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第39話 15歳のイングリス・天上人が支配する街10

「新たな天上領(ハイランド)は、天上人(ハイランダー)達が住むためのもの……ですから、その際は街を出て貰うか、天上領(ハイランド)の奴隷と化すか……最悪天上領(ハイランド)からの攻撃で街を焼くと――天上人(ハイランダー)の上層部からは言われています……」

「だ、だったら街のみんな追い出されるか、奴隷にされるか、殺されるかなんですか!? そんな事……!」

「はい。させません」


 セイリーンは天井を見上げながら、眦を決した真剣な表情を見せる。

 その瞳は、遥か高い天空を、天上領(ハイランド)を見ているようだ。


「上層部がどう考えていようと、私は地上の――地上で苦しんでいる人達を助けるために来たんです。だからそんな事はさせません。希望する方は皆、奴隷などではなくそのまま天上領(ハイランド)に住む事が出来るように、上に掛け合います。天上人(ハイランダー)になって貰っても構いません。そして必ず、皆で空に――」

「……で、出来るんですか? それ――」

「最悪、天上領(ハイランド)と戦ってでも……!」


 セイリーンの表情がさらに一際厳しくなる。


「だから、ですか――元騎士の彼等をお許しになったのも、もしもの時に備えて戦力を大きくしておく必要があったから……」


 イングリスの質問に、セイリーンは頷く。


「そうですね……早く本当の意味でこの街を護れるようにしたいんです。来るべき時に備えて――」

「セイリーン様……どうしてあたし達に、こんな大事な事を教えてくれるんですか?」

「……誰かに許して欲しかったから――でしょうか。私が執政官としてここにいるという事は、今は良くても将来の破滅の危機を孕んでいます……それは間違いありません。それなのに私は皆にその事を隠して……これでいいのかなって、自分でもそう思うんです。だからお二人に聞いてみたいんです、私はここにいていいんでしょうか……? どうお思いになりますか?」


 と、セイリーンは心細そうに微笑んで、イングリスとラフィニアを見つめてくる。


「もし、私の存在が許されないと思うなら、この場で斬って下さっても構いません。私が死ぬとこの『浮遊魔法陣』を護るために守護者が起動しますが――お二人ならそれを倒して、城や街の人々を護る事も可能だと思います。その時はどうかお願いします――」


 自分の服の裾をぎゅっと握りながら、セイリーンは頭を下げた。

 その指先が、少し震えているのが見えた。


「ね、ねぇクリス――どうすれば……?」


 ラフィニアが不安そうに尋ねてくる。


「ラニ。セイリーン様はラニの考えを聞いてるんだよ。だから自分の考えで答えないとダメだよ」

「じゃあクリスの考えは……? クリスはどう思ったの?」

「わたし? わたしはラニの考えに付いて行くよ? ラニの従騎士になるんだから」

「えー!? 全部あたしが決めるの!? なんかずるい――」

「それが人の上に立つって事だよ、ラニ。慣れて行ってね」


 己の大義を求めてそれを貫く人生は終わったのだ。

 そういう事は、この時代の未来ある若者達が行えばいい。


 それに――だ。理想を求めて己の人生を捧げた結果出来た、イングリス王のシルヴェール王国も、ユミルで調べられる限りの歴史には影も形も無かった。


 理想の王国を後世に残したはずが、今再び人々は苦しんでいる。

 天上領(ハイランド)のような、人が人を踏みつけ牛耳るような存在がまかり通っている。


 であれば――自分がやって来たことは、全てが水の泡と消えたという事。

 自分がやって来たことは何だったのかと、虚しさを感じなくもないのだ。


 だから――歴史は繰り返すというならば、もうそれには関わらない。

 自分は自分の道を、自分の楽しみを突き詰めさせて貰おうと思うのである。


「うん。クリス――わかった」


 ラフィニアは凛と真剣な顔をして、一つ大きく息を吐く。

 そして――セイリーンに近づきその手を取った。


「セイリーン様……あたし、あなたを信じたいです! あなたの気持ちは本物だって、分かってるつもりですから――この街と人達の事、よろしくお願いします」

「! ラフィニアさん……!」

「もしここが空に飛び立った時に、あたしの力が必要になったら助けに来ます……! あたし、これから王都に行って騎士学校に入るんですけど……しっかり訓練と勉強をして、もっと役に立てるようになって来ますね! そうしたら、ここの騎士にして下さい!」


 花咲く向日葵のような、見る者を明るくする笑顔である。


「あ、ありがとう……! 本当にありがとう、ラフィニアさん――!」


 セイリーンは感涙してラフィニアに抱き着き、ラフィニアもそれを受け止めていた。

 やはりこの二人の相性はいいらしい。

 ラフィニアを取られてしまうかも知れない――

 と、少しだけ嫉妬のようなものを覚えるイングリスだった。


「クリス、いいよね? あたしが自分で考えて決めたよ?」

「うん。いいよ。上手く行けば天上領(ハイランド)の軍隊と戦えるんでしょ?」

「いや上手く行ってないからね、それ!」


 ラフィニアがイングリスの発言にそう突っ込んだ。


 そして――地下室でセイリーンとの話を終えると、セイリーンは疲れたからと寝室に帰って行き、イングリスとラフィニアは大浴場に向かった。


 今回の働きで、すでに十分な路銀は稼がせて貰った。

 なので明日出発する。最後に大きなお風呂を楽しんでおこうというわけだ。


「ん~気持ちいい♪ ここのお風呂ともお別れだね、名残惜しいなあ」

「次は騎士学校を卒業してから――かな」

「だねー。でも偶然だったけど、ここに寄ってよかったよね? 学校で頑張って、もっと凄い騎士になろうって思えるようになったし。セイリーン様を助けてあげなくちゃ!」

「そうだね。色々楽しめたし、今度来た時も楽しめそうだし」


 それを想像すると、思わずにやりとしてしまうイングリスだった。


「ほんと、天使の身体に武将の魂だわ……さ、じゃあ背中流そうか?」

「……」

「あ、何? 警戒してる?」

「……してるよ。もう胸触ったりしない?」

「しないしない。今日はおしりをむにむにしてみるから――」

「ダメッ!」


 と、戯れていると――


 ゴゴゴゴゴ……! ズズズズズ……!


 何か振動なようなものが起こり、城全体が揺れた。

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