 恭しく礼をし、イングリスの前に跪いている。


「ランドール――」


 イングリス王の後を継ぎ、シルヴェール王国の国王になったはずの男だ。

 文武共に常人を遥かに上回る天性の才を持ち、その才能に驕ることなく自分より他者の事をまず考えられる男だった。

 自分ではなく彼が神騎士(ディバインナイト)に選ばれていても不思議ではなかったと思わせるような、実力と精神を持ち合わせていた。


 貧しい寒村でまだ少年だった彼を見出し、以来手元に置いて育て上げた。

 天涯孤独だったイングリス王にとっては、弟や息子に近いような存在だった。

 イングリス王には子がいなかったが、後継者に相応しい者は育てたつもりだ。

 それが彼、ランドールである。


「……どうしてこんな世界になったのか――尋ねても答えはありませんね?」


 これは記憶を再現する空間だろうから。

 自分の知らない情報を知る事は出来ないだろう。


「左様です、陛下」


 言いながら、ランドールが剣を抜く。


「ならばかかって来きなさい」

「ははッ! 参りますッ!」


 そのランドールの踏み込みは、先程の家臣達より遥かに速い。

 段違いと言っていい。が――


 袈裟斬り、からの回転しての横薙ぎ、そして切り返し――

 その全てをイングリスは見切り、踊るような足捌きでかわしていく。


「だあああぁぁっ!」


 気合を込めた連続突きも全て紙一重で避け――


 ぴたり。


 最後の一突きを、指で挟んで止めた。


「ぬううぅぅぅっ!?」

「……ダメですね。ここは」


 仮にもランドールの姿を借りるなら、もっと強くして貰わないと困る。

 この空間にはこの空間の、生み出せる強さの限界があるのだろう。

 だから、完全に再現できないのは仕方が無い。

 とはいえ、この程度の者に国を継がせたと思われても困るではないか。


「あまり趣味が良くありません」


 呟きながらイングリスが放った上段蹴りはランドールを弾き飛ばし、消滅させた。


「このまま進めば、また同じような事に――」


 女神アリスティアの姿など出されたら――

 イングリス王は女神アリスティアに恋慕に近いような感情を持っていた。

 彼女を慕うがあまり、勝手に操を立てて生涯独身を貫いたのだ。


 それを殴り飛ばすなどしたくない――

 と、いう事は確実にそれが出るだろう。ここはそういう空間だ。

 本人にとっての疑念や後悔や苦手意識――そういったものを見い出して襲わせる。

 それに打ち勝つのが、力だけでなく精神も問われるという言葉の意味だろう。


「正直に付き合う必要もない。か――」


 イングリスは頭上を見上げ、掌をかざす。

 そこに霊素(エーテル)が収束して行き、巨大な青白い光の弾丸を形成していく。


 ここは魔印武具(アーティファクト)の生み出した異空間のようだが――

 その魔印武具(アーティファクト)を上回る圧倒的な破壊力を叩きつけられたら?

 それを今、試す!


霊素弾(エーテルストライク)!」


 バリイイイィィィィィィィィン!


 ガラスの割れるような音を立てて、霊素弾(エーテルストライク)が空間の壁を破壊して撃ち上がって行った。

 上は何層にもなっているらしく、いくつもの空間の天井を貫いていた。


「上があるなら、上に行ってみようかな」


 イングリスが地を蹴ろうとした時――


「な、何ですの今のは……!?」


 天井の穴から、騎士科のリーゼロッテが顔を覗かせていた。


「なるほど。他の人の所に繋がったんだ」


 イングリスはそう呟きながら地を蹴り、リーゼロッテの側に飛び上がった。


「こ、これはあなたがおやりになられたのですか……!?」

「うん。まっすぐ進むだけなのも嫌だったから」

「こんな得体の知れない空間を破壊するとは――そんな事ができるなんて……あ、あなたは何者ですの?」

「ただの従騎士だよ? ラフィニア・ビルフォードの」

「それは存じておりますわ、イングリスさん。あなたは何につけても目立ちますもの」

「そう?」

「そうですわ。ですが、ラフィニアさんの従騎士ならば、彼女にあまり級友を嫌うものではないと仰っておいて下さいませ。わたくしは、ラフィニアさんを敵視するつもりはありませんのよ?」

「ああ……ラニはレオーネの事で怒ってたから」

「仕方がない事ではありませんか? あの方自身よりもあの方の状況を考えれば、迂闊に信用してはいけませんし、距離を置くのは当然でしょう? わたくしも、これでも一国の宰相の娘です。用心深くなくてはいけませんのよ?」

「まあ一応言っておくけど……それより、調子はどう? 無事に出られそうだった?」

「あまりよろしくありませんわね――ここは嫌な事を思い出させてくれます。それにうんざりしていた所ですわ」


 と、リーゼロッテはため息を吐く。


「わたしもだよ。だから無理やり別の出口を作ってみようかなって。一緒に行く?」


 イングリスはさらに上に続く層を指差す。


「面白いですわね。この悪趣味なテストの意図をぶち壊してやる事が出来るのですわね」

「うん、そうなるかな」

「では共に参りますわ。上に行くのですわね?」

「そうだよ。じゃあ行こう」


 と、イングリスは更に上に飛び上がろうと腰を落とし――


「お待ちになって。その必要はありませんわ」


 そう言うリーゼロッテの背中に、純白の翼が出現していた。

 彼女の携える魔印武具(アーティファクト)斧槍(ハルバード)の形状をしているが、その奇蹟(ギフト)がこの翼なのだろう。


「わたくしの手をお取りになって。上までお連れしますわ」

「ありがとう」


 彼女の手を取ると、ふわりと体が浮いた。

 いくつもの層を通り抜けて、上へ上へと進んで行く。


 そして、ある層に差し掛かったところで声が聞こえた。


「やめて! お兄様に何をするの!?」


 小さな女の子の声?


「どきなさい! あなたは間違っているのよ! そんな人庇わなくてもいいの!」


 そしてこの声は――レオーネだ。

 一体何が起きているのだろう――

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