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第55話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー5

 きゃっきゃっ。

 うふふふふっ。

 あははははっ。


 そんな若い女の子たちの声で、周りは賑やかだった。

 イングリスはそんな周囲の様子を見て、ちょっとした罪悪感を感じていた。


 ――何故なら、みんな裸だから。


「目のやり場に困るな……」


 お湯につかりながら、秘かに呟く。

 アカデミーの生徒の三、四割は女性であり、数は多い。

 そしてここは女子寮の大浴場。

 ノーヴァの城の大浴場ほど豪華ではないが、広くて綺麗だ。


 それはいいがやはり利用者が多く、とにかくどこを見ても女の子の裸が――

 ラフィニアにはまだ親族だから、孫のようなものだから、という気持ちが働くのでいいのだが、他の女の子の場合はどうしても邪な感覚が混じるので、それが逆に罪悪感を生む。

 見てはいけないと思いつつも、どうしても見てしまう。


 そんなイングリスの様子を、胸の谷間に挟まってお湯につかっているリンちゃんが不思議そうに見上げていた。


「リンちゃんは楽しそうだね――」


 リンちゃんはイングリスの胸の谷間に入り込んで、大人しく周囲の様子を眺めていたのだ。

 女の子に甘えるのが好きなようなので、好みの子を探していたのかもしれない。

 どうもラファエルには懐かず、レオーネやリップルには懐いていたので、そういう傾向なのは確かだ。


 そこから推測するに、実は元のセイリーン様は女性が好きな女性だったのかも知れない――そうラフィニアが大胆予測していた。

 魔石獣になってしまった事により、理性が薄れて欲望に正直な行動を取るようになっているのだ――とか。

 違っていたらいい迷惑だろうが、リンちゃんは何も言えないので確かめる事はできない。


 いつか、セイリーン様を元に戻すことが出来る日が来たら、明らかになるだろう。

 霊素(エーテル)の技術で何とかなるならば、可能性を追求すべきだと思う。

 血鉄鎖旅団の黒仮面も魔石獣を元には戻せないと言っていた。

 つまりそれが出来れば、霊素(エーテル)の技で彼を超えた証明になる。

 彼の言葉を信じるならば、という条件付きだが。


「どうしたの? イングリス。ラフィニアを取られて寂しいの?」


 と、レオーネが歩いて近づいてくる。

 温まってほんのり桜色に上気した肌に、イングリスと同じくらいに豊かな胸。

 少々肉付きのいい、丸みのある腰回りや太股などは、実はこの位の方が男性にとっては扇情的だったりするのだが――


 それを今のイングリスが言ってもまるで説得力を持たないので、無論言わないでおく。

 ただ、つい見てしまうのだが。

 これを役得と割り切って、楽しめるようになればいいのかもしれないが。


「う、ううん……そんな事ないよ」


 ラフィニアは今、話しかけて来た別の生徒達とにこやかに談笑中だった。

 聖騎士ラファエルの妹である彼女は注目の的であり、本人も愛想のいい明るい性格をしている。

 話しかけられてもにこやかに応じるので、ますます輪が出来、盛り上がっている。


 ラフィニアに人望があるのはいい事だ。

 イングリスとしては気分よくそれを見守ろうと思う。

 ただし、悪い虫は排除するが。


 ここは女の子ばかりなので、安全地帯だ。好きにさせておいて構わない。


「人気者ね……ちょっと羨ましいかな」


 レオーネの境遇を考えれば、そのため息の意味は分かる。

 ラフィニアとレオーネは、自分とは関係のない要因で正反対の状況に置かれている。


「大丈夫だよ、レオーネ。リンちゃんはレオーネのこと好きみたいだよ」


 リンちゃんはイングリスの所からレオーネの胸の谷間に移ろうとしていた。


「あはは。この子、ここが好きよねえ」

「そうだね」

「私達の間を行ったり来たりするけど、何か違うのかしら?」

「さあ? リンちゃん喋らないから」

「どれどれ、あたしが確かめてあげましょう!」


 にゅっとラフィニアの顔がイングリスとレオーネの間に割り込んで来た。


「わっ!? ら、ラニ……! ひゃあぁっ!? だ、ダメだってもう……!」

「い、いつの間に……やだちょっと、どこを……!」


 ラフィニアは二人を抱きかかえるようにして、胸をむにむにと――


「――クリスはもちもちっとして柔らかくて、レオーネはきゅっと引き締まってる感じかなぁ? はぁ~二人ともおっきくていいなぁ……」

「は、離して……!」

「も、もういいでしょ……!」

「ん~? よし、あがってお風呂後のデザート食べに行こうか?」


 アカデミーの食堂はかなり夜遅くまでやってくれているので、まだ開いている。


「うん行こう行こう。だから離してね」

「ま、まだ食べるの……? さっき食後のデザートって凄い食べてたじゃない」

「あたし達ならまだいけるわ……! せっかくタダだし食べなきゃ損だしね?」

「わ、私はもう無理だから、先に部屋に戻るわね? 食べ過ぎたら太っちゃうし……」


 という事でイングリスとラフィニアは食堂に寄ってデザートを堪能し、それから寮に戻った。そうすると、自分達の部屋がある三階の東側の廊下が騒がしかった。


「ですから、わたくしはこんな部屋にはいられないと言っています! 国を裏切った聖騎士の肉親など、信用しかねますわ! いつ寝首をかかれるかも分からない状況に耐え続けろとおっしゃるのですか!? そもそも何故この方の入学が許されたのかが疑問です!」

「いや、それはですねぇ……こちらとしては、彼女自身には問題は無いと判断したという事なんですが――」


 金髪の少女が、ミリエラ校長に食ってかかっていた。


「その御判断に疑問があると申し上げています!」


 高重力下での訓練で活躍していた、リーゼロッテという少女だ。

 手の魔印(ルーン)を見る限り、彼女も上級印の持ち主のようだ。

 イングリス達の同学年に特級印の持ち主はいないようなので、イングリスを除けば上級印を持つ彼女たちが最精鋭と言えるだろう。


 彼女が問題にしているのは、レオーネのことらしい。

 近くに俯いたレオーネが立っている。

 女子寮の部屋は二人で一部屋になっており、イングリスとラフィニアは同室だった。

 そしてレオーネとこのリーゼロッテが同室になったらしい。


 それに異議がある――という事のようだ。


「せめて部屋だけでも変えて下さらない事には、やっていられませんわ」

「はぁ……仕方ありませんね。ええと――誰か代わってくれる人は……?」


 と、ミリエラ校長が何事かと集まっていた生徒達を見渡す。

 しかし皆が、首を横に振るか、もしくは俯いて目を合わさないようにしていた。


 ――誰もレオーネと同室でいい、という生徒はいないらしい。

 レオーネが元聖騎士レオンの妹だという事は、既に広まってしまっている様子だ。


「はい! じゃああたし達の部屋に来て!」


 そこで手を上げるのは言わずもがなのラフィニアである。

 当然ラフィニアならそうするだろう、とイングリスも思っていた。


 自分の正しいと思った事を周囲に流されず貫こうとする所が、ラファエルとラフィニアの兄妹が一番似ている点であり、一番の美点でもある。


「みんなひどい! レオーネはアールメンの街の人のために、一人で魔石獣と戦ってたのよ! 誰も褒めてくれないのに! そんな子が悪い子なわけないでしょ!」

「ラニ。気持ちはわかるけど、落ち着いて」


 ラフィニアは噛みつきそうなくらい怒り心頭の様子だ。

 イングリスはラフィニアの肩に手を置いてなだめておく。

 腹立たしいが見ていないものは信じようがない、という側面もある。


「あたし達は三人部屋でいいですから! いいわよね、クリス?」

「うんもちろん。行こうレオーネ」


 イングリスはレオーネの手を引いて自分達の部屋へと誘った。


「……何度もごめんなさい」


 泣きそうなレオーネは、ぽつりとそれだけを言った。

 その後、リーゼロッテの部屋からレオーネの荷物を取り出して運んだ。


「生徒の反発は予想された事ですが……いきなりこうなっちゃいますか。はぁ――」


 それを手伝ってくれたミリエラ校長が、イングリスとラフィニアに言う。


「……分かっていてよく入学が許可されましたね?」

「まあウェイン王子とラファエルさんの推薦もありましたし――大人の事情ってやつですよねえ。ただ彼女自身上級印の持ち主なので、その才能を腐らせるのは惜しいです。それに、彼女は彼女として尊重されるべきだと私は思いますけどねえ」


 ミリエラ校長はそう言うと、イングリス達に頭を下げる。


「すみませんが、彼女の事をお願いしますね。もう少し大きい部屋が用意できないかは、検討しておきますので――」

「はいっ!」

「分かりました」


 イングリスとラフィニアは部屋に戻り、レオーネも含めもうすぐに眠る事にした。

 嫌な事は眠って忘れてしまうのが一番だ。


「私は床で寝るから」


 と、レオーネは力なく言う。

 本来二人用のこの部屋には二段ベッドが置いてあり、一人があぶれてしまう。


「いいよ。こっちにおいで。一緒に寝よう?」


 下段のイングリスは、レオーネを自分の横に誘い入れた。

 少し狭いが、二人並んで寝られなくはない。


「あっ。じゃああたしもっ」


 何故かラフィニアも上段から降りて来て、三人で川の字になって眠る事になった。

 かなり狭い――

 が、落ち込んでいるレオーネを二人で見守ってあげられたのは良かったかも知れない。

 暫くすると、ラフィニアが先に寝付いてしまったが。


「……ちょっとあれね、音がその――」

「いびきがね。疲れてるとこうなるんだよ。わたしは慣れてるから」

「でも、誰かと一緒に寝るなんてすごく久しぶり。何だか落ち着くかも……」

「レオーネは一人じゃないから。わたしたちがいるから安心してね」

「ありがとう、イングリス――」

「うん」


 イングリスは、静かに肩を震わせるレオーネを抱きしめながら瞳を閉じる。

 昔はやれお化けが怖い、怖い夢を見た、などと言い出すラフィニアをよくこうして宥めていたものだ。

 何だか懐かしい感覚に浸っているうちに、いつの間にか三人とも眠りに就いていた。

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