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第56話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー6

 翌日――

 今日はラフィニア達の騎士科と、イングリス達の従騎士科の授業が別々の日だった。


 騎士科が魔印武具(アーティファクト)を用いた実戦訓練などをしている時は、従騎士科は機甲鳥(フライギア)の個人飛行訓練や整備の勉強などをする。

 座学や基礎戦闘や機甲鳥(フライギア)の合同演習の日は騎士科と合同の授業だ。


 イングリス達従騎士科の新入生は、アカデミー本舎の正門前に集められていた。

 その前に立つのは筋骨隆々で禿頭の大男だった。

 教官の制服が、筋肉ではち切れんばかりである。


「諸君ら従騎士科第一回生の担当教官、マーグースだ! いいかよく聞け! 諸君ら従騎士科は魔印(ルーン)魔印武具(アーティファクト)を持たぬが基本! だがその一点を以て、諸君らが彼らに劣るなどと考えるは早計だ! 我々の戦いとは対魔石獣のみにあらず! 魔印(ルーン)を身につけられぬなら、己の肉体を鍛え上げその差を埋めて見せればいいッ! 諸君らには、騎士科の数倍の身体的鍛錬を積んでもらうぞッ! まずは機甲鳥(フライギア)ドックまで走って向かう! さぁついて来い!」


 と、教官自らボルト湖方面に走り出す。


「ええぇぇぇっ!?」

「いきなり機甲鳥(フライギア)全然関係ないんだけど……!?」

「はやっ!? 見失っちまうぞ!」

「と、とにかく付いて行くしかない!」


 皆がマーグース教官の後を追って駆け出した。


「……こういうのも悪くはないかな」


 やはり教官も言うように、肉体の鍛錬が基本中の基本。

 だが、ただ走るだけなのも芸がない。


 イングリスは昨日見た重力負荷を生み出す魔印武具(アーティファクト)奇蹟(ギフト)の効果を早速再現してみる。

 ――魔素(マナ)の動きや配置のパターンはちゃんと覚えている。

 が、複雑で繊細な動きだ。それを上手く再現できるかが問題となる。


「ん……」


 瞳を閉じて集中し、まずは霊素(エーテル)魔素(マナ)に変換。

 身の回りに纏ったそれを制御し――

 あの奇蹟(ギフト)のように、高重力を広域展開するという高等な事は必要ない。

 単に自分一人だけに高重力の負荷がかかるように。


 奇蹟(ギフト)の一部だけを再現するという事だ。

 それならば、まだまだ未熟な自分の技術でも――


 がくん!


 体が地面に沈み込むような感覚がする。

 トントンと軽くジャンプする。いつもより自分自身が重いのが分かる。


「おっ……出来た――!?」


 負荷としては体重の数倍という所か?

 まだまだ軽いと言えるが、もっと上達すればもっと重くも出来るだろう。

 とりあえず、何もしないよりは訓練の効率は段違いだ。


「よし……! 今はこれで十分かな」


 最も遅れて最後尾から駆け出すイングリス。

 しかし、重力の負荷をかけつつ最後尾から出発してもなお――

 あっという間に先頭を行くマーグース教官に追いついた。


「フハハハハ! 無理はするなよ諸君! 初めから私について来れる者などおらんのが当たり前だッ! 私を見失った者は、近くの住民に道を尋ねてドックまでやって来るがいいぞ――おおおぉぉぉぉっ!? い、いつの間にいぃぃぃぃっ!?」

「教官。先に行っても構いませんか?」

「か、構わんが君――道は覚えているのか……!?」

「……そう言えばよく覚えていません。では今日の所は付いて行きます」


 少々物足りないが、重力負荷を更に上げられないか試みながら付いて行く事にしよう。

 ――そこに、後ろから影が。


「ふんがああぁぁぁっ! 待てえぇぇぇぇっ!」


 それは背の低い、負けん気の強そうな顔をした少年である。

 必死の形相でイングリス達に追い縋ってくるのだ。

 確か高重力下での訓練で活躍していた――ラティという名前だったか。


「おお。凄いね」


 この少年は魔印(ルーン)も無くイングリスのように神騎士(ディバインナイト)でもない正真正銘の常人だ。

 本当に単に足が速いだけなのだろう。必死に頑張っている姿が微笑ましい。


「くっそ涼しい顔しやがって――! こっちは死にかけてんだよ……っ!」

「ハハハハ! 今年の従騎士科は見込みのあるヤツが揃っているな! 結構結構!」

「私達もお忘れなく」

「そうだっ! こんなのに追いつくなんてワケねえぜ!」


 更に青い髪の少年と赤い髪の少年が追い付いて来る。

 髪色は正反対だが、この二人の顔立ちはそっくりだ。双子だろうか。

 何となく顔を覚えている。

 確か、高重力下での訓練でリーゼロッテのお付として彼女を守ろうとしていたはずだ。


 つまり彼女の従騎士という事なのだろうが――

 この二人の場合手に魔印(ルーン)が輝いており、それは中級印だった。

 勿論騎士科に入る事も出来たのだろうが、リーゼロッテに将来仕えるためにあえて従騎士科を選択しているという事なのだろう。


 他にも魔印(ルーン)を持っている者もいたが、皆下級印で中級印は彼等だけだ。

 リーゼロッテは国王の右腕であるアールシア宰相の娘だと聞く。

 今をときめく権力者の娘だ。従騎士も奮発しようという事なのだろう。


 彼ら二人は魔印武具(アーティファクト)の剣を携えている。

 魔印武具(アーティファクト)はその力を発揮するとき、持ち主の身体能力を引き上げる効果も持つ。

 その機能に頼って付いて来ているようだ。彼等から魔素(マナ)の流れを感じる。

 確かにマーグース教官は、魔印武具(アーティファクト)を使ってはならないとは言っていない。


「ううう……! くっそ……!」


 ラティがじりじりと遅れそうになって行く。


「おいおい無理すんなよ? お前みたいな一般人は、後からチンタラついてくりゃいいんだよ?」

「さよう。人間無理に背伸びをするものではありませんよ」


 リーゼロッテの従者の少年たちがラティにそう言っている。

 赤い髪の少年の口調がやや粗暴で、青い髪の少年が慇懃無礼という感じだ。


「うるせえ! 騎士科じゃ勝ち目ねえからって、従騎士科でデカい顔したいだけだろお前らは! そんな志の低い奴等に負けるかよ……っ!」

「何だコラ!? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」

「フッ……減らず口は叩けるようですが、付いてくる事はできないようですね」


 確かにもうラティは限界だろう。


「……ドックまでの道、覚えてる?」


 イングリスはラティに近寄って耳打ちした。


「あ、ああ……覚えてるけど……っ?」

「じゃあ案内して」


 イングリスはラティの手を取り、殆ど引きずるようにして加速した。


「――先に行きます!」

「どおおおおおおっ!? 早い早いって! ぎゃああああっ!?」

「我慢して。負けたくないでしょ?」


 イングリス達の背中から声がかかる。


「と、到着したら機甲鳥(フライギア)を出して飛行の自習をしておけ――!」

「はい。了解しました」


 振り向いて教官に笑顔で応じ、更に加速。


「な……早い!?」

「う、嘘だろ何だありゃ!?」


 イングリスはあっという間に教官や双子の少年達を引き離して行った。

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