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第36話 15歳のイングリス・天上人が支配する街7

「うん。わたしもなかなか――」


 教会の中に弾き飛ばしたシスティアに続いて中に踏み込みつつ、イングリスは頷く。


 あの天恵武姫(ハイラル・メナス)の激しい攻撃を、武器に頼らず身のこなしだけで避けつつ近づき、一撃を加える事までできた。


 三年前は、武器に頼ってもなお動かずに捌く所までだった。

 今回は捌きながら接近できているので、あの時よりも自分の技術は進歩している――

 そう思えたので、自分自身の成長に頷いたのだった。


 ラフィニアの魔印武具アーティファクトの放つ光の雨を避ける修練を繰り返し、更に見切りの技術を高めて来た成果だ。

 最近では単に見ながら避けるのでは物足らず、目を閉じたり耳を塞いだりしながら、という行為にも手を出している。


「……貴様――!」


 身を起こしたシスティアが、猛犬のようにこちらを睨む。


「まだ隠している力があるでしょう? さあ見せて下さい。エリスさんも何か隠しているようでしたし、あなたにも何か奥の手があるはずでしょう?」

「エリス――この国の天恵武姫(ハイラル・メナス)の事か……」

「お知り合いですか?」

「知らんな。直接の面識はない」


 エリスはこの国に二人しかいない天恵武姫(ハイラル・メナス)のうちの一人だ。

 要は有名人なので、名が通っているのは不思議ではない。もう一人は確かリップルというはずで、このシスティアではないという事だけは明らかだ。


「一応聞いておきますが、あなたは何者です? こんな所にこの国の天恵武姫(ハイラル・メナス)でも無い方がいらっしゃるなんて……」

「フン。知らんな」


 やはり教えてはくれない。

 イングリスにとっては、別にそれでも構わないが。

 無理に聞こうという気も、聞きたいという気も無い。


「貴様こそ……」

「?」

「なぜこれほどの力を持ちながら、天上人(ハイランダー)などに付こうとする? 奴等は地上を奪おうとしているのだぞ? それを黙って見過ごす所か、手を貸そうというのか?」

「……セイリーン様はお優しい方のようですし、城の皆も慕っていましたが?」


 ここ三日ほど領主の城に滞在していたが、彼らは皆セイリーンが領主になってくれてよかったと感じている様子だった。彼女の人気は抜群だった。

 特に引き取られた子供達などは、彼女を本当の母親のように慕っていた。


「誰に支配されるより、どう支配されるかの方が重要、という事でしょう?」

「表の物事しか見なければな。気がついた時にはもう遅いのだ。貴様はこの街の異変に気が付かんのか?」

魔素(マナ)の流れが不自然な事……? 何があるというのです?」

「自分で調べろ」


 やはり何かある――のだろうか? しかし――


「……気にならなくは無いですが、あいにくわたしには大義や志などありません」

「何?」

「単に食べ過ぎて路銀が足りなくなったので、稼ぐために協力していました。でも今は自分たちの食い意地に感謝しています。結果こうしてあなたと戦えていますから」

「戦いのための戦いを喜ぶというのか? 正義なき力に何の意味があるというのだ?」

「わたしが楽しい――! それだけです」


 そう言い切るイングリスに、システィアは怒りを覚えたらしい。


「愚か者め! 正義なき力など、血の通わぬ死に体と同じだ!」

「そんな事はありません。力とは天分と、積んだ修練と、経験した戦いで決まるもの。正義にかまけて修練と経験がおろそかになれば、それこそ死に体です」


 前世のイングリス王の経験談である。

 国と人のために働き過ぎて、己の力を突き詰める時間が無かったのだ。

 15年間突き詰めてきた今は、もう既に前世のイングリス王の力を超えているかも知れない。


「黙れ! 貴様のような者に力があるなどと――私が許さんッ!」

「でしたら、わたしを倒して証明して下さい。先程までの様子では難しそうでしたが?」


 イングリスはあえてフフッと澄ましたような笑みを、システィアに向けてみる。


「貴様……! ほざいたな……っ!」


 見え見えの挑発だったが、気位の高そうなシスティアには効果があったようだ。

 明確な殺気のこもった視線が、イングリスに浴びせられる。


 そして何かブゥンと低い振動がして、彼女の身体がゆらゆらと歪んで見えるような、独特の空気のようなものが発生する。まるで蜃気楼の中に立っているかのようである。


「これが受けられるかッ!」


 システィアが槍を大きく突き出す。

 しかし、イングリスとはかなり距離があり、届く範囲ではない。

 だがその槍の穂先は歪んで見えて――


 ――直後、背中に殺気!


「っ!?」


 本能的に身を捻る。

 その後を追うようにして現れた黄金の槍の穂先が、イングリスの脇腹を掠めて行った。

 服が裂け、ごく浅くだが負った裂傷に血が滲んだ。


「ふん。よく避けたものだ」

「なるほど――さすがですね……!」


 間合いの外から放った突きが、いきなり背後から襲って来た。

 空間や距離というものを飛び越えて攻撃ができる――という事だろうか。

 これが隠されていた天恵武姫(ハイラル・メナス)の本気――

 かなり危険だ。今のは殆ど勘で避けたようなもので、連続で繰り出されたら――

 おもしろい。相手にとって不足は無い!


「笑っていられるのも、今のうちだっ!」


 システィアが再び槍を構える。


「はあっ!」


 イングリスはすかさず駆け出す。全速力だ。

 一拍置いて足元の床に黄金の槍が穴を穿った。

 そのまま動きを止めずに、廃教会の中を走り回る。


 動き回っていれば、背後や足元から槍が現れても、置き去りに出来るため当たらずに済む。止まっているのが一番危ないのだ。


「はあああぁぁぁぁぁっ!」


 ドドドドドドドドドッ!


 距離を超えて襲ってくるシスティアの槍が、廃教会の床や窓や壁の、至る所に穴を穿っていく。まるで蜂の巣のようだ。

 しかしイングリスは全速力で動き回っているため、軽く掠める程度はあっても、有効な一撃を叩きこむには至らない。


 そうすると――


「これでもかッ!」


 不意にイングリスの目の前、眉間の高さに槍の穂先が現れる。


 背後や横から狙って避けられるなら、前に回り込ませればいい、という事だ。

 これならば置き去りにされて避けられることは無い。


 しかし――イングリスもこれを待っていたのだ!


「来ましたね――!」


 手を伸ばし、穂先の根っこを捕まえた。

 読んで待ち構えていれば、このくらいの反応は可能だ……!


「くっ……な、何っ!?」


 システィアは槍を引き戻そうとするが、イングリスはがっちり握って離さない。


「さぁどうします……!?」


 イングリスはちらり、とシスティアに視線を送る。

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