第15話 12歳のイングリス3
ビルフォード侯の居城にある支度部屋が、ざわついていた。
「素敵……! 本当に綺麗だわ!」
「まるで、絵画の中から飛び出してきたみたい――!」
「お若いのに、もう女性としての魅力をお持ちね……!」
下働きの女性達が、イングリスの姿を見てため息をついているのだ。
「よしっと。髪も結い上がりましたよ、イングリス様。それにしても、やっぱりいいモノっていうのは、あるべき人の所にあるものなんですねえ。本当によくお似合いですよ?」
城下の仕立て屋の女将が、イングリスの髪を結い上げて笑顔を見せる。
今夜は、王都からの使節団をもてなす宴がある日だ。
その準備を手伝うために、仕立て屋の女将も城にやって来てイングリス達の世話をしてくれていた。
イングリスが今着せて貰ったのは、この間彼女の店で試着させて貰った赤のドレスだ。
今日の夜宴に出席するために、と両親が買い入れてくれた。
彼女の台詞は、その事を言っているのだ。
「あ、ありがとう。でもちょっと恥ずかしいな……」
支度部屋の注目が集まり過ぎている。
自分一人や、気心の知れたラフィニアやこの女将の前ならばいいが、よく知らない人間にそこまで注目を浴びるのは恥ずかしい。
前世では国王として、数多くの臣民たちの注目を浴びる存在ではあったが、それとこれとは話が違う。全然注目の種類が違うのだ。
「何言ってるんですか、イングリス様。会場に入ったらもっと注目を浴びますよ? ほらほらいつもみたいに、くるっと回ってにっこり笑顔! 練習してみて下さいな」
「ええと……こうかな?」
くるりと回ると、ドレスの裾がふわり。結い上げた髪もさらりと揺れる。
続く笑顔に、下働きの女性たちが、可愛い! 綺麗! と歓声を上げる。
「や、やっぱり恥ずかしいなぁ……」
「ほらほら。背筋をちゃんと伸ばして、しゃんとしていて下さい。その方が綺麗に見えますからね?」
「クリス~。準備できた~? おっ! 出来てるわね。ん~。相変わらず綺麗っ♪」
黄色のドレスに身を包んだラフィニアがやって来て、イングリスの姿を見て喜ぶ。
ラフィニアもドレスと頭の花飾りがよく似合っている。
年相応の少女の可愛らしさと、彼女らしい溌溂とした明るさがよく感じられる。
「ラニこそ、よく似合ってて可愛いよ。すごくね」
「そ~お? あたしなんてクリスと並んだら引き立て役よ?」
「そんな事ない! 凄く可愛いよ。あの小さかったラニがこんなに成長してって、今感動してるんだよ!」
振り返れば赤ん坊だった頃のラフィニアも、イングリスはしっかり覚えている。
それがこんなに――あっという間だった。
親ではないがこれが親心と言うものだろうか。
成長したラフィニアがここにいると言うだけで、しみじみとした感動を覚えるのだ。
「あはははっ。何それ、お父様やお母様みたいね。でもありがとう、クリス。クリスがそう言ってくれるなら大丈夫よね。あたしだってドレスとか着慣れないし、ちょっと緊張してたのよ」
「二人ともよくお似合いですよ! ささ、準備は出来ましたから行ってらっしゃい!」
仕立て屋の女将が、イングリス達の背中を押した。
「よし! じゃあ行こ、クリス!」
「そうだね」
ラフィニアがイングリスの手を引いて、二人は夜会の会場へと向かう。
一階の、中庭に面した大部屋が今日の会場だ。
入口を入ってすぐの所に、きりりと精悍な顔つきをした、若い女性騎士が立っていた。
彼女はエイダ。若いながらこのユミルの騎士団で副騎士団長を務めている。
現在は間の悪い事に、父リュークは国内他領への救援のための遠征に出ている。
だからこの場は、彼女が警備等の責任者という事になる。
「あらラフィニア様、イングリス様。二人ともよくお似合いですね! とても可愛らしいですよ!」
イングリス達は騎士団の討伐に帯同したり、訓練も共にしたりするので、彼女とは普段から親しい仲だ。同じ女性という事で、何かと彼女が面倒を見てくれていた。
「ありがとう、エイダ」
「ありがとうございます」
「さ、どうぞ奥へ。侯爵様もお待ちでしょう。楽しんで来て下さいね」
と、エイダは笑顔で言い、その後少しだけ表情を引き締める。
「ですが一応、周囲に注意を払っておいて頂けると助かります。このユミルにそんな輩が現れるとは思いませんが、世間には反
「心配性ね、エイダ��。ユミルは田舎だもの、そんな話は別の世界の事よ?」
「ラニ。父上もいないし、エイダさんは責任重大なんだよ。協力はしようよ」
むしろそういった者が現れたのなら、どの程度の力か腕試しをしてやりたいものだ。
「そうね。あたし達の腕を信用して言ってるわけだもんね?」
ラフィニアは上級印の持ち主であり、騎士団のどの人間よりも
「勿論です。お二人とも、お願いします」
「うん、じゃあ行ってくるわね」
「分かりました。それじゃ」
イングリスとラフィニアは、会場の奥へと足を踏み入れて行く。
すると、会場の視線が彼女たちに集中する。
主にはイングリスに――だが。
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