第4話 0歳のイングリス3
「ラファエル。あなたの
と、叔母のイリーナが強めにラファエルを諭していた。
どうにもラファエルの
自分も前世で英雄王と呼ばれたイングリスには分かるが、人々の上に立つ英雄の立場とは、窮屈なものだ。
ただでさえ侯爵家の跡取りという立場もあるのに、この少年は未来の苦労が確定しているのである。ご苦労な事だ。
「は、はい母上……」
ラファエルは母の剣幕に、少々驚いている様子だ。
彼からすれば、純粋な正義感から出た発言である。
そのように反応されるとは思わなかったのだろう。
「いい機会だから覚えておくのよ? もし今何かあったとしても、この場の全員を見捨ててでも、あなたは生きなきゃならない。そういう立場だと自覚をしなさい」
「そ、そんな! 母上……!」
あくまで仮定の話だろうが、正義感の強そうなこの少年は辛そうな顔をしていた。
そして、言葉というものは時に思わぬ偶然を引き寄せる。
嘘から出た誠――噂をすれば影――そんな所だろう。
バリィィィィンッ!
突如として窓がその枠ごと吹き飛ぶ。
騎士団が戦っていた魔石獣が一体、室内に飛び込んで来たのだ。
「きゃああぁぁぁぁっ!?」
翼を持った蜥蜴の魔石獣は、飛び込んで来た際に叔母のイリーナの身体を弾き飛ばしていた。叔母はラフィニアを落とさぬよう傷つけぬよう、身を盾にしたが、その分自分は受け身が取れず、頭を打って気絶してしまった。
衝撃に驚いたラフィニアが、大きな鳴き声を上げる。
「母上っ!」
「ダメよ! あなたは逃げてっ!」
母セレーナは、剣を抜こうとするラファエルを押し留め、ラフィニアを掬い上げると、イングリスと二人をラファエルに託した。
そして自分は、壁際に掛けられていた細い剣を取る。
「私が引き付けるから! イングリス達を連れて逃げて!」
「しかし伯母上っ! その剣では奴に通用しません!」
蜥蜴の魔石獣は母セレーナに飛び掛かる。
元は騎士だったという母は、現役は退いているのに何とか敵の猛攻を受け、凌ぐ。
しかし剣自体も頼りない細剣だ。
簡単にひしゃげて、もう何発も受けられそうにもない。
「早く行きなさい! 何をしているの!」
母セレーナの必死の叱責。しかし――
「ラニ! クリス! ごめんよ、少し待っていて!」
ラファエルはイングリス達を柱の陰に横たえると、自身も剣を抜いてセレーナの助太刀に入った。
「助太刀します! 凌いでいれば、
それが、この時代の騎士が操る、魔石獣に有効な武器らしい。
「駄目だと言っているでしょう! 下がりなさいっ!」
「嫌だ! 目の前の大事な人達も助けられずに、多くの人々など助けられっこない!」
幼く、そして熱い叫びだ。
だがそれでいい――その心意気やよし、とイングリスは思う。
このような事態を切り抜け、生き残ってこそ英雄と呼ばれる資格がある。
英雄とは、人に言われて、従って、なるようなものではないのだ。
自らの意思と行いによって、そう呼ばれるようになってしまうものだ。
「うっ……くっ――! うわあっ!?」
「きゃあああっ!?」
しかし二人の奮闘も空しく、力に押され、二人とも壁に弾き飛ばされる。
「お、伯母上……! 大丈夫、ですか……!?」
「うぅ……」
ラファエルも母セレーナも、意識が朦朧としているようだ。
このままでは二人とも危ない。
その後は倒れている叔母イリーナや赤子のイングリスやラフィニアも危ない。
(ならば助太刀をしよう。母上をやらせるわけにはいかん。それに、この少年の心意気にも免じて、な――)
今回の人生では、イングリスは自分のために生きると決めている。
だから英雄になど興味は無いが――その素質を持つ者に手を貸すのは吝かではない。
こんな所で殺させるには惜しい子だ。
不自由な赤子の身体ではあるが、何とかして見せよう。
この状態でも、
転生前から習得していた、
家を破壊してしまうので、揺り籠の中で試したことは無いが。
幸い皆気を失っているようなので、使っても構わないだろう。
「だぁぁぁ――! あぶぶぶうぅぅぅっ!」
赤子のイングリスの目がギラリと光った。
そこから青白い閃光が迸り、巨大な光弾と化して蜥蜴の魔石獣を撃った。
スゴオオオォォォォォッ!
それは凄まじい勢いで魔石獣を飲み込んで、壁を破壊し突き抜けて行った。光に巻き込まれて放り出された空中で魔石獣の身体はひしゃげ、焼け焦げ、そして真っ白い灰のようになって消滅して行った。
(ふむ――赤子とは言えまあまあの威力だ)
普段の修練は決して無駄ではないようだ。
「ク、クリス……? い、いま何が……?」
壁を背に倒れたラファエルが、茫然と呟いていた。
起きていたか……と、イングリスは内心舌打ちする。
「よ、良かった――」
直後にラファエルも意識を失った様子だ。
この事は夢うつつの幻だとでも思ってくれればいい。
――と考えているうちに、イングリスも急激な眠気を覚えた。
赤子の身体であれだけの事をしたのだから、当然かもしれない。
「奥方様! ラファエル様! ご無事ですかッ!?」
階下から、慌てた様子の声が聞こえてくる。
応援が来たか。もう大丈夫――と思いたい。
最後まで見届けるべきだが、この赤子の身体は、もう眠気に耐えられそうもない――
次に起きた時は、自宅の揺り籠の中だった。
父や母の話を聞く限り――皆無事だったようだ。
その後暫く、ラファエルだけはイングリスに何かあると疑っている様子だった。
が、イングリスが何かしたと言っても誰も信じなかった事、イングリスがそれ以降尻尾を見せなかった事から、自分が見たのは幻だったと思うようになった様子だ。
しかし、魔石獣の存在など、転生前には無かった事だ。
父母の会話から察する限り、あの魔石獣は最弱の部類の小物で、もっともっと凶悪な個体も存在するようだ。
最強の魔石獣は一国をも滅ぼす、そう父が言っていた。
なかなか興味深い話だ。
ひとまずは、その最強の魔石獣とやらを叩き潰せるようになってやろう!
0歳児イングリスは、そう決意したのだった。
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