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第30話 15歳のイングリス・天上人が支配する街

 ユミルを出て十日ほどが過ぎた。

 イングリスたちの故郷、城塞都市ユミルから王都カイラルまでの道程は、一月弱といったところだ。

 約三分の一程度進んだところだが、旅は順調に――行ってはいなかった!


「ん~! おいし~♪ 旅っていいわね、色々な所で美味しいものが食べられるもの!」


 今イングリス達がいるノーヴァの街は山が近いので、山菜や山で採れる果物などが豊富だ。

 木苺のジャムと果肉がたっぷり盛られたパイをぱくぱく口に運ぶラフィニアは、とても幸せそうないい笑顔である。

 食堂のイングリスたちのテーブルには、名物の木苺を使った甘いお菓子が所狭しと並んでいた。

 既に成人男性数人分の食事を平らげた後にこの始末である。

 他のテーブルからは無論驚愕の視線が投げかけられているが、イングリスも含めて慣れているので、特に気にはならない。


「でもラニ、正直食べ過ぎだよ?」

「でもクリスだって同じだけ食べてるじゃない」


 イングリスもラフィニアと同じペースでパイをぱくぱく頬張っていた。

 目の前にあれば食べざるを得ない。甘い、美味しい、止まらない。

 前世では食は太いほうではあったが、ここまでではないし、何より甘いものはあまり好きではなかった。


 しかしイングリス・ユークスに生まれついてからは、甘いものも好きになった。

 これも女性の体になったからだろうか? 前世とは違う人生の楽しみの一つである。

 着飾って華やかな自分を楽しむことや、甘いものに舌鼓を打つこと、女性の身にも結構な楽しみはあるものだ。


「そうだけど……もうホントにまずいよ」

「何が?」

「路銀が。これからは毎日一人前ずつじゃないと王都まで持たないよ」

「ええぇぇぇ~~!? そんなんじゃ、行く先々の美味しいものが堪能できないじゃない!」

「そうだよ。だから食べ過ぎだって言ってたのに……」

「じゃあれは? ルートを最短にして寄り道は無しに――」

「それは絶対ダメ! アールメンの街には絶対寄るから!」


 王都までの道中でちょっと遠回りになるが、どうしても寄りたい街がイングリスにはあった。

 はじめからそれは計算に入れての、今回の上京計画である。

 イングリスが寄りたがったアールメンの街に何があるかというと、魔石獣の最強種である虹の王(プリズマー)の死骸だと言われる代物だ。


 もう五十年以上前に、時の聖騎士が天恵武姫(ハイラル・メナス)を手にとって討ち取ったものらしい。

 是非この目で見て、虹の王(プリズマー)とやらの強さに触れてみたい。

 何も分からないかもしれないが、分かるかもしれない。

 となれば、行くしかないだろう。


「だからこれからは我慢ね。これが最後の贅沢だから――」

「イヤよ! そんなのダメ! それじゃ楽しくないもん、せっかくの旅は楽しまないと!」

「じゃあどうする気?」

「路銀が足りないなら、稼げばいいのよ! 到着までに時間の余裕はあるでしょ?」

「まあ――結構余裕を見て出発したからね」


 自分でも思うが、イングリスはラフィニアに甘い。

 孫娘を見ているような気分なので、ついつい何事も大目に見てしまうのだ。

 今も、ラフィニアの思いつきに付き合ってあげる気になっていた。


「よーしじゃあ、あたし達の楽しい食べ歩きの旅のためにお金を稼ぎましょう! 働かざるもの食うべからずだもんねっ! 大丈夫、あたし達の腕なら路銀なんてパパッとやってすぐだから!」

「うん。じゃあ働くなら、次の街で――」

「すいませーん! おばさーん!」


 イングリスが皆まで言い終える前に、ラフィニアはウェイトレスの女性に手を上げて声をかけていた。

 何事もこうと決めたら行動が素早いのがラフィニアらしいといえばらしい。


「あの……ラニちょっと――」

「はいはい何ですか? 追加のご注文ですか?」

「あ、じゃあ木苺のパイあと三人前っ♪」

「はーい。ありがとうございます」

「こら、ラニ」

「あっ。違った! まあ注文はそのままでいいんですけど、この街に何か働き口って心当たりありませんか? あたし達の腕を活かせて、パパッと稼げるやつ!」


 と、ラフィニアは上級印の魔印(ルーン)を女性に見せながら言う。


「まあ! それって凄い魔印(ルーン)なんでしょう?」

「はい。魔印武具(アーティファクト)もありますよ!」


 ラフィニアが携えている弓の魔印武具(アーティファクト)は、彼女に相応しい上級の魔印武具(アーティファクト)だ。

 それまでユミルの騎士団では保有していなかったもので、ビルフォード侯爵がラフィニアのために苦労して手に入れたものだ。

 ラフィニアとこの魔印武具(アーティファクト)が合わさった時の戦力は、並みの騎士や魔石獣など相手にならない。


「お若いのに、凄い騎士様なんですねえ……!」

「いやあ、まだまだこれから騎士の学校に通いに行く所なんですけどねっ」

「とにかく、そういう事でしたらここの御領主が、騎士様や傭兵を募集なさってますから行ってみたらどうですか? 一時的に魔石獣の討伐に手を貸すだけでも、喜ばれると思いますよ?」

「おぉあたし達向きっ! そうだよね、クリス?」


 ラフィニアの目がキラーンと光る。


「そうなんだけど……あの、それは人手不足ということですよね? 何故ですか?」

「それは御領主が変わって、先代の頃の質の良くない騎士や傭兵を追い出したからです。おかげで街は暮らしやすくなりましたよ。税も安くなりましたし。ですがその分人手が足りないようです。誰でもいいってわけじゃありませんから」

「なるほど、先代の頃の家臣を放逐するとは思い切った事をしますね」

「まあ、縁もゆかりも無かったでしょうから――最近先代までの貴族のお家が廃止になって、天上人(ハイランダー)の直轄地になったんです。今の御領主は天上人(ハイランダー)の方ですよ」


 女性はさらりとそう言ったのだった。

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