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第63話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー13

「テストの内容自体は簡単です。今から皆さんにをある所に送り込みますので、制限時間内に戻って来てもらいます。それが出来れば合格です」

「ある所とは?」

魔印武具(アーティファクト)の生み出す異空間です」

「そんな魔印武具(アーティファクト)もあるんですね」

「ええ、貴重品ですよ。その異空間を『試練の迷宮』など私達は呼んでいますが、そこでは力だけでなく精神も問われる事になります。場合によっては、辛い思いをする事になるかも知れません。それでも構いませんか?」


 ミリエラ校長が普段はゆるい表情を引き締めていた。

 だが迷う事は無い。イングリス達ははい、と応じる。


「いいでしょう。では――」

「ちょっとお待ちくださいな!」


 と、別の方向から声がかかった。

 見るとアールシア宰相の娘である騎士科のリーゼロッテだった。

 その左右には従騎士科にいる赤と青の髪の双子が控えている。

 赤い髪の少年はバン、青い髪の少年はレイというそうだ。


「リーゼロッテさん。どうしました?」

「特別課外学習の許可は優秀な生徒の証です。それを同学年で一番に得るというのは、名誉の証! その方達だけに機会が与えられるのは不公平ですわ! わたくしもテストを希望します!」


 彼女の言う事ももっともではある。

 機会は均等に与えられていいだろう。

 ミリエラ校長もそう思ったようで、彼女の言葉に頷いていた。


「それは、リーゼロッテさんの言う通りですね。ではあなたの参加も認めます。他にも参加したい方がいれば、受け付けましょう。ただし誰でもとは言えませんし、相応の危険は覚悟して頂きます」


 ミリエラ校長がそう呼びかけ、他に何人かの生徒がテストを受けたいと申し出ていた。

 その中には先程のプラムもいて――


「やめとけってプラム……! お前鈍くさいんだから、一人で行ったら大怪我するぞ!」

「いいえ、やります……っ!」

「校長先生、こいつを止めてくれよ!」

「こちらの基準としては、プラムさんのテスト参加は許可します」

「えぇぇ……! じゃあ俺も……! 俺は――!?」

「うーん……ごめんなさい」

「だよなぁ――はぁ……」

「大丈夫なの?」


 イングリスは心配になりプラムたちに声をかける。


「大丈夫です。あなたには負けられませんから――」

「?」


 何だか対抗意識を燃やされているようだが――?

 あの後ラティはプラムに何と言ったのだろう。

 ちゃんとした言葉をかけてあげれば、プラムも無茶をしようとしないだろうに。


 イングリスに彼女を止める権利もつもりもないので、別に構わないが。


「それではテストを開始しますよ。皆さん集まって下さい」


 校長が皆の前に立ち杖の魔印武具(アーティファクト)で地面をトンと叩くと、イングリス達の前に無数の扉が浮き上がるように現れた。

 その光景に、周囲からおおっと歓声が上がる。


「すごい――」


 魔素(マナ)の動きが複雑過ぎて、全く理解できない領域だ。

 あの杖の魔印武具(アーティファクト)は余りにも様々な能力を発揮し過ぎているように思うが――実は似たような見た目の別物なのだろうか?

 いずれ詳しい事を知ってみたいものだ。


「さあ皆さん、好きな扉に進んで下さい。その先には皆さんそれぞれに相応しい試練が待っていますから――」


 イングリスは、一番手近な扉の前に立つ。


「ラニ、レオーネ。二人とも気を付けてね」

「うん、頑張ろうね!」

「ええ。絶対にクリアして見せるわ!」


 イングリス達はそれぞれの扉に入る。

 中に足を踏み入れると扉が閉まって消えてしまい――

 そして薄暗い空間に一人、取り残された。


「ここは……?」


 ここが『試練の迷宮』なる異空間か――どんな敵と戦えるのだろう。

 イングリスはわくわくとしながら、一歩を踏み出す。

 よく分からない謎の空間ではあるが、奥の方に白い光の輝きが見える。

 あそこを目指して歩いて行けばいいだろうか?


 少し歩くと、目の前にふっと人影が。

 それは先日倒したばかりの、魔印喰い(ルーンイーター)と呼ばれていた怪人だ。


「おお。これはいいね」


 この空間は対象の記憶の中から、敵を再現してくれるのだろうか。

 手応えのある敵と何度も戦えるのは、素晴らしい事ではないだろうか。


 しかしイングリスがよしと身構えると、怪人はふっと歪んで姿を消してしまった。


「あれ……?」


 仕方なくそのまま歩を進める。

 今度は、血鉄鎖旅団の首領である黒仮面が姿を見せた。

 イングリスは再び身構えるが――それも姿を消してしまう。


「?」


 それからも、色々な者がイングリスの前に姿を見せた。

 血鉄鎖旅団の天恵武姫(ハイラル・メナス)のシスティア。

 魔石獣と化してしまった姿のセイリーン。

 同じく魔石獣と化してしまった姿のラーアル。

 元聖騎士のレオン。

 この国の天恵武姫(ハイラル・メナス)のエリス。


 だが皆、戦う前に姿を消してしまう――


「あ、ラニ」


 小さい頃のラフィニアもいる。

 今も可愛いが、やはり小さな子供の可愛らしさは格別だ。

 イングリスはその姿に目を細める。


 小さな頃のラファエルもいる。

 父リュークや母セレーナの姿もある。

 両親の姿を見せられると、やはり懐かしい気持ちになる。

 久しぶりに顔が見られて嬉しい。


 しかし今の所自分の記憶を見せられただけで、何の敵も現れないのだが――?

 それももう赤子の頃の記録まで遡っている。

 だがまだ、空間の先はあるようだ。


 さらに進んで行くと――

 親を見失なった迷子のような、不安そうな表情をしている大人たちの姿が。


「これは……!」


 前世の、イングリス王の記憶だ。

 居並ぶのは、王の崩御を見守った家臣達だ。


「前世の記憶……」


 彼等の顔も懐かしいが、問い質したい事もないわけでもない。


「お前達は――わたしが去った後のシルヴェール王国をどうしたというのだ? 人が人を天の上から見下す世界など、作っていいと言った覚えはないぞ?」


 武を極める上では、物騒なこの世界は都合がいいが――

 だからと言って、彼等にそうせよと命じたつもりもない。

 決して前に進んだとは言い難い世界だ。何故そうなったのか?


 しかしこれは異空間の生み出す幻。

 彼等に答えがあるはずもない。


「くくく……あなたの時代は終わったのですよ」

「さよう。時代に取り残された王は、最早必要ありません」

「再び眠らせて差し上げよう――」


 数十に及ぶ家臣達が、一斉に武器を取り出しイングリスを取り囲んだ。

 イングリスは身構えると、にやりと笑みを見せる。


「おもしろい――お前達も、書類仕事ばかりで体がなまっているだろう? 稽古をつけてやるぞ。さぁ来い」


 イングリスが手招きをすると、前後左右から一斉に家臣達が襲い掛かって来る。


「はあぁぁっ!」


 イングリスは後方に高く跳躍をする。

 華麗な身のこなしで宙返りをしつつ、後方から迫る敵の背中に蹴りを叩き込んだ。


「ぐぉぉぉっ!?」

「うおあっ!?」


 蹴りで吹き飛んだ敵が左方向の敵と衝突――した瞬間には、既に高速で移動したイングリスが目の前に滑り込んでいる。


「もう一発!」


 そこに中段の回し蹴りで追撃する。

 蹴られた二人の敵が残りの二人にそれぞれ当たり、もんどりうってその場に転がる。


「おおお……!?」


 と驚く別の家臣の目の前に、フッとイングリスの姿が現れる。


「余計な――!」


 掌打がその彼の腹に突き刺ささった。


「な、なんと速い――!?」


 更に別の男の前に移動。


「口を――!」


 今度は肘打ち!


「み、見えない……!?」

「叩いておる場合かっ!」


 背中側からぶつかる、体当たりが炸裂した。

 その家臣は空間の壁に激突し、そのままふっと歪んで姿を消す。


「やはりなまっておるな、お前達」


 一分も経たないうちに、イングリスは前世の家臣たちの影を殲滅していた。

 それはいいのだが――


「……いけない。喋り方が昔みたいになっちゃった」


 ちょっと反省しつつ、先に進もう。

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