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第51話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー

 王都の騎士学校こと、カイラル王立騎士アカデミーの入学式の日がやって来た。


天上領(ハイランド)より機甲鳥(フライギア)の供給も始まり――これからは騎士の運用や戦術も大きく変わって来る。諸君らにはその最先端を行き、新たな時代を切り拓く事を期待したい……!」


 壇上に立つ豪奢な衣装とマントに身を包んだ金髪の美青年が、整列した新入生達に向け激励の言葉をかけてくれていた。

 年齢はラファエルと同じくらいか。この人物がラファエルの上司であるウェイン王子だという事だ。

 若く麗しい青年なので、周囲の女生徒達の熱視線を一身に浴びている。

 氷漬けの虹の王(プリズマー)の輸送を発案したのだから、ただ見た目だけでなく、結構な切れ者である事も間違いないだろう。


 この騎士アカデミーの養成課程は基本は三年。成績優秀な者は飛び級も許されるとの事だ。

 入学する生徒達は、基本は貴族や騎士の子弟が多い。


 稀に平民出身の者もいるが、そういう者は大抵がいい魔印(ルーン)を持っている。

 魔印(ルーン)に恵まれたが故に、誰かの後見を受けここにいるという具合だろう。


 そして他国からの留学生も受け入れていると聞く。イングリス達の同年次にも何人かいると小耳に挟んだ。


「わー。ウェイン王子って格好いいわね~」

「ダメだよラニ。勉強しに来たんだから、そんな事言ってちゃ」

「? ちょっとくらいいじゃない」

「ダメ。ラニにはまだ早いよ。ダメだからね」

「はーい。そこだけ口うるさいよねえ……クリスは」

「まあまあ、ウェイン王子は私も格好いいと思うわよ? イングリスは思わないの?」


 レオーネにそう聞かれた。


「思わない」

「じゃあ誰なら格好いいと思うの?」

「う、うーん……?」


 そう聞かれても困るのだが――

 イングリスには、異性を見る目で男性を見ることは出来ないわけで。


「――この間の虹の王(プリズマー)かな。強そうだったから」

「人じゃないじゃない……! 何なのかしら、イングリスって信じられないくらい綺麗なのに、そういう事全然興味ないのね?」

「うん。ないよ」

「勿体ないよね。あたしがクリスの見た目だったら、もうめちゃくちゃ彼氏とか作りまくって遊ぶのになぁ」

「あはは……できちゃいそうよね。大人っぽいし」

「ダメ。ダメだよ何を言ってるの、ラニ」

「そこだけはお母様っぽいのよね~」

「従騎士はお目付け役でもあるからね」


 そう言っているうちにウェイン王子のお言葉も終わり、進行役の教官が声を張り上げていた。


「それではウェイン殿下より、我がアカデミーの校章を授与頂く! 名前を呼ばれた者は登壇せよ!」


 ウェイン王子は、登壇して来た生徒一人一人に声をかけて行った。

 直接声をかけて貰えるなど名誉な事だと、目を輝かせている者が大勢いる。

 王子は人心掌握の方にも余念がないようだ。


「ラフィニア・ビルフォード!」


 ラフィニアが名を呼ばれ、登壇した。

 彼女が聖騎士ラファエルの妹であることは周知の事実。

 ゆえに新入生たちにちょっとしたざわつきが起こっていた。


「あの子が、あの聖騎士ラファエル様の妹か……! 結構可愛いな」

「本人も上級印の魔印(ルーン)持ちなんだろ? 凄い兄妹だなあ――」

「あの子と仲良くなれば、ラファエル様にもお会いできるかも……!」


 そんな様子を見ながら、ウェイン王子は登壇してきたラフィニアに声をかける。


「やあ。君がラファエルの妹だな? よく似ている。彼にはいつも世話になっているよ」

「こ、こちらこそ兄がいつもお世話になっております――」

「ラファエルの妹ならば、私にとっても妹のようなものだ。困ったことがあったら何なりと言ってくれ。出来るだけのことはしよう」

「ありがとうございます」

「ラファエルの妹という事で、君の周りは何かと騒がしくなろうが――気にせず伸び伸びとやってくれればいい。ラファエルもそれを望んでいるだろうから」

「はい、分かりました!」


 ラフィニアに続いて――


「イングリス・ユークス!」


 登壇するイングリスを包むのは、また別のざわめきである。


「すげえ……あんな綺麗な子はじめて見た」

「ああ、ホントだな――でも、魔印(ルーン)はなさそうだから従騎士科かな?」

「あれだけ可愛ければどこにでもお嫁に行けるのに、物好きねえ」


 ウェイン王子の前に出たイングリスは、丁寧にお辞儀をした。


「君は――ラフィニア嬢の従兄妹の娘だな?」

「はい、仰る通りです」

「君達のような従騎士の力を有効活用する事が、これからの戦いの在り方だ。魔印(ルーン)は無くとも、君達の活躍如何で多くの者の道が拓かれる事になるだろう。そういう意味では、未来は君達にかかっている。しっかり励んでくれ。それから、ラフィニア嬢をよろしくな。君がお目付け役なのだろう?」


 イングリスとラフィニアでなくとも、貴族や騎士の子弟が、気心の知れた信頼できる人間を従騎士科に送り込むことは珍しくはないようだ。

 そう言った従騎士は、主人のために機甲鳥(フライギア)を駆る専属となるわけだ。


「はい。微力を尽くします」


 イングリスがウェイン王子の元を辞して少し――


「レオーネ・オルファー!」


 そこで起こるざわめきは、ラフィニアの時とも、イングリスの時ともまた違う。


「お、おいおい。オルファーってあの――?」

「裏切り者レオンの妹……!?」

「よくこんな所に来られたものね――!」


 目の前に立つレオーネに、ウェイン王子が声をかける。


「すまぬ。レオーネ。この声の原因の一旦は我々にある。天上人(ハイランダー)の所業を声に出して糾弾できぬ我々の――」

「い、いえそんな……勿体ない。私が兄を捕らえ、オルファーの汚名を返上すればいいだけの事です」

「うむ――レオンはレオン。君は君だ。私は君を信じるよ。君の未来が輝かしいものであると祈っている。この声に負けず、精進して欲しい」

「はい……!」


 そうして入学式は終了し、早速授業が開始される事になった。

 本来新入生たちは騎士科、従騎士科に分かれているのだが、分け隔てなく全員がアカデミーの敷地内にある運動場に集められた。


 そこには巨大な円盤状の石の闘場が用意してあり、その中心に若い女性が一人、ポツンと立っていた。手には杖の魔印武具(アーティファクト)らしきものを持っている。

 ひらひらと可愛らしいデザインのローブに身を包んだ、亜麻色の髪の美人である。

 小さな丸眼鏡に、にこにことした表情が印象的だ。


「みなさんこんにちは~。私が校長のミリエラで~す。よろしくお願いしますねっ」


 そういえば、校長は先程の式にはいなかった。

 まさかこんな若い女性とは――しかも、このふんわり軽い雰囲気である。

 ただ、そのミリエラ校長の手に輝く魔印(ルーン)は特級印だった。

 聖騎士になれる者の証――つまり、只者ではないという事だ。


「では面倒な前置きはナシにして、オリエンテーションを開始しますねっ! このアカデミーの授業内容を紹介していきますから。まずは全員で準備運動です。はい全員、リングに上がっちゃって下さーい。あ、騎士科の子は魔印武具(アーティファクト)は持って上がっちゃダメですよ~」


 ミリエラ校長が、生徒達にそう呼びかける。


「……いいね。面白そう」


 イングリスは軽くリング上に飛び上がるが――


 ――ガクン!


「!? なっ……!?」


 体が鉛のように重く感じ、思わず着地が乱れたたらを踏んだ。


「ぐおおおぉぉ……お、重い……!」

「た、立てん……!」

「動けん――!」


 周りを見ると、皆膝を着いて、下手をしたら動けなくなる者も出続出している。


魔印武具(アーティファクト)の生み出す高重力負荷です。これがこのアカデミーの戦技訓練の基本ですから、慣れて下さいね~。私達の生徒が戦場で散るなんて悲しいですから、誰一人そうならないよう、も~これでもかってくらいに鍛えて鍛えて鍛えまくってあげますからねっ♪」


 それを聞いた新入生たちは、これはまずい所に来たのでは――と思った様子だが、イングリスとしては大歓迎である。


 特にこの体を重くする魔素(マナ)の働きは素晴らしい。

 ミリエラ校長の持つ杖の魔印武具(アーティファクト)の力だろうか。


 これを自分でできるようになれば、魔素(マナ)の制御の訓練と身体的に鍛える訓練を同時に積めるという一石二鳥が期待できるではないか。


「おおすごい……! いい学校だ――!」


 これは是非やり方を覚えたい――!

 イングリスは早速、自分を取り巻く魔素(マナ)の配置や流れのパターンの解析に夢中になっていた。

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