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第60話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー10

「……!?」


 イングリスの声にレオンは振り返り、ぎょっとした顔をする。

 やはりレオンだ。間違いない。

 その周りには見覚えのある雷の獣も従えている。


「イングリスちゃんか……!? ますます綺麗になってるなぁ……!」

「一体何故ここに……!?」


 レオンは血鉄鎖旅団に下ったはず。

 という事は血鉄鎖旅団は何かここで行おうとしている?

 やはりファルスが言っていた天上領(ハイランド)との取引を邪魔しようというのか。

 通り魔騒ぎもその一環という事なのだろうか。


 しかしレオンの奥には別の、明らかに異様な風体の男もいる。

 体中にいくつもの魔印(ルーン)を浮き上がらせた怪人だ。

 顔には銀色の仮面を被っており、その人相は分からない。


 市中を警戒していた騎士は、通り魔は魔印(ルーン)を持つ人間を狙うと言っていた。

 魔印喰い(ルーンイーター)だと。

 こちらがそれらしく見えるのだが――

 しかも立ち位置から、レオンはそれに対峙していたようにも映る。


「爆ぜろッ!」


 雷の獣達が轟音を上げて弾け飛び、目を開けていられない程の光が発生する。


「くっ……!」


 イングリスといえども一瞬目を閉じざるを得ず――


「じゃあな! ここは譲るぜ!」


 そんな声が聞こえた。

 そして目を開いた時には、レオンの姿は消え去っていた。

 相変わらず、引き際の素早さは鮮やかとも言える。


 ――だがこの場は終わりではない。

 まだ、レオンと対峙していた魔印(ルーン)だらけの怪人は残っているのだ。


「……あなたは何者です? 魔印(ルーン)所持者を襲う通り魔とはあなたですか?」


 普通魔印(ルーン)というものは一人一つだ。

 魔素(マナ)にも個人個人の性質があり、それに合ったものが魔印(ルーン)として刻まれるわけだ。

 魔素(マナ)を自力で感知したり制御したりする感性を持たない現代人の人々に合わせた仕組みである。


 だがこの男には、いくつもの魔印(ルーン)と共にいくつもの波長の魔素(マナ)を感じる。

 魔印(ルーン)魔素(マナ)も、何人分も重なり合っているように見えるのだ。


 そしてその総計は――イングリスの口元が思わず緩む。

 どうやら久しぶりに歯ごたえのある相手と巡り会えたようだ。


「できれば、わたしも襲っていただきたいのですが」

「――いら……ん。マズそうな女……だ」


 ややたどたどしく、だが返事は返ってきた。


「これでも見た目はよく褒められるのですが」

「どうでも……いい。魔素(マナ)だ――」

「では、これでは?」


 イングリスは身に纏う霊素(エーテル)魔素(マナ)に変換して見せた。


「おおおおおおおっ!?」


 怪人は狂喜の叫びを上げていた。


「よこせえぇぇぇぇぇっ!」


 こちらに飛びかかろうと身構える。


「はい、どうぞ。取れるものなら、ですが」


 イングリスはにっこりと笑いながら怪人を手招きした。


「があああぁっ!」


 姿勢を低くした怪人が、獣のように雄叫びを上げて突っ込んでくる。


 ――かなり早い!

 天恵武姫(ハイラル・メナス)の動きにも負けていないかも知れない。


 しかし反応できないと言うほどでもない。

 猛然と繰り出される拳や蹴り、体当たりをイングリスは紙一重で見切って避けて行く。


「おおおぉっ!?」


 攻撃が当たらない事に焦れ始めたのか、男の攻撃が段々大振りになって行く。


「どうしました? その魔印(ルーン)の力を見せて下さい」


 掬い上げるような軌道の拳を避けざまに、相手の脇腹に掌打を撃ちこんだ。

 その勢いで敵は近くの廃屋のを囲う塀を破壊し突き抜け、壁に叩きつけられた。


「があぁっ!? クク……」


 相当な衝撃はあったはず――だが、男は何事も無かったかのように立ち上がる。

 これはかなりの耐久力だ。おもしろい。


 男の身体の魔印(ルーン)のいくつかが輝きを増す。

 ピキンと凍りつくような音を立て、両手の内に研ぎ澄まされた氷の刃が形成された。

 そういう効果の魔印(ルーン)だという事か。


 そして再び地を蹴り、こちらに突進してくる。


 ――先程よりも早い!


「なるほど……!」


 繰り出される二刀の氷の刃を、イングリスは舞うような華麗な身のこなしで避ける。

 その最中――敵の身体の魔印(ルーン)に別の輝きが宿り、その姿がかき消えた。


「……!?」


 ヒュンヒュンヒュンッ! 


 そして見えなくなったまま、敵の攻撃は続行される。

 気配と肌に触れる空気や音を頼りに避ける――

 が、確実に先程までより攻撃を捌く難易度が跳ね上がっている。

 長い銀髪が敵の刃に触れ、はらりと一房その場に散った。


「……やりますね!」


 避け続けるといずれは追い込まれる。

 ならば、とイングリスは見えない敵の攻撃を見切り、両の手首を掴んで止めた。


「なんだ……と――」


 男の動揺する気配が伝わる。


「まだまだですよ……まだ輝いていない魔印(ルーン)も全部見せて下さい。せっかくですから、ね? お願いします」

「ぬ……う……!」


 イングリスは愛想よくお願いしたつもりだった。

 が、逆に相手を怯えさせてしまったようである。

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