前へ次へ
11/18

辱められた母性的メイドが、お屋敷の坊っちゃまに溺愛されるまで

ホリー・フィッシャーは、家庭の事情で少女の頃から町の地主の屋敷でメイドとして働いていた。一生懸命仕事をする中、彼女に懐いたのは失った母親の代わりを求める、十歳年下の屋敷の坊っちゃまだった。だが十八歳になった年、ホリーは屋敷の旦那様から酷い仕打ちを受ける。その時の苦い思い出を抱え、自分が汚れた身だと思い込んで生きるホリー。でも、それを全て消し去ってくれたのは、成人した「坊っちゃま」だった。

「ホリー! 僕と一緒に本読んでよ!」

「はい、はい。お待ち下さい、坊っちゃま。あと少しでお洗濯物を干し終わりますから」


 ホリーと呼ばれたメイドは、小気味良くパァン!とシーツを伸ばしながら、隣に立つ少年に微笑みかけた。

 その少年はと言うと、頬を膨らませながらホリーのワンピースのスカートを引っ張っている。


「いいじゃん、洗濯なんて。今日はあったかいから、後でやってもすぐ乾くよ」

「いけません。サボったら、私が叱られます」


 ホリーはそう言うと、手に持っていたシーツを広げ、洗濯バサミで物干しロープに留めていく。籠の中にはまだシーツが三枚残っている。

 少年は「ちぇっ」と舌打ちすると、庭の脇に置いてあるベンチにドサっと腰掛けた。


 少年の名はクリスチャン・コッター。コッター家の次男で、つい先日八歳になったばかりだ。

 体付きは細く、背丈も同い年の子供達と比べると低めだが、彼の顔は恐ろしい程に整っている。母親譲りの大きな青い瞳に、柔らかく波を打つ金髪。肩までしか伸びていないが、もっと長くして結い上げたら、美少女確定間違い無しの少年だ。

 彼から少し離れた所でシーツを干しているホリーも、最初にこのお屋敷で仕事をし始めた頃はその美貌にたじろいでしまったが、今は流石に免疫がある。彼女自身地味な顔立ちで、家族の全員がパッとしない容姿であるせいもあり、ホリーはあまり華やかな外見の人と多くの時間を過ごして来なかった。だが、家庭の事情で十四歳の時にこの屋敷でメイドとして働き始めて以来、お金持ちで色々と着飾る人達の側で仕事をする事にも慣れた。

 雇い主との階級や装いの差はあるが、ホリーは一応ここでの仕事を一生懸命こなしている。仕事を始めてから四年経つが、一通りの家事はできるし、最初は警戒されていたクリスチャンにも今は随分と懐かれている。


 それも、恐らく三年前の旦那様の離婚が原因であろう。


「ねぇ、ホリー! まーだー?」

「はい、はい。今籠を洗濯室に置いて参りますから。少々お待ちください」


「はやくしてよー」と陽気に言っている彼も、両親の離婚直後は状況が理解できず、随分と塞ぎ込んでいた。


 クリスチャンの父親、フランク・コッターは、この町に住む地主の長男だ。彼には姉妹しかいなかったため、早くに隠居すると決めた両親から全財産を譲り受けた。若い頃から女遊びが過ぎる男であり、最初の結婚では息子を一人授かったが、その子が生まれた後も彼は幾度も家庭外で女性との関係を持った。何度も続く夫の浮気や精神的な暴力に耐えようとする中、夫人は流行病にかかり亡くなってしまった。二人の間にいた息子はその時たったの三歳だったが、コッター氏は深く考えもせず亡き妻の実家にその子供を送り付けた。

 一人目の妻が亡くなってから数年の間コッター氏は好き勝手に振る舞っていたが、女遊びや賭け事の所為で親が築き上げた財産も無くなりかけていた。流石に己の危機を感じたのか、コッター氏は二度目の結婚を決めた。その相手がクリスチャンの母親だった。彼女は美しく、家庭は裕福。コッター氏は彼女の家族に新しいビジネスの話を持ち掛け、それによって向こうの両親も縁を結ぶのを良しとしたのか、娘の意向も訊かずに二人を結婚させた。新事業が軌道に乗るまで新婚の金銭的援助をする、とも申し出て。コッター氏が三十三歳、相手が二十二歳の時だった。

 クリスチャンが産まれたのは、結婚から約一年程経った頃。だがその時点でもう既に夫婦仲は危うく、相手の女性も夫の不倫に飽き飽きしており、彼女自身も外で愛人を作っていた。父親も母親も子育てには興味が無く、クリスチャンがちゃんと育てられたのは、色々と手配した屋敷のメイド長のおかげだった。

 そのクリスチャンがやっと五歳になり、学校に通い始めた頃、何年間も仄めかしていた「ビジネス」も金にならないととうとう見切りを付けた再婚相手の家族は、やっと娘が望んでいた離婚に承諾した。その時夫人は踊る様に愛人の手を取り屋敷を去って行ったが、幼いクリスチャンは一人、知らない父親と数人の使用人が住む屋敷に取り残された。

 幼かった彼はその展開に悲しみ、絶望した。

 まだメイドとして働き始めてから一年程しか経っていなかったその頃でも、既にホリーもお屋敷のご夫妻が不仲なのは理解していた。ホリーもその頃は子供だったが、それでも旦那様の女癖が悪いのは知っていた。そして両親の言動に振り回されるクリスチャンを哀れに思い、微力ながらも彼が頼れる存在になろうと努力した。

 その結果、クリスチャンはホリーに付き纏う様になった。


「ホリー・フィッシャー! いつまで僕のこと待たせるんだよ?!」


 とうとう待ちきれなくなったのか、クリスチャンはベンチから立ち上がり、両手を腰にあて、庭に戻って来たホリーに向かって叫んだ。


「すみません、坊っちゃま。でも、ほら。ビスケットを持って来ましたので、機嫌を直して下さい。さぁ、今日は何の本を読みますか?」


 ホリーはそう言いながらベンチに腰掛け、隣をポンポンと叩き、クリスチャンに座る様促した。ナプキンに乗ったビスケットを見たクリスチャンも、黙って彼女の隣に座った。


「さっさとこうすればよかったのに。僕、ずっと待ってたんだよ」

「はい、はい。今日は騎士とドラゴンのお話ですか? では、坊っちゃま。私に読んで、聞かせて下さい」

「えぇー? ホリーが呼んでよー」


 少しの間どちらが本を声に出して読むかで押し問答があったが、最終的にはホリーが折れた。クリスチャンはホリーがゆっくりと本を読むのを聞いていた。

 小麦に焼けた肌。頬とやや平らな鼻を覆うそばかす。小さな、浅緑の眼。うなじで緩く纏めた、長くて癖のある茶色い髪。そして、彼の顔の真横にある、いつでも彼を迎えてくれる温かく、柔らかい胸。ホリーが読むお話はいつしかクリスチャンの耳には届かなくなり、気が付けば彼はホリーを見つめていた。

 初めは新しく入って来たこのメイドの事も全く信用してはいなかった。だが母親が出て行ってからは、メイド長と同じ位彼女は彼の事を気にかけてくれた。そして徐々に彼も彼女に甘える様になっていた。

 最初の内は、自分の母親の代わりを探していただけだった。でも時間が経つにつれ、子供であるクリスチャンも自分の気持ちを理解し始めた。

 ホリーは自分とは違う、一人の「女性」と言う生き物なのだと。そしてクリスチャンは、ずっと彼女に自分の隣にいて欲しいのだと。

 両親の離婚が成立してすぐの頃、クリスチャンは夜、中々寝付けなくなった。それまでは夕食の給仕が済んだらホリーも自分の家族が住む家に帰宅していたが、クリスチャンの要求で、彼が眠りに着くまで彼女が一緒にいる事になった。それからして間も無く、ホリーは屋敷の一室を借りて住み込みとして働く事になった。

 それからは、時々夜中に悪い夢を見て目が覚めたりすると、クリスチャンは一人でホリーの部屋に忍び込む様になった。

 最初はホリーも驚いていたが、彼が夜は心細いと訴えると、「しょうがないですねぇ」と言って、彼女の布団の中に入れてくれた。クリスチャンがまだ小さい頃は彼が寝ている間に彼女が彼を(かか)えて部屋に連れて帰ったが、成長するにつれてそれも難しくなった。最近は朝クリスチャンが目を覚ますと、ホリーは部屋の隅にある椅子に腰掛けて寝ている。毛布に(くる)まりながら寝息を立てる彼女を見て、クリスチャンは申し訳なく感じながらも、自分がしている事を止められなかった。

 

 

 

 そんな日々を過ごす、秋のある夜だった。

 クリスチャンは自動車のエンジンの音で目が覚めた。枕元に置いてある時計を見ると、夜の十時を過ぎていた。ぼんやりと起き上がり二階の窓から外を見ると、見知らぬ車が一台屋敷の前に停まっていた。そしてその車から三人の男が出て来ると、続けてクリスチャンの父親が玄関から出て来て、その三人の男を連れて屋敷へと入って行った。鍵がかかる玄関。小声でされる会話。再び開閉する扉。音からすると、父親と三人の男達は、一階の書斎に入って行った様だった。

 目が覚めてしまったクリスチャンは自分のベッドから滑り出ると、静かに階段を下り、屋敷の後ろの方にある使用人の部屋の一つへと向かった。ホリーの部屋だ。そしていつもの様に静かにノックをすると、返事を待たずに扉を開いた。

 すると、普通だったらもう寝ているはずのホリーが、今夜は起きていた。

 いつもとはどこか雰囲気が違う。角のテーブルの上にある小さなランプの光だけでも、彼女の唇にいつもと違う赤みがさしているのがわかった。頬も紅潮していて、眼もどこか潤んでいる。そして、部屋全体に仄かな甘い香りがした。

 

「坊っちゃま……」

 掠れる声で、ホリーは言った。


「ぼ、僕、眠れないんだ。さっき誰かが車で来て、僕、起きちゃって……」

 クリスチャンは少し戸惑いながら、そう告げた。

 ホリーは一度身体をピクリとさせたが、クリスチャンに優しい声を掛けた。


「それは大変ですねぇ。では、今日は特別に私が手を繋いで、お部屋まで送って行ってあげましょう」

「ここで寝ちゃダメなの……?」

「今夜は……」

 ホリーは少し躊躇し、やがてこう言った。

「はい。今夜は、もう駄目ですね」


 他の人達に見つからない様に、二人は手を繋いで廊下を歩き、クリスチャンの寝室に戻った。だが、クリスチャンがベッドに入るのをホリーが見届けてから出て行った後も、彼は眠りにつけなかった。

 だから、彼はもう一度自分の部屋を抜け出した。そして階段の踊り場の物陰に座り込み、じっと廊下を見つめていた。

 しばらくしてから、ホリーが現れた。いつもの仕事着でも寝巻きでもなく、クリスチャンが見たことのないガウンを着ていた。そして、顔には仮面らしき物を着けていた。

 それでも、ホリーだと直ぐにわかった。

 そして彼女は、父親と、先程到着した三人の男達が待っている書斎に、入って行ったのだった。

前へ次へ目次