第44話 15歳のイングリス・天上人が支配する街15
氷柱に黒仮面が触れた個所から、青白い煙のような光が少しずつ立ち上る。
それは空中に消え、霧散して行くが――
その光は――
「
自分以外に
ではこの男も
では未だに、この世界のどこかには神が存在しているのか?
これは前から感じていたことなのだが、転生したこの世界には神の気配が無いのだ。
イングリスを
世界と人は独り立ちを許されたのか、はたまた見捨てられたのか――
それは分からないが、
しかもこの波動、使い方は――イングリスにすら、よく分からない
「
黒仮面の台詞と共に、立ち上る青白い
そして、氷漬けのセイリーンに変化が起こる。
黒仮面の言う通り、姿形を保ったままで氷柱ごとグングンと小さくなって行く。
「わ! わ! ちっちゃくなってく!」
「……! 凄い――!」
自分にはとても出来そうにない
自らの持つ
それも一切合切というわけではなく、元の姿形を傷つけず残したままの繊細な操作だ。生き物の複雑な
やがて、黒仮面の足元には片手で掴める程度の氷の塊と、その中に納まる魔石獣化したセイリーンの姿があった。
黒仮面はそれを掴み上げると、イングリスの方にやって来て、手渡してくれた。
「これで運びやすくなったはずだ。肉体を構成していた
「……お礼は言えませんが、正直言って驚きました。そんな
「
「……悔しいですね。今のわたしには出来そうもありません――」
「力の質の違いだな。君は力に優れ私は技に優れている。君ほどの馬力は私にはないよ」
「わたしは力も技も、全てを極めたいんです……!」
「フフッ。豪気な事だ――では行くがいい。まさかゲリラなどとの約束は守れぬと言い出しはせんのだろう?」
「……ですが、この城や街の人達を――」
「安心しろ傷つけはしない。必ず守る。我等が敵は
「分かりました」
「ではな――また会おう」
「敵としてなら、喜んで」
と、イングリスは黒仮面に鋭い視線を向ける。
「天使のような見た目をして、怖ろしい娘だな……」
流石の黒仮面も、少々戸惑っているようにも見えた。
「ラニ。行こう? はやくセイリーン様の氷も溶かしてあげないとね」
「うん――! じゃ、じゃあ……!」
ラフィニアは黒仮面たちに軽くだけ一礼し、イングリスの後を付いて来る。
そもそも
それだけラフィニアは、変わり果ててはしまったが、セイリーンを殺さずに済み安堵していたのだろう。
◆◇◆
それから――
ノーヴァの街を離れたイングリス達は、そのまま王都方面に向けて旅を続けた。
そして、氷漬けの
ポツ――ポツ――
御者台にいるイングリスの鼻の頭に、雨粒が落ちて来た。
「あ。雨だ」
だがいつ
なので、雨が降ったらすぐに雨宿りをする方がいい。
「ほんとだ! 雨宿りしよ、クリス!」
「うん。あの木の下につけるよ」
イングリスは、大きな木の下に馬車を進めた。
「足止めか……早くアールメンの街に行きたいのに」
「仕方ないわよ。のんびりいきましょ。まだ騎士学校の入学式までは余裕あるし」
ラフィニアがごろんと御者台で寝そべる。
「中に入って、毛布を着た方がいいよ? 風邪ひくから」
そういうイングリスの服の胸元が、もぞもぞと動き出した。
そして胸の谷間からぽんと顔を出して来たのは、魔石獣化したセイリーン――が小さくなった姿だった。
黒仮面の手により小さくなったセイリーンは、あの後氷を解かすとすぐに復活した。
この小ささで可愛らしいが、魔石獣は魔石獣。
話す事は出来ないし、基本的に気性は荒く攻撃的だが、イングリスやラフィニアの事は分かるようで、段々と慣れて来た。
暫く旅を共にするうちに、今では二人のペット的な存在になっているのだ。
二人の間では、リンちゃんと呼ばれている。セイリーンからリンを取った。
で、困ったことにそのリンちゃんが好む居場所が、ここなのである。
ラフィニアの胸はリンちゃんにとっては少々サイズ不足のようで、胸に納まりたいときは必ずこちらにやって来る。
「り、リンちゃん。あんまりもぞもぞしないで。くすぐったいから……」
リンちゃんは小首をかしげるような仕草をした後、再び顔を引っ込めた。
そして――
もぞもぞもぞもぞ!
先程よりももぞもぞし始めた!
「ひゃあっ!? あっ、ダメやめてリンちゃん……! ねぇラニ、リンちゃんを止めて!」
「んー? 代わってあげたいけど、あたしじゃ代わりにならないしねぇ。まま、頑張ってクリス」
「薄情ものっ!」
ラフィニアはその様子に目を細めていたが、暫くしてリンちゃんが大人しくなると、ふとため息を吐いた。
「ラニ。どうしたの?」
「ねえクリス。リンちゃんってさ、セイリーン様の時凄くいい人だったじゃない?」
「そうだね」
「でも
「うん。セイリーン様はそれを止めたがっていたけど」
「でさ、血鉄鎖旅団の連中も街を守るためとか言ってたじゃない?」
「そうだね『浮遊魔法陣』を壊すって言ってたし……」
「結局何が正しくて何が間違ってるのか、よく分からないなぁって。何かもやもやするっていうか……」
「ラニ、青春してるね?」
「いや、青春って言うのこれ? 違うような気が――クリスは悩まないの?」
「うん。考えてないから。自分が強くなることだけ考えてたら、悩まずに済むよ? ラニもそうする?」
「あははは……クリスらしいわね。あたしは遠慮しとく――」
「いっぱい悩めばいい。わたしはずっとラニの味方だよ」
イングリスは寝転んでいるラフィニアの黒髪を、そっと撫でた。
「うん――ありがと」
そんな風に雨宿りの時間は過ぎて――イングリス達はアールメンの街に到着した。
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