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第32話 15歳のイングリス・天上人が支配する街3

 イングリスとラフィニアも、魔石獣の迎撃に出る城の騎士達に同行した。

 雇われたばかりだが、もう雇われたのは事実なので、他人事ではない。


 ノーヴァの街は街の外郭部の防備は大したことがない。

 人の身長くらいの、背の低い石壁で取り囲んでいるくらいである。


 これがユミルならば、外郭部の城壁の高さはこの三倍はあるし、城壁の幅も厚いため上部に人が乗って動き回る事も出来る。

 ここの壁は薄いので、壁の上に陣取って敵を迎撃といったような事は難しい。

 反面、領主の城はユミルのビルフォード侯爵の城よりもかなり頑強に作られており、代々の領主が何を重視してきたかが分かろうというものだ。


 だがこの壁を拡張し防御力を高めようという意図か、所々に資材が置いてあったり足場が組まれたりしている。

 今の天上人(ハイランダー)の領主に代わってからの取り組みだろうか。

 領主の名はセイリーンという女性である事は、雇ってもらう時に城の人間から聞いた。


「うーん……ここの街、守りにくそうだよね」


 と、ラフィニアが渋い顔をしている。


「うん。この壁だと、魔石獣は防げないね――外に出て迎撃しなきゃ」


 幸い魔石獣はまだ街の中まで入り込んでいない。

 壁の外に出て迎撃するべきだろう。


「敵の種類は――?」


 と、イングリスは遠くを見るため壁を蹴上がって、その上に身を躍らせる。

 ユミルの防壁も簡単に蹴上がる事の出来るイングリスにとっては、軽いものだ。

 が、華麗な身のこなしに、周囲の騎士や傭兵からはおおっと声が上がっていた。


「獣型に――昆虫型、蜻蛉かな? あれだと、簡単に壁を超えられちゃうわね」


 ラフィニアもイングリスと同じように壁を蹴上がり、敵の様子に目をやった。

 魔印(ルーン)を持つ騎士が魔印武具(アーティファクト)を使う時、単なる武器と言うだけでなく、身体能力を引き上げる効果も発揮される。

 より上級の魔印(ルーン)であり、魔印武具(アーティファクト)である程その効果は強くなる。

 下級印と下級魔印武具(アーティファクト)ではその効果は微弱だが、ラフィニアの場合はかなりの効果がある。

 だから、この程度は軽いもの。

 ラフィニアもユミルの防壁を蹴上がるくらいの事は可能だ。


「そうだね。すぐに出たほうが――」


 と、言い合うイングリスたちに、一人の騎士が声をかけて来た。


「あの……! すまない、君達! ちょっといいか!?」

「はーい! 何ですか?」

「どうかなさいましたか?」

「良かったら、この場の指揮を執って欲しいんだ。ナッシュ隊長はあの通りで動けないし、俺達は誰も戦闘指揮の経験が無くてさ……君は上級印なんて持ってるだろ? 君の指揮なら戦える!」


 どうも、今城にいる戦力は実戦経験が足りていないらしい。

 質の良くない騎士や傭兵は追い出した――と聞いたが、その結果なのだろう。

 質と言うのは戦力的な意味ではなく、その振る舞いや規律だと言う事だ。

 それを改めるために人を入れ替えたら、戦力的には低下したというわけだ。


 ご指名を受けたラフィニアは、ちょっと戸惑った顔をする。


「……だ、だって。どうしようか? クリス――指揮官なんて経験無いけど……?」


 ユミルの騎士団の討伐に帯同したりした事はあったが――指揮まではやっていない。

 ちゃんと騎士団長のリュークや副団長のエイダの指示に従っていたのだ。


「……慣れておいた方がいいよ? ラニは上級印の魔印(ルーン)を持っているんだから、正式な騎士になったら現場指揮が多くなると思うし」

「で、でも安請けあいして大丈夫かな? あたし指揮は素人なのよ?」

「大丈夫。代わりに言ってあげるから。まずは堂々としてて。リーダーが冷静でいればみんな冷静でいられるから」


 イングリスもユミルの騎士団で指揮を執ったりはしていないが、前世での経験がある。

 このような小集団の指揮に留まらず、千軍万軍の指揮を常日頃から行っていたわけで、この程度は造作も無いことだ。


「わ、分かった……よぉしみんな! あたしについて来なさいっ! 魔石獣を撃退するわよ!」


 ラフィニアが弓の魔印武具(アーティファクト)を掲げて、皆に呼びかける。


「「「おおおおぅぅぅっ!」」」


 と、気合の入った鬨の声が返ってくる。

 このような可愛らしい指揮官を頂けば、自然と気合も入るのだろうか。


「で、で? どうするのクリス……?」

「うん、任せて」


 イングリスはコホンと、ひとつ咳払いしてから、声を張り上げた。


「それでは、不肖ながらこのイングリス・ユークスが、指揮官のご指示を伝令いたします! 皆は壁の出口近辺に陣取り、動かず身を守れ! 近づく魔石獣がいた場合のみこれを撃退!」


 要するに見ていろ、という指示である。皆からは戸惑いの声が上がっていた。

 イングリスはかまわず続ける。


「イングリスは前線に突撃し囮となりこれを撹乱、混乱した敵を上級魔印武具(アーティファクト)の力で殲滅する! 以上です!」


 ラフィニアの魔印武具(アーティファクト)の力を考えれば、変に敵味方入り乱れた乱戦にするよりも、これが手っ取り早く安全なのだ。


「ラニ、分かった?」

「……いつもやってる事を難しく言っただけよね?」

「そうそう。じゃあ大丈夫だね?」

「うん」


 と、囁き合い――


「では、イングリス・ユークスが敵の撹乱を行って参ります!」


 イングリスは皆にも聞こえるように言うと、壁を外側に飛び降り、魔石獣の集団に突っ込んで行く。

 その数は数十に及ぶが、かまわずひるまず一直線に。


「な、なんて事をするんだ……!」

「無茶だ! 相手は凄い数だぞ!」

「おい待て! 止めるんだ――!」


 それが騎士達には自殺行為に見えるのか、後方からは悲鳴が上がっていた。

 だがすぐに分かるだろう――何の問題も無いということが。

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