第58話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー8
カラカラカラ――
馬車の車輪の乾いた音が、外から耳に入って来る。
窓の外の夕暮れの光景を眺めるイングリスに、対面に座っているラフィニアが話しかける。
「レオーネも来ればよかったのにね」
レオーネは先方からのお礼をしたいという招きに「私はいいから行って来て」と答え、断ったのだ。
なので今日は、授業後にイングリスとラフィニアが二人でお招きに預かる事になった。
「仕方ないよ。ランバー商会には怨まれてても不思議じゃないって考えたんだよ」
ランバー商会はラーアルの父が営んでいたものだ。
今どうなっているのかは知らないが――商会の主の息子であるラーアルに
その事があちらに知られていれば、レオーネまで逆恨みされている可能性は否定できない。
「それを言い出すとあたし達もだろうけど――でもレオーネは気にしちゃうか。大分落ち込んでたもんね」
「うん。これ以上傷つきたくないんだろうね」
「だけど、このままじゃずっとこのままよ? 何か機会があれば……」
「そうだね。レオーネも分かってると思う。けど今は、ちょっと疲れちゃってるんだよ。元気が出るまで待ってあげよう?」
「……そうよね、無理強いはしちゃいけないもの。じゃあとりあえず、何か美味しいものをお土産に持って帰ってあげよ!」
「それがいいね。そうしてあげよう」
「うん――ねえクリス? あたし思うんだけど、あたしはラファ兄様の妹だからって皆がちやほやしてくれるじゃない? だけどレオーネはその逆。レオンさんの妹だからって、皆に悪い目で見られる……だからこそ、あたし達がレオーネを支えてあげなくちゃいけないと思うの。レオーネはいい子だもの。クリスも手伝ってくれるわよね?」
「もちろんだよ。偉いね、ラニ」
イングリスはラフィニアの黒髪を優しく撫でる。
ちゃんと自分の事も認識できているのが偉い。これは自分の欲目ではないはずだ。
「ふふっ。クリスがそう言ってくれるなら、安心かな」
「そう?」
「うん。あたしの経験上ね?」
と話しているうちに馬車が止まる。
「着いたのかな?」
「でも道の真ん中だよ?」
迎えの馬車が学園まで来てくれて、御者の男性曰く商会の所有する館まで案内するとの事だったが――?
「失礼、中を改めさせて頂く!」
と、王国の紋章入りの鎧を纏った騎士が、馬車の扉を開けた。
「む――君達は騎士アカデミーの候補生達か?」
「はい、そうですけど――」
「何かあったんですか?」
「ここ数日、夜間の街中で人が殺される辻斬り事件が頻発している。そのために市中を警戒中なんだ」
「えぇっ!?」
「そんな事件が……?」
イングリス達はまだ王都に来たばかりであるし、アカデミーは全寮制なので街の様子はあまり分からなかった。
「狙われているのは
「犯人に目星は付いていないのですか?」
イングリスの質問に、騎士の男は首を横に振る。
「いや、分からん。近頃勢力を増してきている血鉄鎖旅団の仕業じゃないかとは言われているが――近々また
「分かりました。どうもありがとうございます」
「気を付けます。ありがとうございました」
二人が礼を述べると、騎士は馬車の扉を閉めて離れて行った。
馬車は再び動き出し、その中でイングリスはにやりとした。
「
「……あーあ、何か大変な事が起きそう」
「そう?」
「うん。クリスがニヤッてしたら、ロクなことにならないから。あたしの経験上ね?」
「失礼な」
「それにしても、ラファ兄様が王都にいればすぐに何とかしてくれるんだろうけど」
「まだ
「うん。戻ったら連絡があるはずだし。それに、ウェイン王子もそちらに向かったって聞いたわ。その護衛にエリスさんも一緒らしいわよ?」
「今は結構手薄だって事だね。でも、よく知ってたね?」
「うん。ほら、色んな人があたしの所に話に来るでしょ? 中には王都の騎士の家の人とかもいるから、教えて貰ったのよ」
「なるほど」
と、馬車が再び止まり御者から到着した旨を告げられた。
そこは、大きな住宅が立ち並ぶ区画の中でも、特に広い庭を持つ屋敷だった。
「どうぞこのまま中にお進み下さい」
「分かりました」
「ありがとうございます」
イングリスとラフィニアは、庭園のように手入れされた庭を進んで行く。
もう夕暮れの時間も終わり、辺りは薄暗い闇の中だ。
「ラニ。ちょっと止まって」
「? なに?」
「そのままでね」
イングリスはそう言い置いて、一人で前に進む。
そして――
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
風切り音と共に、イングリスに向けていくつもの矢が飛来する。
「クリスッ!?」
「ん。大丈夫だよ」
事も無げに応じるイングリス。
目にも止まらぬ速さで動いた手の指の間に、飛んで来た矢が全て挟まっていた。
「ぜ、全部止めたの!?」
「うん。気配は分かってたから。やっぱりわたしたちも怨まれてたのかな?」
とは言え微妙に狙いは外れていたような気もするし、矢尻も尖っていなかったりする。
何のつもりかはわからないが。
「騙し討ちって事……!?」
「かもね? でも――」
ばばばばばっ!
イングリスは一斉に、指の間に受け止めた矢を投げ返す。
「うわああっ!?」
「いってええぇぇっ!?」
「な、何てこった……!」
「撃ち返されるなんて!?」
周囲の木陰や植木の陰から、男達が悲鳴を上げて飛び出してくる。
「こういう歓迎も、わたしは好きだよ」
イングリスは嬉しそうに微笑を浮かべる。
「……ああ、ロクな事にならない顔だ」
ラフィニアが、はあとため息を吐く。
「おい狼狽えるなテメェら! 気配さえ読めてりゃ難しい事じゃねえんだ。おいお嬢ちゃん、俺が相手してやるぜかかってきな」
頬に傷のあるがっしりとした男が進み出て、イングリスに立ち塞がった。
手には中級印の
「ではお願いします」
「おう。思いっきりかかってきな――ああぁぁぁぁぁっ!?」
真っ直ぐ突っ込んで軽く放った肘打ちが、男を弾き飛ばし屋敷の壁に叩きつけていた。
気絶したらしくそのまま立ち上がって来ない。
「さあ、次の方どうぞ?」
イングリスはにっこりと、男達に笑顔を向ける。
「「「ひいいぃぃぃっ!?」」」
完全に腰が引けた男たちが悲鳴を上げる。
「待った! あんたの実力はよーく分かった! 済まない、もう勘弁してやってくれ!」
屋敷の建物の方から若い男がやって来て、イングリスに頭を下げた。
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