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第2話 0歳のイングリス

 女神の奇跡によって本当に転生したイングリス王だったが――赤子の身体とは厄介なものだった。

 ロクに動かせない上に、少し動くとすぐに眠くなるのである。

 まだ一歳にもならない彼改め彼女は、恐らくは普通の赤子とさして変わらないような日々を過ごさざるを得なかった。


 イングリスが生まれついたのは、ユークス家という騎士の家柄だった。

 父のリューク・ユークスはここらの領主の抱える騎士団の長であり、母であるセレーナは既に現役を退いているが、元々は父の配下の騎士だったようだ。

 まだ話す事も出来ないため、両親達の会話を聞いてそう判断した――という事だが。


 女性に生まれ変わったというのは驚きであるが、それよりも何よりも、赤子の体の不便さである。

 その前には、性別の事はさして気になりはしなかった。

 あれから――自分が生きた時代から、どのくらいの時が経ったのか。

 己が打ち建てた、愛すべきシルヴェール王国は、その後どうなったのか。

 そのあたりの事を知りたくとも、言葉も話せず、自分で動けもせずでは如何ともし難い。


 この日もイングリスは母セレーナの手により揺り籠に乗せられていた。これからお昼寝の時間のようだった。

 ここで寝たふりをし――赤ん坊が寝たと思った母が家事をするため目を離す隙を見計らう。

 そしてその隙に修行をするのが最近の日課だった。暫くすると本当に眠くなり、寝ってしまうのだが……

 しかしそれまでの少しの時間を、自らを鍛えるために費やすのである。

 赤子のこの体では、剣を握る事も叶わないが――それでもできる事はある。


 生まれ変わった赤子の体にも、女神アリスティアの祝福は活きていた。

 神の気を纏う半神半人の存在、神騎士(ディバインナイト)――

 その能力がそのままであるのは、霊素(エーテル)の存在を感じられた事から明らかである。


 霊素(エーテル)とは、万物の根源そのもの。

 この世界の全てのものは霊素(エーテル)により構成されており、個の違いは霊素(エーテル)の重なり方の違いに過ぎない。

 魔術の源たる魔素(マナ)ですら、元をただせば霊素(エーテル)の塊である。

 それを操るという事は、世界を意のままにするという事、因果を操るという事――

 すなわち、神の力である。


 ただ、霊素(エーテル)の制御は、魔素(マナ)を操りある程度の超常的現象を引き起こす魔術などよりも圧倒的に難しい。

 その代わり、引き起こされる現象の威力も圧倒的であり、魔術によって引き起こされる現象を遥かに上回る規模となる。

 前世のイングリス王が女神の祝福を受け神騎士(ディバインナイト)として覚醒したのは、成人してからだった。

 結局その後の人生で身に着いたのは、基本的な霊素(エーテル)の使い方だけだった。


 それでも超人的な力を発揮し英雄と呼ばれ、シルヴェール王国の王となるには事足りたが――

 恐らくその力は超人の域ではあっただろうが、その超人の域の中で見るとヒヨッ子もいい所だったに違いない。

 自己研鑽を積む時間も取れずに、年齢を重ねて行くだけだったのだ。


 今回の、イングリス・ユークスとしての人生では、幼い今から霊素(エーテル)の制御の修練を積み、前世では辿り着けなかった領域に到達してみたい。

 神騎士(ディバインナイト)たる自分を極め、神すらも凌駕する絶対の領域にまで上り詰めたい。

 そこで一体何が見えるのか――それは自分にも分からないが、行かねば分かるまい。


 武を極めるべく生まれ変わった今、無駄にしていい時間などはありはしない。

 体は動かずとも霊素(エーテル)を練る事は出来るのだ。

 早速イングリスは精神を集中し、霊素(エーテル)の制御を開始する。


 微弱ながら制御された霊素(エーテル)により、赤子の体はふわふわと浮き上がった。生まれたばかりにしては上出来。このままこれを維持して修練を続ける。

 ――つもりだったが、そうは問屋が卸してくれなかった。


「魔石獣が来たぞー! 皆避難だ! 城に避難しろーッ!」


 切羽詰まったそんな声が、屋敷の外から聞こえて来たのだ。

 魔石獣とは何だ――? 

 両親の話には時折出てきた言葉だが、実物を見た事は無かった。

 前世の時代にはそんな存在は無かった。恐ろしい魔物の類なのだろうが――?


「クリスちゃん! 急いで逃げ――ってえええぇぇ!? この子、う、浮いて……!?」


 慌てた様子の母セレーナが、子供部屋に駆け込んで来た。

 ……見られたか!? 誤魔化すべくイングリスはすぐに揺り籠に戻り泣き声を上げる。


「オギャー! オギャー!」

「い、いえ! それより早く避難しないと! この子に何かあったら、あの人に申し訳が立たないわ――! 大丈夫よ、イングリス。お母さんと一緒に避難しましょうね!」


 セレーナはイングリスを抱き上げ、そのまま急いで屋敷を出た。

 さて、魔石獣なるものが見られるだろうか?

 折角自分が前世を超える力を身に着けても、それを試す相手がいないのでは張り合いがない。

 願わくば、とてつもなく凶悪かつ倒し甲斐のある化け物であらん事を!

 赤ん坊のイングリスはそう願いながら、母の腕の中で揺られていたのだった。

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