お願い田中君!
稀代の天才発明家、中村サオリはショタコンであることがバレた。いや、バレたというより両親に勘付かれた。いっときはごまかすも、成人男性との婚活に放り込まれることになる。進退窮まったサオリは旧知の友人。田中君に救援を求める。
「長い付き合いだからわかると思うけど。あたしの許可なく発情しないで。あたしの許可なく身体に触れないで。あたしの許可なく成長しないで。あたしを怖がらせないで。だから、あたしは少年しか愛せないの。お願い田中君。人間という仕事をさせて。パパとママを安心させないといけないの」
少年しか愛せない。天才発明家サオリの苦悩と葛藤のラブロマンス。彼女は男性を愛せる様になるのか!? 彼女の婚活ロードと、勝利への道を描き出す渾身の一作!
「誰か良い人はいないの?」
天才発明家、中村サオリは困惑している。
リビングで対峙するのは両親。
「パパとママは、あたしがお部屋から出て、誰かと親しく交際してるように見える?」
中村サオリは実家暮らし。大学も実家から通った。貞操観念の厳しい親というわけでもなかった。むしろ在学中は「外泊の一つでもしてこい」と奨励された。
妙齢を迎えてなお、少女のように天真爛漫と過ごす娘をみて不安に思うのも道理な話。
「いや、ほら。たまにだけど。サオリは出かけるじゃないか。銀行の窓口にね」
「……それは銀行の融資担当の田中君よ。融資の相談する時は彼を通すように言われてるの。あたしは他に知り合いいないし。友達もさほどいないし」
むっつりと黙っていた母が割って入った。
「ああ!? あの子ね。くりっとお目々の可愛い子。サオリのお気に入りじゃない。いつも連れ回してたわ。あなたの後ろを引っ付いてくるくる走り回る元気な子だった」
「ママ……そ、それはもう何十年も前の話だからね」
そんな幼い頃の話を掘り返されるか。
「サオリ。お前が一生懸命なことは知っている。お前の発明で我が家は潤っている。パパは自分で稼ぐのが嫌になる位にお前は稼いでくる。トンビがタカを生んだようなものだ」
中村サオリは日本有数の高額納税者である。両手の指を使っても足りないほどの資産が転がり込む。両親は娘の仕事を理解はできないが「なにかすごいことをしているらしい」というのは理解している。周囲の人物もサオリの重要度を理解している。サオリが地元を離れないように、サオリにとって心地よい空間を作るということは地元自治体の最優先課題だ。サオリの転出を防ぐために実家を中心とした再開発の企画が推進されている。
社会を動かす女性。サオリ。高額納税者である。
「お前がそういうことに興味がないならいいんだよ。別に一生独りでやってもいいさ。お前の財力なら、超一流のメイドさんでも雇って楽しく暮らしてもいい。だけど、パパとママはな。お前がそういう奴じゃないって知ってるんだよ――」
両親は言いづらそうに、息を継ぎながら、言葉を絞り出していく。
「――サオリが。地元愛が深いのは知っている。通販も利用せずに、地元商店街を経由して品物を買う。お前の注文を通すことで商店街は潤っている。お前が買い揃えている漫画や小説もパパとママは知ってる。バチバチの恋愛ものだ。だけど、年下の少年と年上のお姉さんの作品が多い。もしかしてだけど……サオリはショタコンって奴なのか? 結婚相手は少年じゃないと駄目か? お前がいくら金持ちだと言ってもな。未成年は駄目なんだよ」
娘が道ならぬ道。金に権力にものを言わせて、年端もいかぬ少年たちを買い漁る性豪のような扱いである。
「パパもママも考えすぎ。別に少年愛を嗜好としている作品が好きってだけで。あたしは別にね。成人の男性ももちろん興味あるわよ。そういう作品もあるでしょ」
あるにはあるが本当に少しだ。
娘の弁明に両親の顔はぱっと明るくなる。娘が未成年の少年達を相手にやましい気持ちを持つわけではないことに安堵した。
「ああ。パパとママは安心だよ! それじゃ、今日の話の本題に入ろう」
「え? これが本題では?」
両親曰く、もしも娘の好む所が「未成年の少年を性的に眼差す」というものであれば、この企画は成り立たなかった。
「お前の交際相手を探そう」
「無理。交際の手順とか面倒で嫌なんだけど。それする位なら、ラボで遊んでたい。いや、仕事してたいわ」
サオリにとって遊びと仕事は同義である。
「人間やるのも仕事だ! 諦めて恋の一つでもしてくれ! そんな面倒くさがりなサオリのために商店街総出で、お前の婚活プッシュアップキャンペーンを主導する!」
人間やるのも仕事。父の言葉はやたらと含蓄が深い。
父の言葉を皮切りに、母が何やら書類の束を取り出して、プレゼンを開始した。
それは商店街内部のスタンプラリー形式の地域振興企画だ。
商店で商品の購入後、スタンプを取得。全てのスタンプを取得後、サオリの実家。中村工務店のサオリ嬢への求婚の資格が与えられるという特典付きの企画。
「あたしはこんな話はきいていないよ」
「何をいうの。サオリちゃん。だから、今こうして話してるじゃない。素敵なお婿さん候補が我が家に殺到するのよ。商店街は潤うし、あなたのお眼鏡にかなう男性がいるか選ぶだけでいいの。面倒くさがりなサオリちゃんにぴったし!」
サオリにとっては、合理的ではある。
「景品があたしへの求婚とあるんだけどさ。誰もこなかったら惨めよ」
「大丈夫よ。金がある女や男というのはそれだけで魅力なのよ。だから、うんと言って!」
母の泣き落としが始まった。ことサオリを含めた家族だけのことで終わるならば、構わんのだが。商店街自体がこの企画に向けて動き出しているとなれば、今更サオリがそれをどうこう言うこともできない。
仕方なく了承する。となれば、あれよあれよ物事は進み、商店街のスタンプラリーに関する告知が新聞広告をうたれた。
ところかわる。銀行の応接室。サオリは革張りのソファー腰掛けている。地面にめり込みそうな柔らかさだ。幾度となくおとずれた部屋であり、勝手知ったる我が家と言わんばかりの気安さがある。
今日は油まみれの服は着替えて、清潔なシャツとズボンに着替えている。これをおめかしというかどうかは人それぞれであろうが、サオリなりの敬意の表明でもある。
「おまたせしました。中村様」
走ってきたのか、田中は少し息が荒い。掛けていたサオリが立ち上がろうとすると、制された。
「待ったわ。コーヒーが美味しくて飲みきった」
少し待たされたことを茶目っ気を添えてからかう。
田中は慇懃といった様子で「もう一杯御用意しますね」と、いそいそと二杯目のコーヒーを準備した。
「さて、本日はどんな企画をお見せしてくれますか? 以前のようなAIの学習統合に関するサーバーの購入費用ですか? それとも、近所の子どもたちのおもちゃを直すための高性能3Dプリンターの購入費用ですか? 怪しげな薬の開発とか?」
サオリが在野の開発者として、あれこれしていく中で私財で賄うことができる様になったとしても、田中を企画の中に引き込んでいた。彼は企画を整理するうえでの勘所が優れている。そういった面でも得難い存在である。
しかし、今日は融資の相談とはまた別の話題もあった。
田中がコーヒーに口をつける。それを確認したサオリは話を振った。
「雑談していい?」
「長くならないなら。手短に」
あとにも予定をたてているのだろう。田中は時計を気にしている。
「あたしのショタコンがバレた。両親は誤魔化せたけど、数日のうちに成人男性があたしの家に殺到するの」
何を隠そうサオリはゴリゴリのショタコンである。筋骨隆々とした野趣あふれる男性を忌避している。
「新聞は読んでおります。爆笑しました。言葉を選ばずに申し上げるならば。ざまあって奴ですね」
田中。慇懃無礼を地で行く奴だ。サオリが突然の企画にオロオロしている姿を見せるのも田中くらいだ。
「ひどいわ。田中君! あなたはあたしに何度だって告白してくれたじゃないの!?」
「だけど、僕はショタじゃないからフラレました。群がる男たちをフリ続けたらいいじゃないですか。僕みたいにね――」
田中は自分で淹れたコーヒーをさぞ美味しそうに飲み干している。
「――コーヒー冷めてしまいますよ。どうぞお上がりになってください」
飲み干した姿をみて、サオリはほくそ笑む。
「あたしね。一〇歳の頃の田中君が大好きだったよ。ふわふわの綿毛のような髪の毛してて、あたしのことが好きなんだろうな。ってのがわかる視線で、あたしの視界に入ろうと一生懸命で。そういうのを見るとあたしも嬉しくなって。さて。本日御用意した企画は若返りの薬です」
「ほう。面白そうですね。実現できたら、皆さん商品価値を認めて殺到することでしょう」
「ええ、本日は試供品も御用意しました。無味無臭のそれは飲みやすくて、服用も容易いのです。飲みやすかったでしょう? 田中君?」
この言葉の意味を察した田中はすぐに給湯室に駆け込むが。みるみるうちに手足は縮み、精悍とした顔つきは丸みを帯びた少年のそれに変わっていく。
「てめえ! 盛ったな!」
声変わりがする前の少年の声は高く。サオリの記憶を刺激した。
「あれあれ。田中君。仕事モード崩れちゃった? 丁寧なことば遣いの田中君も嫌いじゃないけど。今の田中君も悪くないね! 自分よりちっちゃい男性からの恫喝だったら、怖くないわ。あたしはね理想の相手がいるの。それが田中くんってわけじゃないんだけど。まあ、妥協してあげる。長い付き合いだからわかると思うけど。あたしの許可なく発情しないで。あたしの許可なく身体に触れないで。あたしの許可なく成長しないで。あたしを怖がらせないで。だから、あたしは少年しか愛せないの。お願い田中君。人間という仕事をさせて。パパとママを安心させないといけないの」
時間を人質に取られた田中は、サイズの合わなくなったスーツをぞろびかせて、サオリの前にたった。
「言葉が乱れました。申し訳ありませんでした」
田中はサオリという存在が重要であることを理解していた。彼女が抱える大きな傷も理解していた。
「新聞読んだでしょ? 求婚してね。待ってる」
サオリは非常に満足そうに、応接室をあとにした。