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第42話 15歳のイングリス・天上人が支配する街13

 オオォォォォ――!


 システィアの一撃に、セイリーンは苦悶の声を上げる。

 深々と突き刺さった槍から、紫色の体液が流れ出す。


「くたばれっ!」

「だめっ! 止めて下さい!」


 更に連続突きを叩きこもうとするシスティアに、イングリスは突進し割って入る。

 体当たりをして弾き飛ばすと、彼女は近くの壁に背を強く打ちつけた。


「ぐっ……! 貴様、邪魔をするな! 今は貴様と争いに来たのではない! 早く後始末をせねば、被害が広がるだろう!」

「あなたは――血鉄鎖旅団ですね?」

「それがどうした……?」

「……わたしが、あの時あなたを倒しておけば――」


 今からそうしてやろうか――と拳を握り締めるイングリスの背後から、声がした。


「いいや、その意味はない。我が同志には常に虹の粉薬(プリズムパウダー)を携帯させている。同志ミモザは既に持っていたさ。君のせいではない」


 いつの間にか真後ろに立たれていた。

 そして、イングリスの拳を押しとどめるように、黒い手袋に包まれた手が添えられている。


「……!?」

「不良騎士どもを裏で操り、かの天上人(ハイランダー)を襲撃する計画が失敗したため、彼女が動いたのだ。我が身を顧みずに――その態度には尊敬を禁じ得ない」

「何者です、あなたは――!?」


 異様な男だった。

 顔の見えない黒い鉄仮面に、全身黒ずくめの衣装、外套。

 体格と声で、性別が男だと分かる程度だ。

 ただくぐもったように聞こえるその声には、何か聞き覚えのあるような気もする――


「我は血鉄鎖旅団を率いる者――名などは持たぬゆえ、好きに呼ぶがいい。この地を護るために馳せ参じた」


 黒仮面の男は、名乗るつもりはないらしい。


「自分たちでやっておいて……ですか?」

「だからだ。天上人(ハイランダー)は排除するがこの地の人々に罪はない。彼等を傷つけさせるわけにはいかぬ」

「どちらも傷つけさせません」

「魔石獣を元に戻す手段はない。君はどうすると言うのか?」

「……今考えています。邪魔をしないで」

「付き合っていられるか!」


 システィアがセイリーンに向けて突進を仕掛ける。


「させません!」


 イングリスはそれを追う。

 が――その進路に黒仮面が割り込んでくる。


「どきなさい!」


 イングリスはすかさず拳を繰り出し、殴り飛ばそうとする。

 霊素殻(エーテルシェル)を発動した状態の打撃だ。

 その一撃は天恵武姫(ハイラル・メナス)ですら一撃で行動不能する程の威力だ。


 が――


 バチイイイィィィィンッ!


 黒仮面が出した手がイングリスの拳を受けて、物凄い音を立てた。


「なっ……!?」

「ぐうぅぅぅ……! 何と重い拳なのだ……!」


 こちらの拳は黒仮面の手を弾いたものの、それだけだった。

 弾いただけで、拳の勢いが相殺されたのだ。

 今まで、霊素殻(エーテルシェル)を発動したイングリスの拳をまともに受けられる者など、一人もいなかったのに。


 世界はまだまだ広い。このような者もいるのだ。

 素晴らしい。何とも興味深い。

 武人の本能が、この相手と心行くまで戦いたいと強烈に告げてくる――

 しかし今は――システィアを止めなければ!


「どきなさい!」

「すまぬな! そうはいかぬよ!」


 イングリスの猛烈な連打を、黒仮面は防御に専念する事で凌いでいく。

 足止めで十分――それがありありと分かる戦い方だ。


 その間にシスティアがセイリーンに接近する。


「もらっ……!? くっ!?」


 攻撃を繰り出す事が出来ずに、回避行動をとる。

 光の矢が彼女を襲ったからだ。


「やらせないから! セイリーン様は、友達だものっ!」


 矢を放ったのはラフィニアだ。

 矢継ぎ早にシスティアを妨害するように光の矢をばら撒いている。


「ならば貴様から――!」


 システィアの注意がラフィニアに向く。


 その時――


「せ、セイリーンさまぁ!」

「セイリーンさま、大丈夫!?」

「痛くない……? 苦しくない……?」


 リノ、ミユミ、チコ。セイリーンが城に引き取って可愛がっている子供達だ。

 まだ避難せずに残っていたのか――

 彼女らはこの魔石獣がセイリーンだとすぐに分かったようで、心配そうにセイリーンに近づこうとする。


 しかし――その子供達に、セイリーンの掌が向けられそこに光が生まれる。


「リノちゃん、ミユミちゃん、チコちゃん! 逃げてっ!」


 ラフィニアが悲鳴を上げる。


「いかん……! 止めろシスティア!」

「はッ!」


 システィアの全速力も間に合いそうにない。


 そしてセイリーンは――熱線が放たれる直前の掌を自らの方に向けたのだった。


「あ……!」


 その行動で全てが分かった。

 まだセイリーンには、微かかもしれないが、セイリーンとしての意識があるのだ。

 子供達を前にして、せめてこの子達だけは傷つけまいと、自らに熱線を浴びせて自死をしようとしているのだ。


 そのような選択をしようとする彼女の、地上の人々のためになりたいという気持ちは、やはり嘘偽りなく全て本当だったのだ――

 あまりに理想的な事を考え、述べるので、裏があるかとまだどこかで疑っていた。


 彼女がそういう人物であるなら、猶更ここで殺させるわけにはいかない……!


霊素穿(エーテルピアス)ッ!」


 イングリスの指先から放たれた霊素(エーテル)の光線がセイリーンの掌を撃ち、熱線が狙いを逸れて空に撃ち上がった。


「ふう……! よし――!」

「いいぞ、クリス!」

「貴様何をしている! 今奴は自決しようとしていただろう! 潔い態度だ、あのまま死なせてやればよかったのだ!」


 システィアがイングリスを罵る。

 しかし彼女の言う事は無視するにしろ、セイリーンを救う方法は分からない。


 だがこのままでは絶対に悔いが残るだろう。

 ラフィニアが立ち直れるかも心配だ。


 路銀も補充でき、この先も食べ歩きを続けながら、楽しく旅をするつもりだった。

 氷漬けの虹の王(プリズマー)の死骸がある、アールメンの街が楽しみだった。

 このままでは、そういった楽しみが楽しめなくなるではないか――


 そう考えて、ふと閃く事があった。


(そうだ……せめてこの場を凌ぐ事だけなら、できるかも知れない――!)


「提案があります! 少しの間だけ、セイリーン様を傷つけずに注意を引いて下さい! 試したい事があります! それでダメなら、もうあなた達の邪魔はしません! どうですか?」


 イングリスは黒仮面とシスティアにそう持ちかけた。

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