第35話 15歳のイングリス・天上人が支配する街6
「……いいだろう。最近は歯応えのある相手と戦えず、退屈していた所だ。相手になってやる」
システィアは槍を一振りしてから、にやりと笑って構えを取った。
同じ
イングリスが垣間見せた膨大な
それだけで、イングリスのシスティアへの好感度は内心うなぎ上りだった。
「気が合いますね。わたしも同じことを考えていました――三年間も」
本当に彼女と巡り会えた幸運を感謝しよう。
王都に行ってエリスと再会しても、彼女は基本的にこちらの味方である。
手合わせくらいはしてくれるかもしれないが、本気の実戦とは行かなかったのだ。
「抜かせ生意気な小娘が。その鼻っ柱を折ってやるぞ」
鋭く輝く黄金の槍の穂先が、ぴったりとイングリスに向けられる。
いい殺気だ。肌がヒリつくようだ。この緊張感がたまらない。
「さあ、さっさとその剣を抜け」
システィアはイングリスが腰の剣を抜刀するのを待っているようだ。
しかしこれはただの剣。
前にエリスと打ち合った時には、剣は粉砕されてしまった。
システィア相手でも恐らく同じになる。
剣が破壊された瞬間の体勢によっては大きな隙を晒す事になるので、むしろ初めから持たない方が安全である。
イングリスは一応帯剣はしているのだが、正直に言ってあまり使う機会は無い。
魔石獣には効き目が無いし、強い
つまり
これは
少なくとも下級の
中級以上の
高級品なので、もし壊してしまったら大変な事である。
イングリス王は聖剣を手に入れてそれを克服したわけだが、イングリス・ユークスにその甲斐性は今の所ない。
いずれは
今は無いものねだりである。
「不要です。なまくら刀なので。さぁ遠慮はいりません」
「ふん。舐めているのか本当なのか、確かめてやるッ!」
システィアが地を蹴る。
その踏み込みは、まるで疾風のように速い。
一瞬で間合いは詰まり、猛烈な勢いで槍の穂先がイングリスの眼前に迫っていた。
――並みの騎士ならば、一歩も動けずに突き倒されてもおかしくはない。
しかしイングリスは首を少しだけ傾け、ぎりぎりの所で槍の穂先を避けて見せた。
最低限の動きで済ませる回避行動である。
「むっ……!」
しかし、システィアに驚きはない。
今のは小手調べに過ぎない。最低限この程度は避けて貰わないと張り合いが無い。
「ならば――!」
次は速度と威力を引き上げ、三段突きだ。
まだまだ全力ではないが、傍からはまるで槍が三本に分裂したかの如くの速度である。
――しかしイングリスはその三段突きも、最低限の動きでそれぞれ避けて見せた。
しかも、一撃かわす毎に一歩ずつ前に踏み込んで行きながら。
「ふん……! 中々だ!」
更に速度と威力を引き上げる。
また全てが紙一重でかわされ、攻撃の毎にイングリスが一歩ずつ近づいて来る。
「ちっ……!」
あまりに間合いが近づくと、槍の間合いの死角に入られる。
一旦距離を置き、再び連続突きを繰り出し――また同じ結果になる。
槍を突き出して、引いてまた突くまでの僅かな隙間に呼吸を合わせて、確実に一歩一歩近づいてくるのだ。
完全にこちらの攻撃が見切られている証拠――
槍術の達人であるシスティアには、その事が誰よりも切実に伝わっていた。
いつの間にか後ろに圧されている――!?
丸腰で、しかもただ避けているだけの相手に――!?
「くっ――!」
再び身を引いたシスティアの背中に、ドンと何かが当たる。
廃教会の壁だ。それが近づいている事に気が付かなかった。
イングリスに気を取られ過ぎていたせいだ。
もう後がない――
「はあああぁぁぁっ!」
とうとう雄叫びを上げて、全身全霊の連続突きを繰り出した。
身の数倍もある巨岩をも数秒で粉砕する、システィア自慢の高速攻撃である。
しかしその全てに、手応えはなかった。
気づくと、ポンと肩に手を置かれていた。
「いい攻撃ですね」
そしてにっこりと可愛らしく微笑む美しい少女の顔が、そこにあった。
「な……」
その可憐さ、無邪気さが逆にシスティアには恐ろしい。
思わず背筋がぞくりとするような悪寒を感じた。
どん! と腹部に物凄い衝撃を感じる。
イングリスの放った掌打だった。
システィアの身体は目一杯引き絞って放たれた矢のように吹っ飛ばされ、廃教会の壁に当たるとそれを破壊、内部の床に叩きつけられ転がって、ようやく止まった。
「くっ……!」
ややふらつきながらも、身を起こす。
それは聖騎士と比べてもそうだ。そもそもの体の造りが違うのだ。
まだまだやれる――!
システィアの目はまだまだ闘争心を失ってはいなかった。
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