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第27話 12歳のイングリス15

「さあ、どうしようか――」


 この巨体だ。生命力もかなりのものだろう。

 あまり苦しめずに一撃で終わらせてやるのがせめてもの情けだろうが、それほどの一撃をこの街中で放てば、周囲の建物に被害が出る。

 この館だけならば既に破壊されているし、別に構わないのだが――


 恐らく、影響はそれだけに留まらない。

 となれば街の外に連れ出して倒すべきだろう。

 が、それもラーアルを誘導する間、彼が途中の建物を破壊しかねない。

 街の住民を巻き込みかねない。


「よし……!」


 ――決めた!


「イングリスゥゥッ!」


 直後に、突進してきたラーアルの拳がイングリスを襲う。

 イングリスはそれを見切ると、大きく飛び退って回避した。

 受け止める事、弾き返す事もできるが、あえて間合いを大きく開けた。


 イングリスはグッと大きく沈み込みながら着地をする。

 伸び上がる反動と、開いた距離を利用して加速を――!

 と、そこに太い大きな声が響き渡る。


「ラフィニアッ! イングリスッ! やはり娘達に全て押し付ける事などできんっ! おのれ天上人(ハイランダー)め何するものぞーーーーッ!」

「ラフィニア様! イングリス様! 今お助けに参ります!」


 ビルフォード侯爵に、副騎士団長のエイダの声だった。

 それに続く多数の騎士達の足音も。


「お父様! エイダも! 来ちゃったの!? しょうがないなあ!」


 言いながら、ラフィニアはちょっと嬉しそうだった。

 彼女の正義感からすれば、この場は放っておかずに駆け付ける事が正解なのだ。

 少々遅かった感はあるが、尊敬する父であるビルフォード侯爵が、そのように動いてくれて喜んでいる。


 ただ、もしイングリスが素直にラーアルに従っていたのだとするならば、ラフィニア達のこの行動は、余計な混乱を起こしただけだっただろう。

 ラーアルの機嫌を損ね、イングリス一人の犠牲では済まなかったかも知れない。

 このユミルを治める統治者一家として、それでいいのかは賛否両論あるだろう。

 むしろ否の方が多いかも知れない。


 だが人の情というものを感じる事は出来る。絆というものを見る事は出来る。

 それは、決して不快なものではない。

 だから何も言うまい、とイングリスは思う。

 いずれにせよ、こうなってしまった以上やるべき事は決まっているのだ。


 そしてそれは、彼らが来たからと言ってそう変わらない。

 少々工夫は必要かもしれないが――


「おおラフィニア、イングリス無事かっ!? おおぉぉっ!? 何だあの魔石獣は!?」

「いかん、館の敷地の外に出すな! 皆散会して当たれっ!」


 エイダが率いて来た騎士たちに指示を与える。


「待って下さい! あの魔石獣は強力です、迂闊に近づかないで! 大丈夫です、エリスさんが手伝ってくれますから、すぐに済みます!」


 イングリスはそう警告して騎士達の動きを制止する。


「え? 私? 勿論手伝うけど、あれは結構――ひゃあっ!?」


 と言うエリスに素早く近寄り、手を引くイングリス。


「行きましょう! 突っ込みます!」

「え、ええ――!」


 二人は全速力で、ラーアルだった魔石獣の前に走り込む。

 多少強引にイングリスが引っ張る形になるが、さすがは天恵武姫(ハイラル・メナス)。エリスも何とかついて来る。

 迎撃の拳が叩き下ろされたが、イングリス達の動きは早く、捕らえられない。


「合わせて! 蹴りますっ!」

「え、ええ――!」

「「はあああああっ!」」


 イングリスとエリスは全力を込めて、魔石獣の腹部を蹴り上げた。

 その尋常ではない蹴りの威力で轟音が響き渡り、魔石獣の巨体が空高く舞い上がった。

 天に放たれた矢のように、放物線を描いて飛んで行く。

 ユミルの街の外壁をも飛び越えて、街の外へと落下した。


 これが一番、街の外に魔石獣を連れ出すには手っ取り早い手段だ。

 蹴り飛ばしてしまえば、途中の街が被害を被る事も無い。


「「「お……おおおおおおおっ!」」」


 ビルフォード侯爵や配下の騎士達から、驚愕のどよめきが起こる。


「わあ! さすがエリスさん! すごいです!」


 イングリスはぱちぱちと拍手をする。


「いや、何を言っているのよ? 私の力であんなことまでは――」


 イングリスはすかさず小声でエリスを制する。


「しーっ! お願いします、調子を合わせて下さい……!」


 ラフィニア以外には、自分の力はある程度隠していた。

 イングリスの事は魔印(ルーン)こそ持っていない無印者だが、剣においては鬼才であると思われている。

 下手に混乱を招きかねないし、力を見せる事で、ユミルの守りは全てイングリスに任せておけばいいなどと思って貰っても困るので、そうしている。

 そんな事になったら、いつか強い敵を求めて旅立ちたくなった時に行きづらい。


 武を極める人生において、しがらみは少なければ少ない程いい。

 人々からの期待というのも、十分なしがらみの一つである。

 それに応じ続けた結果、前世のイングリスは英雄王イングリスになったのだ。


「わ、分かったわよ」


 と、エリスは頷いてくれた。


「さぁ仕上げですね! 行きましょう、ラニも!」

「うん! クリス!」


 イングリスはエリスとラフィニアの手を引き、瞬きする間に屋敷の敷地を抜け出した。

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