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第49話 15歳のイングリス・氷漬けの|虹の王《プリズマー》5

 それからレオーネの案内で暫く進むと、立派な門構えの屋敷へと到達した。

 だが庭の中には一本も植木も無く、正直言って殺風景な光景だった。


「言ったら悪いのかもしれないけど、寂しい感じ――よね」

「うん。そうだねラニ」

「一度、怒った街の人達が詰めかけて来て騒ぎになってね。建物は無事だったけど、庭が燃えちゃったの。また同じ事になるからって、直さなかったわ。ごめんねこんな所で。でも屋敷の中はちゃんと片づけてあるから。もう働きに来てくれていた人達にも暇を出しちゃったから、私以外誰もいないけど――」

「平気平気。誰にも気を使わなくていいって事でしょ?」

「そう思って貰えるとありがたいわ」


 と言い合いながら門扉を空けていると――


 ブゥゥゥゥン――


 そう振動するような音を立てる何かが、イングリス達の頭上を通り過ぎて行った。

 見上げるとそれは、鉄で出来た、翼の生えた小さな船と言うべきような乗り物だった。


 複雑な仕組みの機械で出来ており、当然地上でこのようなものは造れず、天上領(ハイランド)から下賜されたものである。


 機甲鳥(フライギア)――と呼ばれるものだ。


 基本的に立ち乗り式となっており、船体の左右に鳥のような翼、船体自体は鉄の箱と操縦桿、乗員が乗る足場と掴まる手摺など構成されている。

 足場の広さについては、操縦者とその他に一人の二人乗り運用が基本とされるようだ。


 それも最近になって下賜されるようになった新装備とも言えるもので、まだまだ数も少なく貴重品である。

 少なくとも比較的田舎のユミルでは、数える程にしか目にした事はない。


 この機甲鳥(フライギア)の画期的な所は、動力の充填にこそ魔印(ルーン)を持つ騎士の力が必要だが、操縦すること自体には魔印(ルーン)を必要としない点だ。

 つまり魔印(ルーン)を持たない従騎士――見習い騎士でも操縦だけは出来る。


 騎士とは本来騎馬に乗っている者の意だが、空を飛ぶ騎士の馬の代わりを機甲鳥(フライギア)と従騎士が行うのだ。

 それにより飛行型の魔石獣への対策が容易になるし、以前よりも遥かに機動的に戦力を動かす事が出来るようになる。


 より広範囲に、より迅速に展開できる事により、魔石獣から人々を護るという使命がより果たしやすくなる。それは歓迎すべき事だろう。


 騎士の戦術の最先端を行く王都の士官学校では、近年になり従騎士専用の過程が用意されたが、それはこの機甲鳥(フライギア)の操縦や運用に長けた者を育成するのが目的である。


 魔印(ルーン)を持つ騎士は魔印武具(アーティファクト)を振るって戦い、機甲鳥(フライギア)の操縦は魔印(ルーン)を持たない見習い騎士に任せた方が、より多くの人材を有効に活用できるわけだ。


 イングリスが入る予定なのは従騎士専用の過程なので、この機甲鳥(フライギア)をよく触る事になるだろう。


 従騎士の操る機甲鳥(フライギア)に一人の魔印武具(アーティファクト)を持つ騎士を乗せるのが基本戦術となるので、いずれはラフィニアを載せて飛ぶ事になる。


機甲鳥(フライギア)が降りてくる――」


 飛来した機甲鳥(フライギア)は、そのままゆっくりとレオーネの屋敷の庭に下りて来た。それに乗り込んでいたのは二人。

 一人はやや小柄だが引き締まった体つきをした、栗色の髪の少女だ。

 ラフィニアに近いような、好奇心旺盛そうな明るい眼差しをしている。

 獣の耳と尻尾を持つ、少数民族の獣人種だ。あれは犬の耳と尾だろうか。


 もう一人は背の高い黒髪の青年で、二十代の前半。

 優しげだが一本芯が通ったような精悍さも併せ持つ、非常に整った顔立ちで――

 いい若者に成長した、とイングリスは思う。

 ラフィニアの兄でイングリス・ユークスにとっても従兄妹のラファエルである。


「あ、あれは……! ラファ兄様! ラファ兄様ーーーーっ!」


 ラファエルの姿を認めると、ラフィニアは機甲鳥(フライギア)を降ろしたばかりの彼の元に駆け寄り、一目散に飛びついていた。


「わっ……!? んん……!? ラニ! ラニじゃないか! こんな所で会えるなんて、驚いたよ! 元気だったかい!?」

「うん、この通り元気よ兄様! 王都に向かう前に、この街の虹の王(プリズマー)の死骸の見学に来てたの! クリスが見たがってたから!」

「そうか……じゃあクリスも一緒なのかい?」

「はい兄様。お久しぶりです」


 ラフィニアの後を追っていたイングリスは、ラファエルにぺこりと一礼をする。


「……! き、綺麗になったね……本当に、見違えたよ――」


 イングリスは15歳だが、見た目は大人っぽく17、8歳くらいには見える。

 それはもう十分に一人前の女性である。

 ラファエルもイングリスに女性を感じてしまい、少々緊張気味のようだ。

 純粋無垢な所は昔からあまり変わらないらしい。


「うわ珍しー! ラファエル君が女の子の見た目褒めるなんて……! 世紀のモテモテ朴念仁のはずが……!」


 と、ラファエルに同行していた少女が目を丸くする。


「や、やめて下さいリップル様……!」

「ありがとうございます、ラファ兄様」


 イングリスが絶世の美女に育ったのは確かなので、別にそれを褒めてくれるのは構わないのだが――

 それよりも「久しぶりだな、どれ手合わせしてやろう」と言いつつ、剣を抜いてかかって来てくれる方が余程嬉しい。

 そう思いつつも微笑みかけると、ラファエルも笑顔を返してくる。


「うん。久しぶりに会えて嬉しいよ、クリス」

「そちらは、リップルさんと言えば天恵武姫(ハイラル・メナス)の――?」

「うんそーだよ。ボクがリップルだよ。よろしくねっ」


 リップルは愛嬌のある笑顔を浮かべる。


「ラファ兄様、今日はレオーネに会いに来たの?」

「うん。丁度任務でここに来ることになって、都合が良かったからね」

「へぇ。何の任務?」

「それは――そうだね、お腹は空いていないかい? 食事でもしながら話そうか?」

「空いたわ! ね、クリス?」

「うん。そうだね」

「あ、だったら中に入って下さい。私が急いで何か用意を――」


 と申し出るレオーネにラファエルは首を振る。


「いや――」

「きっと――いいえ間違いなく……」

「足りないから、ね」


 それにラフィニアとイングリスも続いた。


「レオーネも大丈夫だから、付いておいで。一室貸し切れば、そんなに目立たないさ」


 ラファエルに先導されて、イングリス達は食事に向かう事にした。

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