第61話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー11
「かああァァっ……!」
姿の見えぬ怪人の声が響く。
同時にイングリスを取り囲むように、炎の弾や氷の礫や石の槍が一斉に姿を現す。
「!?」
回避だ。しかし――
がしっと肩をつかまれる感覚。何かが密着して組み付いてくる。
「ん……?」
それは姿を隠していた敵自身だ。もはや不要と判断したか、姿を現してきた。
こちらは手首を掴んで相手の剣を止めたが、向こうは逆に更に密着してこちらの動きを止めに来たのだ。
そして周囲を取り囲む複数属性の弾の数々。
まるで多人数で一斉に魔術を行使したかのような物量だ。
このまま放てば、あちらも巻き添えだろう。
それでも放つのか……!?
「所詮女のチカラ、だ……喰らエ!」
宙に浮かんだ炎や氷や石が一斉に動き出す。
避けようにも、怪人はがっしりとイングリスに組み付いていた。
動きが封じられているのだ。振り解こうとしても動かない。
今のままでは――だが。
「……断りなく女性に抱き着くのは、感心しませんね」
イングリスは自分にかかっていた高重力の負荷を切った。
体全体にかかっていた重しが消え、一気に体が軽くなる。
この能力は、自己鍛錬には非常に都合がいい。
覚えて以来、特に必要がない限りは常に高重力の負荷を自分にかけている。
これを覚えられただけでも、騎士アカデミーに入った価値があったと断言できる。
「はあぁぁっ!」
力任せに怪人を振り解くと、イングリスは高く跳躍する。
頭上には弾が展開されていなかったのだ。
廃屋の壁を蹴上がり屋根に上りつつ、下の様子を目で追った。
イングリスに振り解かれた怪人は、自ら生み出した無数の弾に襲われていた。
炎の弾や氷の礫や石の槍。それらが一斉に彼を撃つ。
――が、それらは着弾寸前で何かに吸い込まれるように消失して行った。
結果、敵には全くダメージがなかったように思える。
「自分で撃った弾を自分で吸収してる……?」
これができるから、イングリスを組み止めて自分ごと撃とうとしたのか。
自分にはダメージがないのなら、それは確かに有効な戦術だろう。
イングリスが敵の群れに突っ込み、それを丸ごとラフィニアが光の雨で攻撃する通称『囮ごとどっかん!』作戦に発想は近い。
「クククく……」
怪人もイングリスを追って廃屋の屋根に飛び上がって来る。
その手の内には再び二刀の氷の剣が出現している。
このまま姿を消して、また斬りかかって来るか――
今度は更に、炎や氷や石の弾も複合してくるだろう。
素手で身をかわすだけでは、少々手こずるか。
だとしたら、こちらも――
イングリスは目の前で展開されている
先程までは高重力を自分にかけていたので出来なかったが、今は解除したので手は空いている。
今のところはまだ、
ピキィィン!
澄んだ固い音色を響かせ、イングリスの手の内に氷の剣が出現していた。
「うん。出来た」
これで避けるだけではなく、受け流す事もできる。
たまには剣を使って戦うのもいいだろう。
肉弾戦ばかりで剣の腕を鈍らせるのもよろしくない。
「さあ仕切り直しですね。どうぞ全力でかかってきて下さい」
怪人の姿がふっと掻き消える。
これはかなり複雑な
足音が迫って来る。
見えない氷の刃が襲い掛かってくる。
イングリスは見えないそれを頭の中で補完し見切り、受け流して見せた。
カキンカキンカキンカキン――!
氷の剣同士が斬り結ぶ音は、鋼のぶつかり合いとは違い澄んだ楽器のようだ。
「今だ……喰らエ!」
頭上まで網羅した全周囲に、炎の弾や氷の礫や石の槍が一斉に姿を現す。
先程と同じ攻撃に、頭上の逃げ道も塞いで来た。
「そのくらいは想定内です」
イングリスは見えない敵と斬り結びながら、降り注ぐ弾をあるいは避け、あるいは氷の剣で受け流す。
その舞い踊るような動きはあまりに流麗で、可憐で――
向かい合う怪人の目すら、思わず釘付けにしてしまっていた。
「お、おォ……!?」
「手が止まっていますよ」
反転攻勢!
イングリスの繰り出す剣の速度が一段と増し、氷の剣同士が奏でる音色のピッチが上がる。
だんだんと、姿を消している怪人のほうが圧され始め――
ザンッ!
とうとうイングリスの氷の剣が、怪人の右腕を切り飛ばしていた。
「おああああぁァァァッ!?」
悲鳴と共に斬り落とされた腕だけが、ぽとりと落ちてその姿を露にした。
続いてゆっくりと、のたうつ怪人の姿も現れる。
本人の集中が乱れたせいか、あるいは
分からないが激しく暴れたせいで、屋根からも転落していた。
「クリス! クリス!? こっちなの……!?」
そこに響く、ラフィニアの声。
眼下の路地にラフィニアが追い付いて来たのだ。
「ラニ! あぶない離れて!」
運悪く、ラフィニアが顔を出したのは下に落ちた怪人の目の前である。
「ガアアァァァァッ!」
「きゃっ!? な、何これ――!? これが通り魔……!?」
「も、もっト……! もット
怪人が跳ね起きてラフィニアに突進する。手負いの獣そのものの獰猛さだ。
「このっ――!」
ラフィニアも身構えるのだが、反応が一歩遅れた。
このままでは――
「やらせないっ! はあああぁぁぁっ!」
ラフィニアを護るためならば、自重や遠慮は一切不要。
イングリスは
屋根を蹴り、怪人にもラフィニアにも認識不可能な速さで両者の間に滑り込む。
そして――氷の刃が青い光となって一閃した。
「……覚えておきなさい。わたしにならどんな手を使っても構いませんが、ラニに手を出すなら命はありません」
そう口に出してから、イングリスは厳しく引き締めた口元をふっと緩める。
「まあ、言っても無駄かな」
「で、でしょうね……」
背後のラフィニアが、左右をキョロキョロしながら答えてくる。
そこには、縦一文字に切り裂かれ真っ二つになった怪人の亡骸が転がっていた。
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