第33話 15歳のイングリス・天上人が支配する街4
一人集団の中に飛び込んで来たイングリスに、魔石獣達は一斉に唸り声を上げて襲い掛かって来る。
グルゥオオオ! グウゥゥゥ! ガアアアァッ!
犬や狼の類が変化したであろう魔石獣が、まずは三体――!
位置的に正面が突出、次にその右脇、最後尾が左脇。
ならば――!
イングリスは、真っ先に繰り出される噛みつきを敵の左脇に踏み込みながら避ける。
「はあぁっ!」
すかさず敵の側頭に上段蹴りを叩き込む。
蹴られた個体と右脇にいた個体がぶつかり、もつれ合って転げる。
これで二番目の動きも封じた。
一拍遅れて、三体目も噛みついて来る。
――が、一拍の間があれば回避など造作も無い。
その場で後方に宙返り。一瞬前にいた場所を、敵の牙が空振りして地面に刺さる。
イングリスはその敵の頭の上に着地すると、背中を駆けて助走をつける。
そしてあえて高く飛び上がる。
獣型の魔石獣達の頭上には、蟲型の魔石獣がたむろしていた。
そちらの注意を引きに行ったのだ。
恐らくは蜻蛉の類が変化したものだろうが、足の部分がかなり独特に変化しており、長大な刃のようになっている。
それが刃をこちらに向けて、滑空し迫って来る。
――凶器でもあるが、足場でもある!
イングリスは攻撃の軌道を見切り、絶妙に足場として利用。
さらに跳躍をして別の個体の刃に着地。さらに跳躍――という事を繰り返して行く。
そして頃合いを見て、動きに変化を。
「たああぁぁっ!」
敵の刃を足場に次の敵に迫る際――
前転で勢いをつけつつ、踵を頭部の付け根に叩き落した。
蜻蛉の魔石獣は唸りを上げながら地面に落下し、何体もの獣の魔石獣を巻き込んで衝突する。
もうその時には完全に敵の侵攻は止まり、イングリスだけに敵の注目が集まっていた。
魔石獣にはただの武器や殴る蹴るは通用しないため、一体も倒してはいないが、囮としては完璧な働きである。
何があるか分からないため、温存できるならした方がいい。
それに何より、あまりに強い技を使うと張り合いが無くなる。
今の状態なら、それなりに動き回らないと役割を果たせない。
つまり、体技や戦闘の駆け引きの訓練にはなってくれるのだ。
どんな戦いも、自分を高める機会とせねばならない。
ならば、少しでも経験になるこちらの戦い方を選びたい。
「す、すげええぇぇぇぇっ!? 何なんだあの動き――!」
「あ、あの子、とんでもないな……!」
「き、綺麗だ――何か感動してきた……!」
敵だけでなく、味方の騎士や傭兵たちも釘付けだった。
たった一人で魔石獣の群れの中を舞うイングリスに、完全に魅了されていた。
あの、この世のものとも思えぬような美しさ。
同じくこの世のものとも思えぬような、超人的な動き――
自分たちは夢を見ているのだろうか? 夢なら醒めずに、もっと見ていたい。
誰しもがそう思いながら拳を握り締め、声を枯らして声援していた。
そんな中、ラフィニアだけが次の一手のために動いていた。
イングリスと騎士達との中間程まで前進。
光の弓の
その手元には、真っ白い矢のような光が顕現し、どんどんと大きく太く収束して行く。
この弓の
使いこなせる騎士が弓を引き絞れば、まるで魔術のように光の矢が現れてくれる。
銘は
また限界はあるものの、強く長く引き絞れば引き絞るほど、発射される光の矢の威力は増し、更に――今からラフィニアが使おうとしている能力がある。
「クリス! いい!? 行くわよ!?」
「うんラニ! いつでもいいよ!」
「よぉし! いっけえぇぇーーっ!」
ラフィニアは光の矢を敵の飛行している魔石獣の更に頭上に打ち上げた。
別に手元が狂ったわけではない。
グングン空に進む矢が、丁度イングリスの頭上に差し掛かった時――
「弾けろっ!」
ラフィニアが命じると、変化が起こる。
太い光の矢が、突如として無数の小さな光の矢に分裂。
そのまま尾を引くように、文字通り光の雨のように地上に降り注いだ!
それは、殺傷力のある光の雨である。
魔石獣の身体を貫通し、無慈悲に殲滅していく。
魔石獣達の断末魔があちこちから上がる中、イングリスだけは降り注ぐ光の軌道を見切り、避け続けていた。
これは中々難易度の高い動きなので、イングリスとしてはいい修練である。
なのでこの戦法は好きだった。
騎士達を待機させたのは、これが理由だ。
イングリス以外は、この降り注ぐ光の雨を避けられないだろう。
ラフィニアの力を最大限に活用するには、この手が一番。
ずっと一緒に修練してきた二人ならではの戦法だった。
光の雨が止んだ時――立っていたのはイングリスだけである。
肩にかかった髪を払って元に戻すと、笑顔でラフィニアの元に戻る。
「やったね、ラニ。一体も討ち漏らしが無かったよ? すごいね」
「低級の魔石獣だし……ね。でも、ほんとに凄いのはクリスだけどね? 遠慮なく巻き込めるから、最高の囮よね。相変わらずあの光の雨を避けるのはワケが分かんないし」
と、会話しながら戻って来る少女達を、騎士達の絶叫に近い歓声が包み込んで行った。
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