欲しがり妹に転生したので姉のものはいらないと言いたいんだけど、ゲームシナリオの強制力が邪魔するんです!
「お姉様だけずるい」
小さな子供の声がした。って言っているのって私?
目の前にはどこかで見たようなピンクの髪で金色の瞳をした、美しい少女が困ったような顔でこちらを見ている。
ここどこよ。なんだか知っているような知らないような……既視感ってやつ?
少なくとも、私の日常にはない風景ね。大学の演劇サークル、次の作品現代劇だよね。セット? なわけないし……。
意識がはっきりしないまま、私の口が開いた。
「おねーさま、そのブローチ私に頂戴!」
いやいや、人のもの取ったらいかんでしょ! まあ、わがままな子供の戯言だよ。許せ。って何やってんだろう私。
「これは私のお母様の形見なの。許して」
美少女がうるうると涙目で見つめてくる。あれ? やっぱり知っている。このシーン。……シーン? どういうこと?
「姉なんだから妹に優しくしなさい!」
いやいや、それはないでしょ、お母様。形見だって言っているし……ん? お母様?
そこでぼんやりと現実感がなかった私の意識がはっきりくっきり目覚めた!
このシーンはあれだ。乙女ゲーム【君のためなら全てを排除しても構わない】通称【すべはい】の回想シーン。初めてヒロインから欲しがり義妹のザラメ・ルーデンハイドがものを取り上げる所よ。ここからドアマットヒロインとして成長する記念すべき回想回。
つまり私は悪役令嬢として、ヒロインの妹ザラメに転生したっていうの?!
まずいじゃない! このブローチ私が持っていると、最後に糾弾される元になるのよ!
お姉様! あなたには大事な形見のブローチでしょうけど、私にとっては特級呪物! 簡単に渡さないで〜!
頭の中でそんなことを思っているのに、状況は流れていく。
お母様! 取り上げないで! 私に持ってこないで〜!!
「ふっ、お姉様より私のほうが似合うでしょ」
バカ〜! 何言ってるのよ私! ほら、お姉様静かに泣いてるじゃない。
决められたストーリーが終わったのか、やっと体が自由に動かせるようになったよ。私は慌ててブローチを姉の前に出した。
「っていうのはウソ! お姉様の方が似合うわ。私こんなブローチいらないから、お姉様が持っていなさい」
おい! 口調! キャラ変できないのかな? これじゃわけわからないツンデレみたいじゃない。
お姉様の顔が笑顔に変わって、抱きしめられた。
これ、夢ならいいな。……そんな希望は2〜3日で諦めた。私はゲームのシナリオを思い出すことにした。
◇
これって、私詰んでるよね。
姉のヒロイン、今回はフローレンス? って名前みたいだけど、二歳上の姉がどの攻略対象を射止めても私はザマァされるのよね。ちなみに爵位は侯爵だから、ギリ王子との恋愛もOK。攻略対象にも入ってるんだよね。
スケベジジイの嫁にあてがわれて好き放題されたり、娼婦に落とされたり、牢獄でいたぶられたり、ならず者をけしかけられて襲われたり……。
誰の性癖よ! 変態シナリオライターめ!
私の貞操は私が守らなきゃ!
姉が幸せになるのを止める気はない!
でも、私のバッドエンドはなんとしても止めなくては!
現在5歳(精神年齢24歳。彼氏も経験も無し)の私は、ゲームシナリオに対抗することを誓った!
あ、お姉さまの孤立化はお母様を言いくるめて回避したから! 第一段階は成功だね。
◇
姉がクッキーを食べようとしていた。
「お姉様ずるい! 私にちょうだい」
ちっ、こんな所ゲームではなかったのに。日常生活にまで干渉しやがるのでしょうか!
「お嬢様のおやつはこちらにありますよ」
メイドが言っても私の体は止まらない。ゲームシナリオの強制力ってやつだ。
「お姉様のが欲しいの!」
無理やり取ってひとくち食べた。その瞬間、体が自由になった。
「ど、毒見は終わりました。あとはお姉様が食べなさい!」
クスクスとほほえましい笑い声が上がる。「お優しいですね」とか、「フローレンス様が大好きなのですね」とか。
違うから! ツンデレでも仲良し姉妹でもないから!
ゲームの強制力のせいなんだって〜!
逃げ出すわけにもいかず、いたたまれない空気の中お茶を頂いた。
◇
「お姉様ずるい〜!」
また始まったよ、ゲームシナリオ。私の体勝手に使わないでよね。
へいへい。今度は何ですか? 学園に通う姉が羨ましい?
知るか! 年齢違うんだから!
「本当にフローレンス様がお好きなんですね」って、違う! 何そのほほえましい笑顔!
あっ、でももう体が動く。強制力ここまで?
「その教科書、私にも見せなさい! お姉様より賢くなってあげるから」
うん、多分いまでもお姉様より賢いよ。大学出てるからね。
あ〜!小学校3年生レベルだ。地理と歴史と魔法も基本的なところだけね。
1週間、いえ、3日で覚えよう!
姉から教科書を3日だけ借りて、学園一年生の知識は大体覚えた。
魔法は家の書庫を漁って研究しよう!
教科書を返したら、「まだ難しかったでしょ」って笑われたよ。
面倒くさいからそういうことにしておこう。
だから、使用人達! 仲良し姉妹じゃないから!!
◇
魔法楽しい!
ラノベでよく見た魔力増強法と科学による融合。この世界で役に立ったよ!
テンプレ大事ですよね。そうですよね。
でも隠れてやらないと! 私は目立たないように生き延びるんだ!
そして、いざとなったら国外逃亡してやる!
そのために手の内はさらさないよ!
◇
学園に入学した。学園は4年間。姉は今三年生。私は飛び級して二年生。だって小学生の勉強のやり直しなんて面倒くさいじゃない。二年生でも小学校高学年くらいだけどね。飛び級一年しか出来なかったんだから仕方ない。
出来れば姉より早く卒業して、卒業パーティー出ないようにしたかったんだけど。
こんな所までシナリオの強制力なのか⁉ 理不尽だ!
二年生でもトップとって、後期は三年生を目指すぞ!
って、お姉様が攻略対象を引き連れてこっちに来た!
「ごきげんよう、ザラメ。学園は慣れた? 皆さんに紹介しますわ。私の大切な妹ザラメよ。優秀で入ったばかりなのにもう二年生なの。ザラメ、こちらはアルフォート第一王子」
「よろしく、君がフローレンスの最愛の妹だね。よく聞いてるよ」
あっ、美形だけどなにその余所行きの笑顔。苦手!
「こちらが宰相のご令息、ルマンド様」
「よろしく。優秀なんだってね。頑張って」
うん。感じは良さそう。
「騎士団長のご令息、パキーラ様」
「おう、困ったことがあれば頼れ」
でかい!
「プチプライム商会の会長の子息、バジル君」
「お、かわいいじゃん。必要なものがあったら割引してあげるよ」
軽いね。
主要キャラ勢ぞろいですか。このゲーム他にも攻略対象いるけど、まあメインはこの四人ね。
あ、ゲームの強制力が……、逆らえん!
「お姉様ずるい!」
ちっ、始まったよ。
「お姉さまだけ、そんな素敵な人に囲まれて!」
あ~、別にこいつらどうでもいいのに!
「そんなことはないわよ。きっとあなたにも」
「一人ぐらいちょうだい!」
いらね~よ! 勝手に幸せになって! ってゆうか男侍らすな! はしたない!
「頭が良いとは聞いていたが」
「ま、年相応なんじゃない?」
ルマンド様が冷ややかな目で言い捨てた。
バジル先輩がフォローしてるけど、精神年齢上だから!
「そんなこと言わないで上げて、ルマンド様」
我が姉ながら私を陥れようとしない。だけど来年断罪されるんだよね。
「では、わたしが躾けてあげましょう。もともとは賢いようですし」
いらんわ! ってなんで関西弁? 心の声が関西弁になってる!
まあいい。本当にいらない!
って言えない。なにこれ? これもシナリオ修正のための強制力ってやつ⁉
翌日から、宰相のご子息ルマンド様が学園で私の周りをうろつくようになった。
◇
だ~か~ら~! いらないんだよねそういうの! ストーカーじゃあるまいし!
二週間経ってみて、こいつの本性が見えたね。
ルマンド様、かなりの偏屈。自分の意見が絶対。人の意見なんて聞き入れない。
しかも、どえらい男尊女卑。
自分より格下だと思う人には容赦ない。
こんな人お義兄さまとは呼びたくない!
仕方ないので、私が姉から取り上げて一旦彼氏にした後、こっぴどく振ってやった。
◇
ゲームの強制力め~! また「お姉様ずるい」発動ですか!
今度はバジル先輩? だから趣味じゃないって!
って、こいつ女好き? あちらこちらで何股かけているのよ!
こんな人お義兄さまなんて呼びたくない!
お姉様から取り上げて、付き合った後にこっぴどく振ってやった。
私は周りから「悪役令嬢」という風に呼ばれ始めた。いいよもう、何とでも言えば。
早く卒業して国外逃亡しよう! そのために前期のテストで満点と、飛び級試験合格で進級してやる!
そんなこと思っているのは私だけだと思っていたら、クラスメイトのリベラも飛び級の試験を受けてるよ。何で?
「だって、俺と張り合える成績取ってるの君だけじゃない。一人逃げるのはずるいよ」
知るか。私は早く卒業したいんだ!
「学園は人脈作りも大切ではないでしょうか? 私はそこをあきらめていますから」
逃亡者に人脈いらないよね。
「だからリベラ先輩は普通に進級してらしたのですよね」
他国から留学しているリベラ先輩は他国の商人の三男。この国で人脈を作って王国に支店を出す足がかりにしたいらしい。
「まあね。でもやっと競えあえるほど優秀な生徒が出てきたんだ。先に行かれるの嫌だよね」
そう? 私はどうでもいいけど。
「それに三年生には王子様や宰相様、騎士団長のご子息も揃っているし。顔つなぐなら三年生の人たちの方が良さそうじゃない」
まあ、確かにそうかもね。なるほど。
「心配ないとは思ってるけど、一緒に飛び級しようね」
あんまり気にしていなかったけど、リベラ先輩って美形だったのね。サラサラとした銀の髪を肩まで伸ばして、ブルーの瞳がきらめくように銀髪に映える。細身だけどしっかりとした筋肉質の腕が、鍛え上げられた体を想像させる。
「残念がるでしょうね、クラスの女子達。大分モテていたんでしょ」
美形の商人は女好きに決まっている。バジル先輩がそうだったし。
「失礼なこと考えてない? 別にモテてなんかいないさ」
無自覚ですか! それとも余裕? どっちみち私には関係ない。近づかないようにしましょう、そうしましょう。
二人とも優秀な成績で三年生に進級したよ。当然だね。
◇
後期から三年生。二人も飛び級したからリベラ先輩とはクラスが別だ。よかった! 面倒ごとは放置だ!
だけど姉と一緒のクラスだった。攻略対象の4人も一緒に。
ゲームの強制力、半端ねえ!
しょっちゅう出る「お姉様ずるい」攻撃に、私の精神ボロボロだよ!
やりたくないのになぜやらせる! あ~もう! 悪役令嬢の悪評があぁぁぁぁ。
でもお姉様、どっちを攻略するんだろう。ルマンド様とバジル先輩は私のせいで対象外決定だし、王子のアルフォート様か、騎士団長のご子息パキーラ様か。
姉の性格からして王妃は無理でしょ。ぱやぱやしたお花畑がこの国の国母では国民が心配。
パキーラ様は脳筋だけどいい人っぽいし、そっちにしなよ。
そう思っていたら、シナリオが修正力を発揮した。そうだよね、私が飛び級とかしていたからシナリオ狂いまくったよね。ざまぁ、って思っていたのに。
私と王子との婚約が発表された。何でだ! シナリオ無茶振りしすぎ!
私の成績の良さと、魔法の才能のとびぬけ方が半端ないのがばれたせいで王室が動いたようだ。だって授業のレベルが低すぎるんですもの! 政治・経済、次から次と教授たちと話し合ったり、日本の保険制度なんかを引き合いに出してディスカッションしていただけなのに。
魔法もね、ちょっとだけやり過ぎたことはある。本気なんか出していないよ。5パーセント程度だよ。
本気出したら城落とせるね。やらないけど。
とにかく、姉から王子を奪い取った悪女としてさらに有名になってしまった。
シナリオ~! このやろう~!
叫んでも無駄でした。はい。
王子には虫けらのような目で見られ、周りは先輩たちだらけ。私13歳で周りは15~6歳なのよ! 身長差! 体格差! 半端ねーぜ!
そんなこんなで時間がたちました。
姉はパキーラ様と婚約し、パキーラ様は婿入りし騎士団へ就職が決まった。それだけはよかったよ。
私は王子のヘイトを稼ぎながらも婚約者として学園生活。周りのお嬢様は私をいじめ放題。
とは言っても、物理ならやり返すから! 何なら家ごと(物理で)
嫌味言われたり、物を隠されたり。
あっ、物を隠された時は嬉々としてシナリオが発動した。「お姉様ずるい」って言うと、姉がいろいろ貸してくれた。教科書とかノートとか。
いらないよ! なくても全部理解しているから!
そうして平凡な日々は続き、とうとう卒業パーティーまで時間が進んだ。
◇
「ザラメ・ルーデンハイド! 貴様のような悪女は王家にふさわしくない! 姉であるフローレンス嬢を陰湿にいじめたこと、調査はすんでいる! 婚約を破棄し、王国を追放する!」
傍らに平民のヒロインは……。うん、いないね。シナリオ上、ヒロインはお姉さまだけだから。って、姉はパキーラ様の婚約者決定だよ。本当に単なる婚約破棄だけ⁈
シナリオ~! 大丈夫か!
「妹はそんなことしていません!私はいじめられてなんかいないです」
姉が反論した。王子が「えっ」て顔をしているよ。まあ、いじめていないしね。
「フローレンス。君の優しさがそう言っているんだね。妹を助けたいために」
「そんなことありません」
ああ……泥沼だよ王子。え~と、私はどうすればいい?
「それにザラメに人生を狂わされたのは他にもいる! 証人前へ!」
誰かいたか? どっちかというとボッチだぞ。っていうかボッチそのものだよ。あ~、……ボッチか~。ちょっとくるね。
って、ルマンド様とバジル先輩が? 何で?
「わたし達はこの女に惑わされてフラれました!」
あ~、あったね。忘れていたよ。
「さらに、別れる理由を周りに知らせるように大声で話し、おかげでわたし達の評判が悪くなったのです」
「そうだ! その後から女が近寄らなくなったんだ! どうしてくれるんだ!」
だって、あんたらの素行が悪いのが知れ渡っただけじゃん。遅かれ早かれバレるんだからさ、被害者少ない方がよくない?
「俺も、貴様が婚約者ということで、楽しいはずの学園生活が女っ気なしで過ぎ去っていってしまった! 貴様のせいでな!」
知らん! こっちも被害者だ! 文句あるなら貴様のパパにでも言え!
「これで罪は明白となった」
どこがだよ!
「ザラメ・ルーデンハイドとの婚約は破棄! 爵位を取り上げ、国外追放とする!」
「かしこまりました」
「え?」
「罪状は否定したいのですが、婚約破棄と国外追放は魅力的です。受け入れましょう! どこかにサインをしましょうか? いや~、もっとひどい刑かと思っていたので良かったです。理想的な刑ですね。ありがとうございます」
王子、固まるなよ。お互い手打ちでいいよね。
「ちょっと待った~!」
誰? 待つな!
「婚約破棄と国外追放! ザラメ様、それでしたら俺が婚約を申し込みます」
は? 誰? ああ、リベラ先輩。クラス違うから接点少なかったけど、教授たちとの討論によく交じりに来ていたよね。
「君が飛び級で二年生のクラスメイトになった時から好きでした。俺と結婚してください」
「え? リベラ先輩、モテますよね。私浮気性な方は嫌なのですが。商人はあちらこちらに女を作ってなんぼと同じ商人のバジル先輩が言っていましたので」
「俺は浮気なんてしません! 誰とも付き合ったことはない!」
「そうなの?」
「あなただけを愛することを誓います。ザラメ・ルーデンハイド様」
「あ……ありがとう」
何このシチュエーション! ドキドキするじゃない。
「いいですね、アルフォード・ブルボン王子」
「あ、ああ。リベラルク・グリコール王子」
は? なんですと? 誰よリベラルク・グリコール王子って?
「ごめん。実はグリコール王国第三王子のリベラルクというのが本当の俺なんだ。留学先のここでは王子としてではなく庶民として様々なものを見て回るために、王家に協力をしてもらっていたんだ。アルとは昔からの顔なじみさ」
え~、聞いてない。っていうか言えるわけないか。
「俺が惚れたのもそうだけど、君は優秀だし、国の事も考えられる優しい子だ。姉の事を守ろうとしていたんだろう。ルマンドとバジルは結婚相手としては君の姉には向いていない。だから引き離そうとあんなことしたんだろう」
姉のためより、自分のためです! はい。
「君と教授たちとの討論も素晴らしかった。俺にはない発想が次から次と」
ええ、異世界の情報ですから。
「君しか考えられない。俺と一緒にグリコール国を繫栄させよう」
え? ちょっと、手を取られてる? そのまま唇が手に……。
こんな美形に言い寄られているの?私? 想定外よ~! シナリオさん、バッドエンドの強制力はどうした!
あ、婚約破棄と国外追放でシナリオ通りですか、そうですか。
◇
その後、パーティーは解散に。
王子は王様と大人たちに怒られ、王太子の座を一旦引き上げさせられた。
ルマンド様とバジル様の悪評はさらに広がり、家督を継げなくなったみたいだね。よく知らないけど。
姉はパキーラ様と結婚し幸せに暮らしている。
そして私は……。
ブルボン王家から何度となく引き留めがあったが、リベラルク様が拒否。甘々の言葉で私にプロポーズを続けた。
あんな美形に甘々のプロポーズされ続けて落ちない女なんている?
あ~! もう! 私がこんなに独占欲が強い女だとは思ってもいなかったよ!
惚れさせられました。はい。大好きです。
シナリオさんは、姉の幸せと私の国外追放を勝ち取って満足なされたみたいです。
よし。私の貞操は守り切ったよ!
……………………まあ、なんですか。はい。
……………………私の全ての初めては、数年かけてリベラルク様に捧げましたよ。
おしまい。