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あなたを想い、巡り合った運命ならば……

かつて上倉の地には一つの伝説があった。

それは過去も未来も見通す事が出来るという巫女姫様の伝説だ。

しかし、そんな巫女姫様も、戦を仕掛けられ滝壺にその身を投げて命を落としたという。


それから数百年の時が経ち、伝説は再び蘇ろうとしていた。

遥かな過去と未来を見通す千里眼を持った姫様と同じ魂を宿した少女『東城姫乃』

そして、そんな姫様と愛の誓いを交わした青年『細田直幸』


今、新たな運命が開かれる――

都心から電車で一時間。

そこから地方へ向かえる乗り換え線には乗らず、郊外にしては大きな駅で降りて、駅前のロータリーから上倉バスターミナル行きに乗り込んで、終点の3つ前にある上倉町二丁目バス停の前に降りて、業務スーパーの前を通りながら道なりに歩き、10分。

バス通りに面したその店『喫茶モルゲンソネ』が目的の場所。

レトロな外観の店に入り、一番奥にその美少女が居れば、あなたはきっと幸運だわ。

その美少女がまさに噂の人物……過去も未来も見通す事が出来る千里眼の持ち主。

あなたの悩みは全て解決するわ。

でも、その美少女があまりにも可憐で美しいからといって恋をしてはいけない。

何故なら、その美少女には生まれた時から傍で思い続けている人が彼女の傍には居るのだから……。


「なんて! どうでしょうか!」

「うーん。まぁ、悪くはないとは思うっスけど。それをどうするんすか?」

「勿論、この便利な板から全世界へ発信します!」

「……」


私以外誰もお客さんが居ない店の中、直幸さんは正面に座る私をジッと見つめて、そして静かに首を振った。


「却下っスね」

「そ、そんな……!」


ガーン!

と頭を打ち付けた様な衝撃で、私はテーブルの上に上半身を預けた。

はしたないですよ! と怒られそうだが、今だけは許して欲しい。

一日考えていた事が何の成果も得られなかったのだ。

落ち込みもする。


「っていうか。気になってたんっスけど。後半の美少女がどうこうって下りは姫乃ちゃんが考えたんじゃないっスよね?」

「はい。莉乃ちゃんが」

「やっぱり莉乃ちゃんかぁ」


直幸さんが小さくため息を吐きながら呟いた言葉に答える様にお店の扉が勢いよく開かれ、一人の少女が飛び込んできた。

キラキラと輝く笑顔と、長い髪を二つ結びにした元気な女の子……。


「莉乃ちゃんサンジョー! コラぁ! 聞こえたわよ! 細田直幸ィ! よくも私の悪口を言ってくれたわね!」

「らしゃーい。ご注文は」

「オレンジジュース!」

「へーい」


莉乃ちゃんは軽快に店長さんとお話をしながら一番奥の席まで駆けてくると私の隣に座り、そのまま抱き着いた。


「私の居ない隙にお姉ちゃんに手を出そうなんて、百万年早いのよ!」

「店に来て早々に騒がしいッスねぇ。他のお客さんに迷惑ッスよ」

「他の客なんて居ないじゃない!!」


莉乃ちゃんの放った一言は、カウンターの中でオレンジジュースの準備をしていた店長さんの心を貫いた。

そして、直幸さんも少し困った様な顔をする。


「ま、まぁ。確かにこの店が今にも潰れそうなのは事実だけれども」

「んだと!? 直幸ィ!」

「あー。スイマセン。店長」

「だからこそ!!」


店長さんと直幸さんの会話を断ち切る様に、大きな声と共にテーブルを叩いて立ち上がった莉乃ちゃんは、『すまほ』を手に持ちながらその画面を直幸さんに見せる。


「こうしてお店を繁盛させてあげようとしてるんじゃない!」

「それで姫乃ちゃんが変なストーカーにでも狙われたらどうするつもりだい。君は」

「そんなの!」


莉乃ちゃんは直幸さんの言葉を受け、誇らしげに笑いながら胸を張り、自分の胸を叩いた。


「この私が護るに決まってるじゃない。変質者に怯えるお姉ちゃんを、24時間! 365日! 朝はおはようから、夜のおやすみまで! ベッドもお風呂もトイレもねぇ!」

「姫乃ちゃん。今すぐ警察に行こう。君の家には変質者が居る」

「誰が変質者よ! このロリコン!!」

「ロ、ロリ……誰がロリコンか!」

「アンタよ! アンタ!!」


直幸さんと莉乃ちゃんの二人は言葉を投げ合いながら、見つめ合う。

二人は会えば喧嘩ばかりしているのだが、それでも遠慮なく話せる関係というのは非常に羨ましい物だ。

思えば、前世でも二人はこうして仲良くやっていた様な気がする。

もしかしたら、言い争いをするというのが、仲良くなる為の秘訣なのだろうか。


「直幸さん。莉乃ちゃん」

「どうしたんだい? 姫乃ちゃん」

「なになに!? 私が聞くよ! お姉ちゃん!」

「そう出しゃばるなよ。聞こえなかったのか? 今、姫乃ちゃんは俺の名前を先に呼んだんだよ!」

「だから何だって言うのよ!? アンタの名前がな行で始まって! 私がら行で始まるから、自然とそう呼んだだけでしょ!? 図に乗らないでくれる!?」


私は再び始まってしまった二人の争いにどうすれば良いかとオロオロしてしまったが、もう一度呼びかけると、何とか二人は止まってくれるのだった。


「あ、あの! 私の話を聞いてください!」

「はっ! も、申し訳ございません! 姫様! この莉乃。どの様な罰でも……」

「姫様。申し訳ございません。姫様を放置するなど、一生の不覚! この命を以て……」

「大丈夫! 大丈夫ですから! 全然気にしてませんから! 普通にして下さい! 普通に! ね? 私、この時代の普通なお二人とお話がしたいです!」


私は必死に二人を止めつつ、奥で刀をカウンターから取り出している店長さんに首を振った。

必要ないですと。

首が取れそうな勢いで。


「んっ、んん! えー。あー。申し訳ないっす。姫乃ちゃん」

「私も、ごめんなさい。お姉ちゃん」

「いいえ。気にしてませんよ」


私は何とか落ち着いたと、胸を撫で下ろしながら、お茶をいただく。

そして、改めて私は二人に一つの提案をする事にした。


「直幸さん。莉乃ちゃん。私と喧嘩をしましょう」

「……!」

「は」


なるべく明るい笑顔を浮かべ、放った言葉に何故か直幸さんも莉乃ちゃんも固まってしまい……店長さんが奥から先ほど仕舞った刀を持ってこちらに歩いてくるのだった。


「姫様。姫様の手を汚すまでもありません。この私がこの愚か者共の首を……」

「店長さん!? 現代では、その様な行為は殺人として大罪ですよ!」

「問題ありません。この身が姫様の代わりとなれるならば、生まれてきた意味もあるという物です」

「私が困ります! 困りますから! それにお二人を罰したい訳ではありませんから!」

「……そうですか。では邪魔者が居れば仰って下さい」


店長さんを何とか説得してから私は、固まっている二人に向き直って、二人の手を握った。


「直幸さん。莉乃ちゃん。私、今世ではもっと二人と仲良くなりたいのです」

「……姫様」

「そ、それに。直幸さんと結婚する為にはもっと互いの事をよく知らなければ……そうでしょう? 直幸さん」

「はい!! そうですね!!」

「直幸ィ! そこに座れェ!」

「ちょっとアンタ!! こっちに来なさいよ!」

「ふざけるな! 俺は今姫様と話をしてるんだ! 負け犬共が寄るな!」

「コイツ……言うに事欠いて」

「ただちょっと運が良かっただけの癖に……!」

「何とでも言え! 俺は姫様を最期の瞬間まで守り抜いたんだからな! その褒美を受け取っているだけだ」

「「グヌヌ」」


私の手を離れた直幸さんは、そこまで広くはない店内で店長さんや莉乃ちゃんと争いながら、言葉と物を投げ合っていた。

その光景を見て、私は過去の事を思い出す。

かつてこの地で、交わした約束を。



――多くの民が私の力を狙った帝の欲望によって命を奪われ、家臣が我が身を守る為の盾となって散っていった。

そして、私は己を慕う人々の命を犠牲にして生き残り、最期の時を彼と過ごす事になった。


『駄目ですね。周囲は囲まれています』

『……そうですか。ではせめて貴方だけは生きてください。私が彼の元へ行けば、これ以上の非道は行わないでしょうから』

『そんな! 姫様! この身が残っております。まだ……『もう良いのです!』っ』

『これ以上、見たくありません。私の為に命が消えていく所など……』


私は両手で顔を覆いながらずっと我慢していた涙を流してしまった。

それが彼らの誇りを汚すと知りながらも……。

しかし、彼はそんな私を抱きしめると……。


『分かりました。姫様。では生きましょう』

『……あなた』


呆然と見上げる私に、彼は微笑み、私に視線を合わせる様にしゃがむと、私の手を取った。


『姫様。どうか一つ私の願いを聞いては下さいませんか?』

『……この身に残された物など何もありませんが、それでも良ければ』

『姫様。姫様のその美しい御心を……いただきたい』


真っすぐに、私を見つめるその瞳に、私は頬に燃える様な熱が生まれるのを感じた。

初めてだ。

こんな気持ちは……。


『……分かりました。ではよろしくお願いいたします。貴方様』

『っ! はい!!』


そして――。



私たちは結局抱き合ったまま滝に落ちて命を落としてしまったけれど、こうしてまた現世で巡り合った。

だから、私は彼との約束を果たす為に。

そして、この胸に未だ消えぬ温かい光を、想いを結ぶ為に。


でも……。

不思議なもので、私と彼の運命は容易く交わらないらしく、前世では身分と世界。

そして、今世でも未来に多くの問題が待っているのは視えているし……。

何よりも、この体である。


もう大学生になったという彼に対して、未だ中学生という子供の私。

世界は私たちを祝福する事は無いだろう。


「前途多難ですね」


私は争いを続ける愛おしい人たちを見ながら、そう呟くのだった。

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