第59話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー9
「できれば――」
と、イングリスは目の前で頭を下げる男に微笑みかけた。
「あなたも挑んで来て下さるほうが楽しめるのですが?」
可憐でたおやかな笑顔とは裏腹の、かかって来いという挑発。
青年は慌てた様子で首を振る。
「い、いやあ俺はいいよ俺は! 俺の腕もせいぜいあんたがぶっ飛ばしてあそこで伸びてる奴と同程度さ。まるで相手にならねえよ」
「またまた、ご謙遜を」
「け、謙遜じゃねえって! がっかりさせて悪いけどよ!」
「そうですか? 残念です」
「と、とんでもない美人なのにとんでもない武闘派だな……と、とにかく舐めた真似して悪かった。俺はファルス・フアーゴってもんだ。ランバー商会の代表をやらせてもらっている」
「あなたが? イングリス・ユークスです。はじめまして」
「実ははじめましてじゃねえんだよ。そっちのラフィニア・ビルフォードお嬢様もな」
「あたしたちの事知ってるんですか?」
「ああ。もう十年近くも前になるか? うちの武装行商団がユミルの騎士団と稽古させてもらったろ? あの時俺もいたんでな。あの時は小さかったが、お二人とも凄い美人になったもんだ。十年ってのは早いなあ」
「そうなんだ、あの時にいた人だったのね――」
「とにかく、中に入ってくれ。一応それなりの飯は用意してある。あんたらに礼をするために来てもらったんだからな」
「わーい♪ やったごちそうだ! めちゃくちゃ食べまくるわよ!」
「ラニ、あんまりはしゃぐとみっともないよ?」
「ははは。いいんだよ、せっかくだからたらふく食ってくれよ」
と笑顔を見せるファルスだが、それから小一時間後――
「いやホントにめちゃくちゃ食うなあんたら!?」
容赦なくテーブルに積み上げられる空の皿の数に、ファルスは悲鳴を上げている。
「ん~♪ 食堂の料理もいいけどこっちの方が高級よね~。おいし~♪」
「わたしたちのおこづかいで食べられる量と質じゃないから、今のうちに食べ貯めしておいたほうがいいね」
「うん。あとレオーネのお土産も包んでもらいましょ?」
「そうだね」
「すいませ~ん。これ持って帰ってもいいですか?」
「あ、ああ。おい誰か包んでやれ」
「「ありがとうございます」」
イングリスとラフィニアは可愛らしい笑顔でファルスに礼を言い、それから更に料理に手を付け――
「いやまだ食うのかよ!? とにかく――まあいいや。そのままでいいから聞いてくれないか?」
「なんれすくわぁ?」
「ふぁい? ろうろぉ」
二人ともステーキを口一杯に頬張りながら答えた。
「うちの商会の現状は、さっきまで説明したとおりだ。先代のランバーさんや息子のラーアルさんは
「「ふぁい。あんれそうかぁ?」」
ちょうどその時、二人は油で揚げた鳥の肉を口一杯に頬張っていた。
まるで木の実を口に入れて持ち運ぶ小動物のようである。
「……ホントそのまま聞くなぁ。こっちがシリアスになってるってのに。いや、いいんだけどさ」
ファルスは一つ咳払いをして、続ける。
「実はさ、今度
イングリス達は口を動かしながら顔を見合わせる。
「……ふまひ。にゃにかあっふぁら、けふけっふぁひょたむとたかふぁふぇる――ふぉ」
「ふぁーふぁ。まはきゅふぃふゅのひょうひが……」
「りゃにはあふひゃいかふぁ、ひゃめておきゅ?」
「いひゅふぁよ。おきょつきゃふぃもふぉしいひ、りゅよーねふぁきふぁらふぃににゃるきゃもしれにゃいれひょ?」
「んんひょうかも。ひょひひゃへず、きゃえってこうひょううしぇんしぇにはなひふぇみひょうきゃ?」
ファルスはふう、とため息を吐く。
「うんうんまあそれで会話が成立してるんなら、別に俺はいいけどさ……」
二人の間で話は纏まったので、イングリスは口の中のものを飲み込んで返事をする。
「戻ったらアカデミーの校長先生に相談しますね。許可を頂ければお受けします」
「おおそうか――ありがとう! 助かるよ!」
「こちらこそ」
と、イングリスは笑顔で応じる。
もし何かがあれば、最前線で強敵と戦える可能性が高い。
それは得難い実戦の機会である。実戦に勝る修行は無いのだ。
報酬付きでそんな機会を提供してくれる事には、ありがとうと言わざるを得ない。
そうして話を終えた後、イングリス達は帰りの馬車に乗せて貰った。
「通り魔が出るって言ってたよね。出ないかな?」
「わくわくしないの! もう……! あたしは何も言わないわよ、噂をすれば影って言うし――!」
ぎゃあああぁぁぁぁ!
うわああぁぁぁぁっ!
夜の闇を劈く悲鳴が飛び込んで来た。
「お? 食後のいい運動になるかもね」
イングリスは早速馬車の外に身を躍らせる。
「ああもう……!」
ドゥゥゥン!
ラフィニアも馬車を降り――た瞬間、馬車の頭上にあった時計台が弾けて折れた!
「ラニ! 危ない!」
イングリスは飛び上がり、大きな瓦礫や残骸を弾き飛ばし、受け止めた。
着地した時には、体より大きな時計台の先端部分を担いでいる。
「大丈夫だった?」
「うんありがとう、クリス」
ラフィニアは慣れたものだが、馬車の御者の男性は驚愕していた。
「す、すごいお嬢さんだ――
「ここで待っていてください。様子を見てきます」
イングリスは声のした方に走る。
それは時計台を破壊したものが飛んで来た方向と同じだ。
そしてそれは――あれは、雷を凝縮したような雷の獣の姿をしていなかったか?
だとすれば、イングリスはそれに見覚えがある。
イングリスは路地裏に駆け込み、ニ、三の角を曲がって――
そしてその姿を見た。
青紫に輝く棘付の鉄手甲を装備した男――
そしてそれと向かい合う、全身にいくつもの
「レオンさん……!?」
イングリスは思わず、その名を呼んでいた。
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