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第17話 12歳のイングリス5

「やはりラーアル殿でしたか――その節はお世話になりました。お久し振りです」


 と、イングリスは丁寧に一礼をしておく。

 しかしあのラーアルが天上領(ハイランド)の使者とは一体どういう事だろう?


「不思議そうだな? 僕が天上人(ハイランダー)だって事に」


 今のラーアルは二十歳程の青年となり、そして頭に羽根飾りを付け、額には何か魔印(ルーン)に近いような文様が浮かんでいる。

 そして、瞳の色が緑色がかっているだろうか。


「ええ、率直に言って驚きました」

「だろうな。だけどこの額の聖痕こそが天上人(ハイランダー)の証だよ。僕は正真正銘の天上人(ハイランダー)さ」

天上領(ハイランド)に生まれずとも、天上人(ハイランダー)になれるものなのですね」

「なれるさ天上領(ハイランド)に多大な貢献をして、市民権を得られればいい」


 と、ラーアルは額の聖痕を自慢げに触って見せた。


「どのような貢献をなさったのですか?」

「単純に金だよ。商売をやって得た利益のほぼ全てを献上したのさ。権限を持っている上級の天上人(ハイランダー)とのコネは必要だけどね」

「なるほど――」


 単純に言うと、賄賂か。あまり気持ちのいい話ではないが。


「全財産をはたいたけどね。けどそれでこの立場が買えるなら、安いものだと思わないかい? 天上人(ハイランダー)の方が、そこらの地上の貴族なんかよりも実質的には上なんだ」

「わたしはあまり、そういう事には興味がありません」


 基本的に、己の武を極める事しか考えていない。

 それ以外の政治的なこと、社会的なことは理解不能とは言わないが、気にせずに生きて行こうというのがイングリス・ユークスとしての生き方だ。


「では何に興味があるんだい? 君は随分美しく成長したようだから、場合によっては天上領(ハイランド)を見せてやっても構わないと思ったんだけどな?」


 そういう目だ。男性の欲望を込めた視線――気持ち悪いので止めて貰いたい。


「わたしは、自分の腕を磨くことにしか興味がありません」

「おいおい、君は見た所魔印(ルーン)も持っていない無印者じゃないか。なのに腕を磨いて何になる? 神童も二十歳過ぎればただの人ってね。せっかく容姿は人並み外れているんだ。早めに花嫁修業でもしておいた方がいいんじゃないのか?」

「まだまだそんなつもりはありません」

「そうかい? せっかく忠告してやったんだけどな? 時間は有効に使わないとさ。こいつ程度でも、きっと今の君よりは強いよ?」


 と、ラーアルは彼の近くの壁際に控える大男に目をやる。

 普通の成人男性よりも、頭二つ以上飛びぬけた大男だ。

 その体格も異様だが、もっと異様なのは格好だ。

 顔を全部覆ってしまうような鉄仮面を被り、それをこの場でも外さないのだ。


「……この方は――?」

「身辺警護用の奴隷さ。天上人(ハイランダー)には当たり前の事だよ。兜を取った方がもっと醜くて悪目立ちするから、このままにさせておいてくれ」


 つまらなさそうに言い捨てるラーアル。

 奴隷と呼ばれた男は、身動き一つしない無反応だ。


「…………」


 これもまた、気持ちのいい話ではない。

 どうもラーアルと話していると、天上領(ハイランド)天上人(ハイランダー)というものへの心証が悪くなってしまいそうだ。


「お、そうだそうだ! お嬢ちゃん達に会わせたい奴がいるんだよ! きっと記念になるから、是非会っとけよ!」


 と、恐らく意図的に明るい声で沈黙を破ってくれたのは、側で聞いていたレオンだった。


「レオンさん、それってどんな人ですか?」


 ラフィニアが尋ねている。

 聖騎士のレオンも十分珍しい立場の人で、会っただけで記念になると思うが。

 その上天上人(ハイランダー)のラーアルとも面会し、今日は珍しい人との対面が多い日である。


「そりゃあれだ、聖騎士がいるとなれば、対になるモンがあるでしょうよ?」

魔印武具(アーティファクト)? ってじゃあ特級印の魔印武具(アーティフ��クト)って言えば……!」


 ラフィニアの瞳がキラキラと輝く。

 イングリスも似たような気分だった。


「そうだ天恵武姫(ハイラル・メナス)だ! 特に女の子には憧れだろ?」


 天恵武姫(ハイラル・メナス)と言うのは、特級印専用の究極の魔印武具(アーティファクト)――に変化する能力を持った者達ことである。

 人なのか魔印武具(アーティファクト)なのかは定かではないが、普段は少女の姿をしており、彼女らの意思で武器化する事が出来るという。


 そして天恵武姫(ハイラル・メナス)が変化した魔印武具(アーティファクト)は恐るべき威力を発揮し、それを扱えるのは聖騎士だけとの事だ。

 莫大な貢物と引き換えに天上領(ハイランド)から遣わされる、地上を護る女神――最後の切り札、希望。そういう存在である。


 天恵武姫(ハイラル・メナス)と聖騎士の組み合わせこそが、国をも滅ぼすという最強の魔石獣に対する唯一の対抗策――そう言われているのだ。


「わ! わ! 会いたい会いたい! 何処にいるんですか!?」

「わかんねえから探しに行くぞ! ついて来い!」


 と、レオンが歩き出してイングリス達を手招きする。


「は~い! 行こっ、クリス!」

「うん。分かった」


 恐らくレオンは、イングリス達をラーアルから遠ざけようとしてくれたのだろう。

 あのまま話していても生産的だとは思えないし、助かった。気遣いに感謝しよう。


「いや~、あいつの話聞いてたらムカつくからな~。お嬢ちゃん達をダシに抜け出せて助かったぜ。悪かったな、利用しちまって」


 レオンはそう言ってにやりと笑みを見せる。どうやら自分の為でもあったらしい。

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